74.
◆
三回戦。
レドの相手はスカビオサ・エクスカリバーだった。
レドはスカビオサという少女を初めて真正面から捉えた。印象としては、小動物。体格は小柄で、顔には表情がない。しかし、他の四聖剣以上に、何かがあった。覇気とでも呼ぶのだろうか、気圧される感覚があった。
審判の号令を受けて、レドはバルディリスを構える。先手必勝――と行こうとして、ぽかんとした表情のスカビオサと目が合った。
「ああ、誰かと思えば、貴方か。久々に見た気がする」
そんなことを呟く。
「ああ? 何の話だ? 何度だって教室で顔を合わせてるだろ」
「貴方、レド・マーフィでしょう? 今回はまだ学園にいたんだ」
「……どういうことだ?」
「別に」
言いたいことだけを言って、会話を打ち切るスカビオサ。
レドはイラっとした。
「おまえもおまえで、別の世界の俺を知ってるってことかよ。俺の知らない俺で勝手に評価を下すんじゃねえ。むかつくな」
「……ああ、そ、知ってるんだ。貴方、リンクと一緒にいるものね。彼もおしゃべりだ」
「おまえは喋らな過ぎだ」
「良かったね。今の貴方は生き生きとしてて」
「だから、なんなんだよ」
「私が知る限り、貴方は学園を去る運命にあった」
ぞくり、と冷や汗が背中を伝った。
「何を言ってる。そんなことあるわけねえだろ」
「貴方は一学年の時、シレネ・アロンダイトと同じ組で魔の森に行く。その際、シレネの独断に巻き込まれて無暗に森の奥に行くことで、シレネのお供の二人と監督員が死ぬ。貴方はそんな三
人を見殺しに命からがらに逃げ帰ってくる。それがトラウマになって、貴方は学園を去り、そこいらで下らないチンピラに成り下がる」
「――」
「自尊心ってのは大事だね。その時と今では瞳の色が違う」
レドは口が開けなかった。
『俺が先に引くわ』
『は? 急にどうした?』
『いいから。代わってくれ』
回想する。あいつの言葉が思い起こされる。そういえば、あの時、リンクは順番を無視して組み合わせの札を取りに行かなかったか。引き方次第ではあるが、あの順番通りだったら、シレネと同じ組になっていたのは自分だったかもしれない。果たして自分にシレネが止められていたか。
それに、レフとライがあの時死んでいた? リンクが無理矢理にシレネと戦ったのには、そんな裏があったのか。アステラが監督員になっていたのも、あいつの意図するところなのか。人を集めて、適材適所に振り分けていった結果なのか。
全部、聞かないとわからない。言ってもらわないとわからない。あいつだって、喋らなすぎだ。
「あいつ……」
しれっと三人の命と、二人の尊厳を救っていたというのか。
アイビーの言葉が思い起こされる。何をすれば満点を取れるか。リンクはそれを常に考えているから、多くの選択肢を持っている。あいつにとっては及第点であっても、普通の人間にとっては合格点の行動が取れる。
言わないだけで、もっと沢山のことを考えて、沢山のことを成し遂げているのかもしれない。
なんで言わないんだ。もう長い付き合いになる。わかってる。あいつはきっと、必要がないから、言わないんだ。言っても何も変わらないから言わない。相棒だなんだと声をかけてきても、本心では全てを打ち明けてくれていない。
距離があるのは、実力だけではなかったのだ。
それが、なぜか、とっても。
「無駄なことを」
そして、スカビオサはそんなリンクのことを鼻で笑う。
初めて彼女の顔に感情らしきものが浮かんだ。
侮蔑。
卑下。
物分かりの悪い子供を思い返すように。
「誰を救ったって、何を成し遂げたって、どうせ次では誰もが忘れてる。救ったつもりになってるだけ。偽善にも程がある。自分が満足するためだけの自己陶酔に過ぎない。自尊心ってのは在りすぎても無駄なだけ」
その通り。
あいつは信頼していると言いながら、本心では別のことを考えている。信頼しているという言葉ですら、他人を動かすためのピース。自分のことしか考えていない、人の気持ちを考えていない、偽善者であり、偽悪者。
偽物、不純物、紛い物。
むかつく。
全てを知った気になっているあいつが。
全てを打ち明けてもらえない自分が。
そして――
「……別に、俺はリンクの肩を持つつもりもない。あいつは勝手に色んなことを考えて、勝手に行動してるだけだからな。こっちの方がいいだろう、なんて勝手に決め込んで、勝手に人の未来を考えてる。誰の意見も聞かないで、自己中に動いているだけの馬鹿だ。どうとでもなればいい。何があったって、誰に言われたって、全部、あいつの自己責任だ。だから、別にこれはあいつがどうこうという話じゃない。ただの俺のわがままな感情だ」
