69.
普通、というのはわからないが、よくいる男女のデートコース。食事をして観光地を巡って景色を見たりして。あっという間に時間は過ぎていく。
予定していた場所をあらかた回り終えたあたりで、
「リンクはどこか見に行きたいところはある?」
アイビーから聞かれて、真っ先に思いついたのはとある場所だった。学園に在籍している以上、そう易々と外に出ることは叶わない。いや、俺は結構軽く出ている自覚はあるが、どうせ外に出たなら顔を出しておきたい場所があった。
騎士団の詰所までやってくると、見知った顔があった。目が合うと、気まずい顔になって、頭を少し傾けた。
「……どうも」
キーリだった。討伐隊でいざこざがあって以来、初めて顔を合わせる。
彼女こそがここまで来た目的の人物だった。会いたいと思っていた。しかし、こうも簡単に会えると、逆に反応に困ってしまう。なんでちょうど自分の職場の門の前で立ち尽くしているんだ。
「えっと、……元気でしたか?」
「……まあ。それなりに」
お互いにかなり気まずい。
互いに殺し合いを演じた間柄。自分の出世のためだけにマリーを殺そうとした彼女を、俺は簡単に許しはしない。しかし、キーリはマリーに忠誠を誓うと言ったのだ。こちら側に加わってくれたのだから恨むことはもうないだろう。
よし、許した。この人はもう仲間だ。
が、俺の意志とは反対に、キーリは視線を合わせようとしない。彼女視点で、俺はどう見えているのだろうか。殺してやるぞと殺意を漲らせているのだろうか。
その場合、俺は何と声をかけるのが正解だろうか。わかんね。
「……」
「……」
やっぱり気まずい。
来るんじゃなかった。
「ああ! リンクちゃんだ!」
地獄の空気に救世主現る。キーリの隣に立っていたのはこちらも知った人、セリンだった。
「久しぶり~。元気だった?」
俺に詰め寄って手をとってぶんぶんと振ってくる。キーリもキーリだが、こっちはこっちで距離感が近すぎる。殺し合いをしたことを忘れてしまったのだろうか。
なんて。我ながらめんどくさいやつだな。どういう反応が正解なんだよ。
「元気ですよ」
「私たちはね、ようやく現場復帰したところなんだよ。さっき復帰の挨拶をしてきたの。今まで怪我で病院送りだったんだあ。結構痛いのもらっちゃってたからねえ」
あはは、なんて軽い調子で笑う。それに当てられたのか、キーリは嘆息し、ようやく俺と視線を合わせてきた。
「私たちは討伐隊をクビになってな。エクセル隊長直々に言われたよ。まあ、あれだけのことをしたのだから当然だ。この首が繋がっていることで安心しないといけない。それで、所属が騎士団に戻ったというわけだ」
「そうなんですか」
キーリは俺から視線を外して、頭を掻いた。
「……何をおめおめと騎士団に戻っているんだと思っているんだろう。御咎めもなしにのうのうと生きて、恥を晒しているのはわかっている。近いうちに君にも挨拶に行こうと思っていた。この度は、本当に申し訳ないことをした」
深々と辞儀。セリンも一緒になって頭を下げた。
「謝る相手が違うんじゃないですか?」
「それは尤もだ。マリー様にも追って頭を下げる。その際に剣も渡すつもりだ。どんな判断でも受け入れる。この首は洗っておく」
「マリーがそんなこと求めるわけないでしょう」
「……」
黙ってしまった。
まあ、ねちねちと虐めるのも俺の趣味じゃない。この二人だけでなく、襲撃してきた全員が心の底から反省し、悔い改めてくれればそれでいい。俺が怒るのもお門違いだしな。
「頭をあげてください。俺に対してはそこまでかしこまらなくていいですよ。代わりにマリーに会った時に、しっかりと謝ってください」
「寛大な言葉だ。感謝する」
「それで? 貴方たちはこれからどうするんです? 森での約束は覚えていますよね」
マリーに協力すること。
マリーを王にすること。
彼女たちにはやってもらいたいことも多い。
「正式に、マリー様の親衛隊を立ち上げる」
顔を上げたキーリの顔はそれなりにキマっていた。
「あの方の寛大な処置に、私は感銘を受けた。正直、今までの人生は甘えだったのだと思う。自分の出生、出世だけに頓着し、見返してやりたいなどという浅ましい思いだけがこの脳を支配していた。正直、誰が上にいようが、私の立場だけが確保されればどうでもいいと思っていた。マリー様なら簡単に殺すことができて、私は更に上にのし上がれるのだとたかを括っていた」
滔々と語る様は、少しだけ殉教者のような陶酔が見て取れた。
「しかし、違うんだな。頭が誰でもいいという思いこそ、思想のない下らない意見だ。マリー様はあの死の淵にいながらにして、堂々とその場にいた。何が起こってもきっとその足で立ち続けるのだろう。なんと豪胆で素敵なことか。他の者にできるだろうか、できるはずがない。あの方こそが頂点に立つべき御方なのだ。
これは運命だ。私はきっと、あの時に負けて、マリー様を擁立するために生きてきたのだ。あの方であれば、私が今まで抱えてきたコンプレックスすら笑い飛ばして一蹴してくれるだろう。私が今まで鍛えてきたこの腕を捧げるふさわしい」
一息で言っていて、ちょっと引いた。
マリーに傾倒してくれることは望ましいことだが、ここまで一気に心変わりされても困る。
「あ~。ごめんね、リンクちゃん。キーリちゃん、負けてからずっとこんな感じなの。元から思い込みの激しい性格だったんだけど、今回は特に、どっかでぶっ飛んじゃったみたいで」
