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73.










 聖戦競技会の会場は大盛り上がりだった。


 学園の屋外訓練場に観客席を設けられているのだが、今現在は一回戦にも関わらず、ほとんどすべての席が埋まっていた。掛札片手に熱狂し、あるいは飲食をしながらのんびりと。王都中の人が詰めかけたと言っても過言ではないのかもしれない。

 いや、それは流石に過言だわ。嘘つきはわかりやすい嘘をついてはいけない。


 その熱気は参加者にとっては励みにもなり、重みにもなる。


「……きもちわるいです」


 レフは青い顔で俯いていた。

 訓練場の内部に備え付けられた控え室にも歓声と怒号とが鳴り響き、身体を内部から揺すってくる。乗り物酔いに近しい感覚があった。


「どうしたんだよ。頑張るって息巻いてたじゃないか」

「そうなんですけど、いざ催しが始まって、親も見に来るって言って、私に賭けてる人もそれなりにいて、そんな中一回戦で負けたらと思うと、胃がきゅううってなります……」


 頑張るという意識が逆に彼女を苦しめているのか。

 ウィットに富んだこの俺が解きほぐさないといけない。


「なあに。レフのオッズは大したことないから気にするな」

「それはそれで傷つきます……」

「じゃあ……、俺よりもオッズは低かったからな。期待している人も多いぞ」

「なんで更にプレッシャーかけるんですか。というか、リンクさんってなんで私よりも高いんですか。口に出すのも恥ずかしくなるくらいに恥じてくださいよ」

「ひどい言われようだ」

「まあでも、度肝を抜くんでしょう?」


 青い顔から一転、にやりと笑いかけられる。

 スカビオサと話した後、いつもの面子には俺が競技会に本気で参加することを伝えた。なぜか全員喜んでいたが、その中でも、レフが喜んでいたのは意外だった。


「何がそんなに楽しいんだよ」

「リンクさんが意気込みを私にも伝えてくれたことが嬉しくて。ようやく輪の中に入れたなって」

「輪の中? そんなこと思ってたのか?」

「飄々としているように見えて、意外とリンクさん、薄情ですから。人によってしっかりと対応をわけていますし。プライベートなエリアが小さいというか、信頼する人にじゃないと言わないことが多いでしょう?」

「そう言われるとそうかもな」

「その中に入れたのが、嬉しいんですよ」


 にこっと笑って、大きく伸びをした。


「よし! 私よりもオッズが高い人を見たら安心しました。こんなだらしない人が胸を張って生きてるんだから、私も堂々としていないといけませんね」

「おい」

「勝ってきます」


 親指を立ち上げて、鼻息荒く歩いていってしまった。

 レフと入れ替わりに、レドが控室に入ってくる。前の試合は彼だった。上気した顔つきから、勝利したことがわかる。


「余裕」


 レドは鼻歌混じりに用意されていた水を煽った。


「開幕早々に切り込めたから、すぐに試合を終わらせることができたぜ。バルディリスの利点を最大限に活かすことができた」

「それは重畳。ちなみに、俺とは絶交じゃなかったんだっけ?」

「わざわざ蒸し返すな、阿呆。おまえが本気出さないとか言ってるからだろ。今のおまえの目は死んでねえし、そんなやつとはむしろ話したいね」

「光栄ですよ」

「勝ち上がれよ。俺とおまえが戦うためには、決勝で会うしかないんだからな」


 熱い。

 この男、本当に勝負事が好きだな。

 俺は本気を出すとは言ったが、熱量があるとは言っていない。


「まあ、なるようになるよ」


 俺が肩を竦めたと同時、歓声が上がった。

 レフの試合が終わったようだ。しばらく待っていると、レフが這い這いの体で現れた。


「やりましたよ……」

「おお!」とレドが顔を綻ばせる。

「良い勝負ができました」

「勝敗は?」

「私なりに頑張りました」


 やり遂げたような顔をしているが、反対側の控室が盛り上がっている以上、しょっぱい結果だったのだろう。南無。


「負けたのか」

「レド君、リンク君。……私の屍を越えていってください。……がくり」


 邪魔になるので、控室の床に崩れ落ちた彼女を椅子の上に放り投げた。椅子にもたれかかって白目を剝いているが、大きな怪我はなさそうだった。いや、むしろ現状が一番の怪我の最中か。こんな姿をザクロに見られたらどうするんだ。


