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 ◆



 正直、レドからすれば、リンクがスカビオサに勝てるかどうかは半信半疑だった。


 戦った自分はよくわかるが、スカビオサは強い。単純に、手数が違う。余力を残した戦闘方法は自分と同じ競技をしてはいるとは思えず、一つ上の高みから嘲笑われているような戦闘だった。

 リンクだってそこは自分と変わらないはず。あいつの霊装は誰よりも手札に富んでいるが、扱っている霊装は一つだけ。同時攻撃にあってしまえば、捌くのは難しいだろう。


「それでも勝てるっていうんなら、見せてもらおうじゃないか」


 リンクとスカビオサ、二人が並びあうと、過去最高の歓声が上がった。


 リンクに対して風当たりの強かった会場も、なんだかんだで今は盛り上がりを見せている。リンクという無名な男が勝ち進んだのは予想外であったが、結局は下馬評通りになると思っているからだ。プリムラ・アスカロンにも容易に勝利したスカビオサが敗北する未来は見えていない。


 調子に乗った少年が敗北する演劇。ここでようやく全員の溜飲は下がることになる。結局、優勝する人間が変わらないんだから、いいじゃないかと。こうなることでようやく、快進撃を続けているリンクへの憐みの視線も生まれ始めた。


 そんな周囲の未来予想図に少しの苛立ちを見せながらも、レドの視線は隣に移った。

 幼馴染の少女が、真っ青な顔になって震えていた。


「どうした、アイ。体調でも悪いのか?」


 この少女がこんな表情を見せるなんて、レドは知らなかった。


「……別に。何でもないよ」

「リンクが負けるのが怖いのか? いや、違うか。リンクが殺されるのが怖いんだろ。スカビオサは身内殺しだし、手加減をするとも思えない。そもそもあいつはスカビオサに一回啖呵を切りに言ってるからな。殺意を買ってる可能性もある」


 常より無表情であるスカビオサも、リンクを前にして多少上気しているように見えた。

 因縁の二人を見れば、心配したくもなる。


「うん」

「だがまあ、あいつなら何とかうまいことやるだろうよ。それに、おまえが言ったんだろ、あいつが優勝するって。負けるわけないだろ。だったらどんと構えて待ってればいい。あいつの勝利が信じられないのか?」