セリンがフォローに回っている。討伐隊の時には逆の印象だったのに。人というのはどう転ぶかわからないものだ。
「……まあ、マリーが王女になることに協力してくれるのなら、願ったり叶ったりなんだけど」
「あの方以外に王はありえない。君もそう思っているから、全力なんだろう? 私も当然、協力しよう。半端な思いで要らんことに手を貸して、真の王を殺そうとした愚かなこの身。一度死んだこの身だ。王のために尽力することを厭うことはない」
胸を張って堂々としている。騎士団員として実力は申し分ない。頼もしい仲間が手に入った。
たったらー♪
でもなんでこんなに不安な気持ちになるんだろうか。
「私も同じ意見。これ以上人としての無様を晒したくもないし」
セリンも同じくマリーに協力してくれる、と。
「ちなみに他の方々は?」
「説得する。できる限りはこちらに引き込んで見せるさ。マリー様に負け、王子からも見放されたやつらだ、行き場は限られる。どうとでも説得できる」
頭数は揃えられそうだ。それも誰もが腕に覚えのあるやつらばかり。本心だけは確認しないといけないが、戦力になってくれるだろう。
会話も一区切りついたところで、「リンクちゃんはデート? 可愛い子ねえ」とセリンが俺の横のアイビーに目を向けた。
「邪魔しちゃったかしら?」
社交的なアイビーはすぐに笑顔を作る。
「いえいえ。リンクの友人なら、私も友人ですよ。さっきの話、私もマリー様とは面識がありますし、彼女の支えになってくれるのなら私も嬉しいです」
「いい子ねえ。……あれ、リンクちゃんって、マリー様とも仲良くなかった?」
場の空気が変わる。
不穏な香りを感じ取る。
「じゃあ俺たちはこれで」
俺はアイビーの手をとって駆けだした。
アイビーが動かなかった。
「へえ。随分と楽しそうだったみたいで」
「……いや、まあ、友人としてな」
「旅行も楽しかったみたいだしねえ。マリー様もシレネも、帰ってきたときにはつやつやしてた気がするよ」
「……」
タスケテ。
「あ、そういえば、学園では今度、披露会があるのよねえ。私も昔、戦ったなあ。残念ながら、三回戦で負けちゃったけど」
話題が変わろうとしている。
セリンの助け舟。乗らない手はない。
「三回戦なら十分じゃないですか? ベストエイトってことですよね?」
「くじ運も良かったんだ。そのおかけで騎士団に入り込めたし。リンクちゃんは勝てそう? 今年は豊作の年って聞くし、四聖剣が相手だと、流石に厳しいかな? あ、違うか。四聖剣の力も持ってるんだから、逆に優勝候補?」
「いえ、俺は一回戦負けです。決めてるんで。掛札とか買わないでくださいよ」
「手遅れだな」
キーリの手には掛札がいっぱい。全部に俺の名前が書かれている。
「マリー様の騎士である君に全ベットだ。あまりにもオッズが高くて寂しそうだったからな」
「余計なことを……」
「どうしてここまで評価が低いのかはわからないが、本気を出せば優勝だって狙えるだろう? まあ、マリー様の騎士の都合上、出せない実力があるというのも理解はできる。これはただの贖罪だと思ってくれ。君に期待している者は少なからずいるということだ」
「仲間ですね」アイビーも俺の掛札を広げた。これでもアイビーの方が倍近く持っているのが狂気の沙汰だ。ってか二人で俺の掛札のほとんどを占めてるんじゃないか。好き好んで負け札を買うなよ。
「なんか仲間外れ感……。さみしい。私も買っておくねえ」
「いえ、いらないです。ただのゴミになるんで」
「駄目だよお、そんなこと言っちゃ。そんなこと言ったら私たちもだし、そこの彼女さんの思いまでゴミだってことになっちゃう。私たちはただ、リンク君に賭けたって自己満足がほしいだけだから」
犬も食べない自己満足。果たして美味しいのだろうか。
「そういうもんですか」
「そう。私たちがしたいから、するの。それだけだよお。だから私も買っておくね」
「そこまで言うのなら止めないですけど、破産しない程度にお願いしますね」
「彼女さんとは思いの強さが違うよお」
セリンもアイビーの持つ掛札の数に引いているようで良かった。キーリの方は対抗心を燃やしていそうで怖い。これ以上買うなよ。絶対に買うなよ。
「ちなみに、下馬評だとスカビオサ様のオッズが低いけど、やっぱりスカビオサ様が強いの?」
「買って損はしないと思いますよ」
「オッズは嘘をつかないんだあ」
「スカビオサ様もあの噂がなければな。近しい者を三十二人も殺したなんて、狂気が過ぎる。慈愛に塗れたマリー様とは真逆だな」
キーリが大きなため息を吐く。いつの間にか積みあがったマリーへの信仰心はとんでもないな。
いや、少し待て。
「三十二人? 二十六人では?」
「うん? 私は三十二人と聞いているが。まあ、噂の類だ。そこまで数に固執することもないだろう。殺したという事実の方が問題だ」
俺の知る話と、六人の差が開いている。
確かにこれはただの噂だ。間接的に殺した人間もいるだろうから、正確な数なんか測りようもない。
だけど、前世の数だって噂だった。
「セリンさんもその認識ですか?」
「え? まあ、そのくらいだったと思うけど……」
「アイもか?」
「うーん、と、そんな感じだったと思う。ごめんね、流石に数まではわからないや」
どれも判然としない。それもそうだ。そもそもの聞いた話が正確なものじゃないんだから。
でも、三十二人という数を、俺は前世で聞いていない。