「どんまい。仇は取ってやる」

「リンク君ならやれます。オッズ高い組の力を見せつけてください」


 なんでオッズが高いかと言えば、弱いからなんだけど。

 俺は自分が強いなんて思ったことはない。油断すれば一瞬で足元が掬われる世の中だ。謙虚に質素に着実に。強いかどうかは問題じゃない。勝てるかどうかが問題なんだ。


「任せろ」


 拳を向けて、俺は試合会場に向かった。


 そして、無事に勝った。


 対戦相手のクリスはそれほど強い相手ではない。下馬評だって高くはなかった。けれど、俺がバルディリスでクリスを場外に弾き飛ばしたとき、流石に困惑のざわめきが上がった。実力差を覆して最弱候補が勝ち上がり。何を勘違いしたのか、拍手まで上がる始末。


 この時までは、俺の勝利は歓迎されていた。



 ◆



 レドが観客席をぶらついていると、見知った顔を見つけた。

 彼女はぼうっとした顔で、眼下の試合を見つめている。


「どうしたアイビー」


 アイビーはレドに視線を投げた。その眉は不満に寄っていた。


「私はアイだよ。間違えないで」

「ああ、そうだった。悪りいな」

「リンクが築いたものを無駄にしないで。そういった細かいところから物事っていうのは崩れていくんだからね」


 頬を膨らませて怒るアイビーに、レドは口角を吊り上げる。空いていた隣の席に腰かけた。


「細けえな」

「レドは杜撰過ぎるよ。リンクを見習った方がいいね」

「あいつもそんなに変わらねえだろ」

「言葉遣いはね。似てるのはそこだけ」

「おまえも相変わらずリンクリンクって、飽きないな」

「飽きないよ。そんなに長い間も言ってないでしょ」

「俺とおまえらが出会って、もう三年近くだぞ。十分なげえよ」

「そっか、まだ三年くらいなんだ。全然じゃん」

「そう言われればそうなんだけどな」


 今現在試合しているのは、件の人物であるリンクだった。

 二回戦。相手は学園の中では中堅どころの実力を持つ生徒。周りの話を盗み聞きしても、勝つことを予想されているのは対戦相手の方だった。


 リンクはバルディリスを手に、相手の攻撃を捌いていく。相手が焦って大きく一歩踏み出した瞬間に、持ち手の部分で腹部を殴りつけた。その場に膝をついた相手の額を斧の先端で押し倒すと、審判から試合終了を宣告される。


 同時に、歓声。半分以上は悲鳴だった。

 予想外の人間の予想外の勝利。大番狂わせに楽しむ者はいるが、ほとんどはノーマークだったリンクへの恐怖で顔を引きつらせていた。あいつ、まさかこの後俺の賭けた相手を倒したりしないよな、と。


 そんな何も知らない観客を見回して、レドはくつくつと笑った。


「あいつの手札はまだまだこんなもんじゃないぞ。今からビビっててどうするんだ」

「そういうのも言わなくていいの。意図なく隠してるわけじゃないんだから」

「リンクよりも細けえな」

「こういうのは周りが補佐してなんぼなの」

「あいつは優勝するって言ってたけど、優勝できると思うか」

「うん」


 アイビーは迷うことなく答えた。淡々と、答えの決まっている計算式の答えを言うようであった。


「リンクが優勝するって言ったら、優勝するよ」

「信頼しすぎだろ」


 辟易のため息と共に、レドは顔を真面目なものに改めた。


「今の俺とリンクが戦ったら、どっちが勝つと思う?」

「リンクだね」

「即答かよ。あいつは今まで斧しか使っていない。他の霊装は使わない、隠そうとする、そんな状況じゃどうだ?」

「それでもリンクだよ。バルディリスの所有者であるレドには悪いけどね」

「……じゃあ、あいつが霊装を使えない状況ならどうだ? 力の少しも見せないとして」

「ごめんね。きっとリンクが勝つと思う」

「それでもかよ……」


 レドは嘆息しながらも、アイビーが贔屓目でそこまで言っているとも思えなかった。


「何が違えんだよ。俺はあいつと出会ってからの訓練量なら負けてない。今だって、霊装使いの集まる学園の大会でも、危なげなく二回戦を突破できた。正直、四聖剣以外ならどうとでもなると思ってる」