「いや、リンクは勝つよ」

「即答かよ。じゃあ何を怖がってるんだよ」

「別に、何も怖がってないってば」


 返事には覇気がない。

 しかし、本人に話す腹積もりがない以上、これ以上追及しても無駄。レドはアイビーの頭の回転の速さはよくわかっている。自分に彼女の口を割らせることはできない。


 数秒の沈黙の後、アイビーは口を開いた。


「ねえ、レド」

「なんだよ」

「レドはリンクの仲間でいてね。絶対だよ」

「はあ?」


 意図の読めない依頼に、頬が引きつった。


「なんでだよ」

「そのうちわかるから。何があっても、リンクを支えるんだよ。親友でしょ」

「おまえだってそうだろうが。俺よりもリンクのことをわかってるだろ。自分で支えろよ」


 返答はなかった。

 レドは自身の頭が早い方だとは思っていない。けれど、遅い方だとも思っていなかった。


「これから何が起こるんだ? 何かリンクに聞いたのか?」

「さあね。私は何を言うつもりもない。レドはリンクのことを支えてくれればいいんだよ」

「……言わねえんなら、応えない。リンクなんか知っちゃこっちゃないな」

「よろしくね」


 それきり、アイビーは黙りこくってしまった。

 レドは舌打ちをし、眼前に意識を向ける。


 何かあれば、一瞬で飛び込んでやろうと覚悟を決めた。



 ◇



 こんなに俺が注目されたことがかつてあっただろうか。


 四方全てを目で囲まれた競技場。誰もかれもが好奇の視線で俺を覗く。栄えある決勝の舞台に急に上がってきた、得体のしれない男。そんな俺を値踏みする視線を感じる。

 この場において、俺は異端者だ。この決勝の舞台に上がっていい存在ではない。咎める目が多いのも納得してる。わかってるさ。


 しかし、眼前の存在が俺を誘ったのだからしょうがない。


「貴方の霊装は白い布を出すだけじゃなかったんだ」


 スカビオサが煽ってくる。

 俺は肩を竦めるに留めた。


「以前はそうだったかもな」

「何か条件が必要だったみたいだけど、それは満たしたってことね」


 燻って腐っていた俺は、信じてもらって強くなった。だから、人を信じることができるようになった。その結果が、この霊装だ。


「幸運なことにな。そのおかげで、俺もこの舞台に立てている」

「でも、いいの? ザクロ・デュランダルの時と同じような戦い方で私に勝てると思う?」

「同じ戦い方をするとは一言も言ってないだろ。こっから先は、全力だ」


 俺は漆黒のアロンダイトを構える。

 公には初めて見せる黒い刃。観客がどよめく中、スカビオサの口角が吊り上がった。


「へええ。デュランダルだけじゃなく、複数の霊装がコピーできる、そういう霊装なんだ。今までどこに隠し持っていたんだか」

「取り扱いが難しくてね」

「さっきの試合ではレド・マーフィの霊装も使っていたし、なるほど、楽しめそう」


 楽しむだなんて簡単に言ってくれるぜ。俺は勝負を楽しんだことなんか一度もない。

 勝負っていうのは、勝敗がわかっていないということ。そんな不定形の存在に命運を預けるなんて、怖くてできたもんじゃない。賭けってのは何度もするもんじゃないんだ。どこかできっと破産することになる。


「勝負の前に、確認だ。おまえが俺に負ければ、おまえは俺に協力する。間違いないな」

「なんでもいいよ」

「逆に、俺がおまえに負ければ、どうすればいい? もう干渉しなければいいか?」

「私の前に二度と顔を見せないで。”一生”ね」


 おいおい、俺たちの一生ってのはどんなもんなんだよ。少なくとも、こいつの過去を鑑みれば、千年近くか? 

 まあ、どっちでもいいか。どちらにせよ、ここでやらないといけないんだ。後退のことを考える必要はない。


「了解。それで行こう。約束は守れよ」

「んふふ。教えてあげるねえ、リンク」


 スカビオサが笑った。

 硬い岩が崩れたような、暗闇の底から見えた光のような、気味の悪い笑みだった。


「先輩である私が教えてあげる。貴方が何をしたって、何も変わらないってこと、教えてあげるよお」


 戦闘開始。


 スカビオサはまず、手に槍を構えた。それを掴むと俺に向けて投擲。一瞬で眼前に迫る真紅の槍。「破天!」俺がアロンダイトの能力を起動すると、金属音と共に槍が明後日の方向へ飛んでいった。


 初撃を回避。


 しかし、その槍の行く末をのんびり見ている暇なんかない。槍の投擲と同時に駆けだしていたスカビオサの身体はすぐ眼前に迫っていて、手には一振りの剣。「カラドボルグ!」その剣と受けに回ったアロンダイトとがぶつかると、互いの剣は互いに反発し合い、弾かれあった。

 俺の手からは武器が消えたが、スカビオサの反対の手には別の剣が握られている。純白の十字架――エクスカリバー。それを、全力で振り下ろしてきた。


 俺は手に箒を握って、即座に能力を発動した。霊装フレアボルトは移動を開始。俺の身体はエクスカリバーの一閃を何とか逃れることができた。


 一瞬の攻防。息をする隙間もなかったように思う。

 しん、と静まり返る会場。


「……手を抜いたつもりはなかったんだけど」


 遠くで地面に突き刺さっていたグングニルとカラドボルグがスカビオサの手元に戻った。三つの霊装を細い指でつまんだ彼女は、ゆっくりと腕を振ってそれらを消去、身軽になった。


「なんだ、まだまだ使える霊装があるんだ」

「手札ってのは、相手に知られないよう裏返すもんだぜ。カードゲームの基本だぞ」

「へええ。良かった。じゃあまだ試せるね」


 新たな霊装がスカビオサの手元へ。

 簡単に言ってくれる。こっちは一本捌くのに必死だっていうのに。


「セクエンス」


 小ぶりの銀色の剣。彼女が放り投げると、それは弾丸のような勢いで俺に飛んできた。「――っ」フレアボルトの移動能力で、それを躱す。が、移動先は読まれていたようで、すでにそこには槍が投擲されていた。今度は慌てて急ブレーキ。剣と槍は俺の前後の地面に突き刺さり、それぞれ大規模な粉塵をあげていた。


 複数の霊装を有している場合、最も適した戦闘方法は振ることはなく、投げることだと思う。剣だとか形状だとか関係がなく、霊装は単純に、いくらでも手元から離すの事のできる弾丸なのだ。

 スカビオサはそれをわかっている。だから、近づいての剣戟よりも先に、物量に依る圧殺を狙ってきている。


 次の弾丸は、彼女を体現するエクスカリバーだった。ちょうど俺が急ブレーキで足を止めた瞬間。足を再び動かすのに少なからず時間を要するタイミングで。

 十字架が放られる。投擲にだって所有者による補正が入るのが意味が分からない。少女がただ山なりにボールを投げるのとは違う。一流の運動能力を持つ成人男性すら容易に越える速力を持って、俺を刺し殺しに来る。