レドはバルディリスを横に振るう。
強く、強く、握りしめた。
「おまえ、むかつくよ」
「そ」
駆け出す。
軽くて重い斧を、スカビオサに振り下ろす。
スカビオサが虚空から取り出したるは、聖剣。
この国に四本しかない、最強の霊装の一画。
それは十字架のような剣だった。全身を白に染め上げ、鍔、柄の部分は従来の剣よりも長い。日光を反射して輝く剣身でレドの斧を受け止める。レドが押し込もうとしても、ぴくりともしなかった。
「どうでもいいけどね」
そんな気のない言葉を吐きながら、レドの斧が押し返されようとしていた。体格で見れば、圧倒的にレドの方が有利であるはずなのに、霊装は体格の優劣すら簡単に覆す。
「この戦いだって無駄」
このまま鍔迫り合いになれば、押し切られる。劣勢に立たされそうになり、レドは霊装を手元からかき消した。身体を転がしてエクスカリバーの凶刃から距離を取る。
「結果が決まっている勝負ほどつまらないものはない。どうせ私が勝つだけだもの」
「じゃあ戦いに出なければいいだけだろ。おまえがここにいることだって無駄だ」
「確認しないと。私が”今”どれくらい強いのか。
――貴方で、どれくらい測れるかな?」
笑み。
接近。エクスカリバーが横なぎに振るわれる。レドはそれを跳躍することで避けた。エクスカリバーが振り切られた状態、懐が空いて隙だらけになったスカビオサに、レドは斧を振り下ろす。
金属音。
レドとスカビオサの間には、銀色の盾が差し込まれていた。それは誰が掴んでもないのに、宙に浮いて、スカビオサを守る様に旋回している。
「二つ目。アイオスは問題なく起動」
レドがスカビオサが発生させた二つ目の霊装に目を見開いていると、エクスカリバーが横なぎに。レドはバルディリスの側面でそれを防いだ。勢いそのままに弾き飛ばされるが、これ幸いと距離をとる。
「霊装が、二つ?」
「なんだ。これは聞いてないんだ」
レドにとって、霊装を複数所持していることで真っ先に浮かぶのはリンクだ。しかし、あいつは一つの霊装を持ち替える。他人の霊装をコピーする、そういう霊装だ。
スカビオサはエクスカリバーを持ちながら、アイオスという盾を展開していた。
茫然とするレドに、追い打ちがかかる。
彼女のエクスカリバーを持つ手とは逆の手。そこには三つ目の霊装が捕まれる。赤色の、槍だった。
「グングニル」
槍を振りかぶると、投擲。
頭蓋目掛けて飛んでくる槍をなんとか斧で受け止めた。響き渡る金属音を背景に、スカビオサが飛び込んでくる。手には当然、エクスカリバーを携えている。
斧で剣を捌く。片手に応対していると、反対側から槍で突かれてくる。
「――」
この試合では殺害は禁止されている。しかし、スカビオサにはそれは通用しそうにはなかった。すでに何人もをその手で殺めている。ここでレド一人殺すのに躊躇いがあるとは思えなかった。
槍にも殺意が込められている。なんとか身体を無理矢理に捻って躱すと、剣の対応がおざなりになり、体勢が崩された。一撃を叩き込まれ地面の上を転がっていくことになった。
「なんだよ、こいつ……」
どうやって勝つんだよ。
こんな相手であっても、リンクは勝ちに行くのだろうか。アイビーは勝利を信じるのだろうか。
「良かったね。ここまで五体満足にいられるなんて。良い試金石だ」
スカビオサが手を抜いていることは間違いがなかった。
「貴方を殺してもいいけれど、失格にはなりたくない。ここで降参してくれない?」
無表情に小首を傾げる。
レドの息は上がっていた。このまま戦っていても、勝機の一つも見いだせない。ただただ時間を浪費するだけだし、スカビオサの気が変われば殺される恐れもある。
「断る」
レドは立ち上がった。斧を構えて、スカビオサに啖呵を切る。
「もう二度と立ち止まりはしないと決めたんでね」
「何も学んでないんだ」
「学んだから、逃げないでいられるんだろ」
「生まれ変わっても阿呆は阿呆か。せいぜい死なないでね」
スカビオサはエクスカリバー以外の霊装をかき消した。十字架のような剣を、両手で包み込んで構える。
「”極光”」
真っ白な光に包まれるエクスカリバー。その輝きは松明を越えて、太陽を越えて、――衝撃と共にレドを包み込んでいった。