「その自己評価は間違ってないと思うよ。実際、レドは強い。組み合わせ次第では上の方に行けるよ」

「じゃあ俺とあいつで何が違うんだよ。武器は同じだろうが」


「レドとリンクとの違いは、思考力かな。未来に対する準備に差があると思う」

「そりゃ、あいつは未来を知ってるんだから当然だろうがよ」

「うーん、と、そういう話じゃなくて。戦闘一つとっても、リンクは色んな選択肢を持って動いてるんだよ。攻撃してきたらこう、守ってきたらこう、みたいな。レドも考えてるだろうけど、その選択肢の数が段違いに違うと思う。今度聞いてみたら? 一手に対してどれくらい考えてるか」

「……聞かなくてもわかる。あいつは無駄に色々と考えているしな」


 舌を打つ。

 近づいたと思ったら離れていく。手を伸ばしたらすり抜けていく。

 あの背中に、どう追いつけばいい。


 三回戦へと駒を進めたリンク。次の相手は四聖剣であるシレネ。レドだって、状況は同じだった。


「俺が次の相手――スカビオサを倒せれば、追いつけるのか」

「……」

「無理だって言いたいんだろ。わかってる」

「まあ、無理だろうね。スカビオサの方は、リンクとは逆。すべてを持ってるから強いんだよ。物量が違う。彼女はただ一手一手を順当に繰り出すだけでいいんだから」

「どうにかしてやるよ」

「気をつけてね」


 会話を終えて次の試合の準備をしようと立ち上がった時、「レドさまああああああ」と大声が近づいてきた。


 横から飛びついてきたのは、ハナズオウだった。


「こんなところにいたんですね。二回戦、観戦させていただきました! 鮮やかな勝利でしたね」

「別に。相手が弱かっただけだ」

「謙遜なさるところも素敵です。しかし、戦力差とは相手と自分との力量差。レド様に確かな実力があるからこそ、先の勝利はなしえたのです。もっと自分を褒めてあげてくださいな」

「はいはい」


 レドは軽くいなして、ハナズオウを追い払うように手を振った。


「俺は次の準備がある。そこらで観戦しててくれ」

「わかりました!」


 満面の笑み。

 そこでハナズオウの視線は隣のアイビーへと移った。


「どなたですか? お知り合いですよね?」

「……ああー」


 何と答えるか、レドは迷った。先ほど余計なことを言って怒られたばかりだし、自分は腹芸ができるタイプではないと自覚もしている。


「同郷の友達だよ。気にしないで」


 アイビーの反応はそっけない。


「そうでしたか。私、ハナズオウと申します。そうはおっしゃられましても、レド様のご友人なら挨拶しないといけません。何と言っても、私はレド様のことを恋い慕っております」


 堂々と宣言。レドは恥ずかしいという感情を越えて呆れた。


「そうなんだ。いいね。レドはどこに出しても恥ずかしくない良い男だから、太鼓判を押すよ」

「ありがとうございます。貴方のお名前をお聞かせいただいても?」

「アイっていうんだ」

「素敵なお名前ですね」

「レドも素敵な子に好かれたね」


 アイビーからにやにや笑いを受け取るが、レドはそれを素直に受け取れなかった。


「嫌味か?」

「なんでよ。私やリンクと過ごし過ぎて疑心暗鬼になりすぎだよ。レドが素敵だってわかってくれる子なんだから、素敵な子に決まってるでしょ」

「……さてな」


 頬をかいて、レドは背を向けた。


「レド様~! 応援していますから、頑張ってくださいね!」


 黄色い声援を受けて、むず痒い気持ちになる。別にそういった感情はないのだが、頑張れそうな気がした。


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