 流石に、無理だ。


 俺はフォールアウトを手に取ると、エクスカリバーに向けて投げつけた。当然、たかだかナイフ程度で聖剣を止められるわけもない。ナイフは弾かれて宙を舞って、――空中で、俺がそれを掴む。

 背後でエクスカリバーが地面に着弾する音が聞こえた。


「……あ」


 呆けるスカビオサに再度フォールアウトを投げつけて、眼前へ移動。剣をアロンダイトに持ち替えると、そのまま斬り付けた。スカビオサはエクスカリバーを呼び戻して、鍔迫り合いを受けた。


「破天!」


 思いっきり、スカビオサの身体に衝撃波をぶつけた。

 が、俺とスカビオサの間には、いつの間にか銀の盾が差し込まれている。衝撃は宙に浮いているその盾に吸収された。


 相手の懐にいたままじゃ、俺が圧倒的振不利。あっちはいくらでも武器を手元に呼ぶことができる。


 後退して息を整える。

 結構手札を晒してしまった。俺が勝利するためには彼女の予想外を突く必要があるというのに。俺が取れる手段は、あといくつだ。


 しばらく静かだった会場が、一気に沸いた。

 どうやら先の一幕は、興奮するに十分だったらしい。俺という不純物があったとしても、”良い試合”に見えるようだ。観客は楽しんで、近くにいる人らと興奮を伝えあっている。ちぇ。本来なら俺もあの中にいたはずなのに。


 なんて、ため息をついていると、


「どうして、貴方がその霊装を使っている!!」


 声援に紛れて、スカビオサの怒号が俺の鼓膜を揺らした。盛り上がる会場のせいで、スカビオサが怒っていることに気づいているのも俺だけみたいだ。


 彼女に柳眉を逆立てるような感情が残っていることに驚いた。


「はあ? 何の話だよ」

「その、移動するナイフのこと。なんで貴方がそれを……」

「ん? フォールアウトのことか。逆に、なんで、……」


 なんでこいつがこれのことを知っているんだ。いや、俺と同じく人生をやり直しているんだから当然か。他の場所で見たんだろう。


 どこで?

 どこで見る機会があった?


 息を飲む。

 察した。


 ――こいつか。アイビーを殺そうとしたのは。


 この場でフォールアウトに反応するということは、俺がフォールアウトを所持していることに違和感を持てる人物。つまりは、フォールアウトの元の場所を知っている人物。

 ようやく尻尾を掴んだ。アステラの依頼主であり、アイビーを殺そうとしようとした張本人。なるほど、スカビオサ・エクスカリバーならば、アステラも話を聞かないわけにはいかない。家柄、性格、強さ、どれをとっても、一度目をつけられれば逃げることは叶わないのだから。


 スカビオサの憤慨は自分が強くなれなかったことに対しての苛立ちか。


「答えて! それをどこで手に入れたの!?」

「さあな。気が付いたら俺の手元にあったんだ」


 アイビーは死んでいる。

 そういうことになっている。


 こいつがなんでアイビーを狙ったか。恐らく、霊装を集めようとしたのだろう。ここまで霊装集めに躍起になっているやつだ。

 だがそうなると、スカビオサとアイビーは遠い親戚なのだろうか。スカビオサとアイビーの先祖はどこかで交わっていたのかもしれない。


「ありえない……。だったら貴方に、今まで宿っていたはずでしょう? 私は今まで貴方の手からそれが出てくるところは見ていない。そもそも、貴方にそんな血縁があったなんて聞いてない」

「そんなこと言われたって、百聞は一見に如かず、だろ。俺は事実、フォールアウトを手にしている」

「……貴方が、何かした?」


 スカビオサの目が細められる。


「答えて。貴方は二回目の人生をここまで生きてきて、多くの人間を救っている。その中に、”アイビー・ヘデラ”という女はいなかった?」


 怖い目をしなさる。

 しかし生憎、俺は嘘つきでね。

 せっかく生きる道を歩いてくれている少女を売るわけにはいかないんだ。


「知らないね。そもそも今世は俺が参加したってこともあり、色々と変わってることも多いだろ。俺だってすべてを把握できてるはずがない。何がどう変わったかなんてわかりようもない。諦めろ」

「……確かに、今は変わりすぎている。追い切れることもない」


 スカビオサは大きく息を吐いた。少しは冷静になったようだった。


「そう。アイビー・ヘデラが死んだ後、霊装がどこに行ったかは過去も確認がとれてない。どうなってもしょうがない――いえ、待って。貴方の霊装はコピーする霊装、つまり――」


 俺は手にしたフォールアウトを投擲した。能力を使用して、スカビオサの目の前へ移動。そして、”懐”から、フォールアウトを取り出す。斬り付けると、盾が間に入って防がれてしまった。


「複数持ちがおまえの専売特許だと思うなよ」

「コピー先と、本物――。なるほど、本当に貴方が所有者ということね」


 スカビオサは頷いて、追及をやめた。


 アイビーからナイフを借りておいて良かった。別にスカビオサが犯人だと決め打っていたわけではなかったけれど、誰にバレたとしても二本目があれば誤魔化せるとは思っていた。霊装をコピーする俺の霊装と別にフォールアウトが存在すれば、俺が現在の所有者であることに疑いは生まれない。前の所有者は死んでいることになる。

 スカビオサの方もアイビーの霊装の行く末をそこまで細かく知っているわけでもなさそうだ。


「……まあいいか。どっちにしたって、今となっては意味のないこと」


 スカビオサにバレないように、冷や汗を拭う。

 良かった。これで彼女の脳内からアイビーの存在は消え失せた。もう追手をかけることもないだろう。彼女がどこまでフォールアウトに拘っていたかは知らないけれど、心配事が一つ消えて良かった。

 未知が既知になる瞬間は素晴らしいな。


 お互いにある程度の手札を晒し合ってからの、第二幕。


 スカビオサは再度、霊装を展開した。グングニル、カラドボルグ、セクエンス――一流の霊装たちを構えると、それぞれを投擲してくる。俺は自身の霊装をフレアボルトへ変更。飛来するそれぞれをスカビオサと一定の距離を空けながら大周りに避けていく。

 業を煮やしたスカビオサが突っ込んでくるのを見計らって、霊装をフォールアウトに変更して、投擲。簡単に捌かれるが、構わず俺はスカビオサに突っ込む。手には霊装を持たない。


「――」


 スカビオサは一度、背後を振り返った。ナイフの位置を確認している。フォールアウトのことを知っているのは、逆に好都合。その能力を知っているのなら、気にならないわけがないんだ。


 ほら、前がお留守だぞ。

 手にしたるはバルディリス。斧を振り下ろすと、エクスカリバーで受けたスカビオサの眉間にしわが寄った。


「小癪……」

「ほら、次だ」


 スカビオサが別の霊装を手に取る前に、俺は後退。今度は”アイビーの”フォールアウトを放り投げる。スカビオサの背後に突き刺さる、傍目にはまったく同じ霊装。


 俺はアロンダイトを片手に駆け出して、剣を振り下ろす。今度はフォールアウトが消えずに残ったまま。スカビオサはいつ俺が移動するか、それを加味して行動を決めないといけない。


 ゼロ距離になっての衝撃波は、盾によって防がれる。しかし、今回は近距離なこともあって、スカビオサがたたらを踏んだ。追撃しようとすると、彼女の目つきが変わる。


「極光!」スカビオサの手元が輝き始める。エクスカリバーの超広範囲攻撃。

 だが、少し遅い。


「離天」


 手からアロンダイトを放り投げる。それはスカビオサの手元に移って――「破天」


 いかにスカビオサと言えど、ゼロ距離からの衝撃波は流石に対処できていなかった。盾すら間に挟むことができずに、スカビオサの身体は初めて衝撃を受け止める。その場からはじけ飛んだ彼女の身体はごろごろと地面を転がっていく。


 再び、しんと会場が静まり返った。

 誰が予想しただろうか。俺とスカビオサとが戦って、後者が地に伏すなんて。

 ここで致命傷を与えられていれば良かったのだが、そうもいかないようだ。俺だってそこまでの余裕があるわけじゃない。一手一手確実に進めていかないと。


「別にどうでもいいんだけどね」


 スカビオサはむくりと起き上がって、俺を見つめる。


「ここで負けても、私の魔王討伐に関係はない。道中の魔物だって、貴方よりも私の方が確実に多く殺せるわけだし。それらは絶対に覆らない」


 それはそう。

 俺はあくまで対人戦に特化しただけの人間。だから、多くの人の協力が必要なんだ。


「じゃあ俺の勝ちということでいいか?」

「別にどうでもいいんだけど――このままじゃ、私の”今まで”すら否定されそう」


 眼の色が変わる。

 彼女の目に映る俺は、彼女にとって、”人間”であった。


「そうだった。久しく忘れていた。人間は、考えるんだった。いつもと違う行動をとるんだった」


 今までのスカビオサの人生でイレギュラーは起こりえなかった。彼女にとっては歩く人間すべてが無機物である。決められたことしか行わない、でくの坊。マーガレットと同じで、この世界に慣れ過ぎてしまった。

 ここで倒れてくれれば、いくらかマシだった。いや、どうだろう。スカビオサが自身で認めるような敗北を喫さないと、結局は話が進まないような気もする。


 畢竟。

 スカビオサはこれからが本気の様子で、俺はそれを相手どらないといけないということだ。


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