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 旅行の帰路につく頃にはレフの機嫌もすっかり元に戻っていた。仲間と腹を割って話せたこと、ザクロと一対一で話せたことで悩みは解消したようだ。帰り道、談笑しているその顔に悩みは無さそうだった。

 この旅行が彼女の心を前向きにさせたのは間違いがない。何よりなことだ。そうであれば、企画して良かったと心から思うことができる。


 アステラとハクガンと別れ、俺たちは学園へと戻っていった。


 学園に戻ってくれば、次のイベントとして待っているのは、披露会だ。

 正式名称は、『聖戦競技会』。


 物々しい名前には理由がある。この学園はそもそも、過去の聖女が立ち上げたものらしい。今後訪れるであろう魔の襲来に備えるべく、霊装使いを集めて教育し始めたことが起源。その力を競技として見せつけることで襲い掛かる恐怖に屈することはないと、国民を安心させる狙いがあった。今もこの催しは、過去の聖戦になぞらえて、自己の力を周りに見せつける競技となっている。


 俺たちが披露会だなんて言ってるのは、半分が揶揄である。自分の力を見せつけた末に待っているのは、上層部の人間の手。今後自分がどこで生きていくか、どこに配属されるか、他人の目によって判断させる。判決を待つ俺たちは、ショーケースに並んだただの商品なのだ。


 旅行から帰ってきてしばらく。開幕まで一週間を切ったこの日、組み合わせが発表される。トーナメント形式のこの戦い、勝てば勝つほど自分をアピールできて、多くの場所から誘われることになる。逆に最初の試合で負けてしまえば、試合は一試合のみ。ろくなアピールもできやしない。


「うわあ。緊張するよね」


 教室内、教員が戻ってくるまでの束の間で、ザクロは俺に振り返ってきた。どことなくそわそわとしている。


「もうすぐ誰と戦うのか決まるんだね……。できればリンク君やレド君とは当たりたくないなあ。えっと、他にも、他の四聖剣も嫌だし、レフさんライさんも嫌だし……」

「何人嫌がるんだよ。わがままだな。すでに全体の四分の一が挙げられてるぞ」

「だって皆強いんだからさ。僕が勝ちあがるためにはそれなりの相手と戦わないと」


「何を不安に思ってるんだよ。他のやつからすれば、逆におまえとは当たりたくないだろうさ。何も考えなくたって、おまえの力なら素直に優勝も狙えるだろ」

「そんな簡単にはいかないよ。リンク君は楽観視し過ぎ」

「というか、優勝したいのか?」

「僕は優勝が欲しいな。あ、別にどこか行きたい場所があるとかそういうことじゃないんだけど、これを機に自信というか、胸を張れる自分になりたいんだ。もう何もしないだけの自分ではいたくない」


 強い意志のこもった瞳。こうなったザクロは強い。

 今回の旅行で思いを固めたのはレフだけではなかった。ザクロもザクロでレフに感化され、強い思いを根付かせている。人は人に影響を与えていく。


 ザクロは「僕はそんな感じなんだけど、」と言って俺の目を見つめてくる。


「リンク君も勿論優勝を狙ってるんでしょ?」

「曇りなき眼で見てもらって申し訳ないが、俺の目標は一回戦敗退だ」


 目を丸くするザクロに、肩を竦めて見せる。


「俺がこの披露会で勝ちあがる意味はない。すでに討伐隊の上層部であるエクセルとは話が通ってるし、俺は卒業後、討伐隊に入る。だとすればこの戦いで力を見せびらかす意味はない。披露したいものがない。むしろ、全力を出したことで王子側に俺の力が理解される方が面倒だ」

「でも一回戦負けだったらエクセルさんも気持ちを変えちゃうんじゃないかな。なんだ、こいつは本当は弱いのかって」

「いいことを教えてやる。人は未知を怖がり、未知を手に入れようとする。どうあがこうが、俺の評価は変わらないよ」


 怖いから遠ざけたいし、怖いから手元に置きたい。俺はエクセルの前では力を見せていない。あるのは、十五人の精鋭を退けたという情報だけ。中身は理解されていない。意気揚々と戦々恐々がごちゃまぜになっている俺を手放すわけがない。

 逆に知られることで遠ざけられそうで、中々にままならないものである。


「知られないことが逆に価値になるってことなんだ。すごいね。リンク君だからこそ言える台詞だよ」


 ほおお、と感嘆される。


 これも状況次第なんだけどな。

 そりゃあ路傍に落ちてるゴミが元々何だったかなんて、誰も気にならないだろう。しかし、とある権力者がそれを拾って大事に抱えていったらどうだ? あれはもしかしたら価値があるものなのかもしれない、けれど何なのか一切わからない、と人の注意を引く。簡単に捨てられなくなる。


 大事なのは、見せ方だ。まさしく披露会にふさわしい。

 俺は見せないを見せるわけだ。


「屁理屈だな。男に生まれた以上、一位を目指さないのは嘘だ」


 熱い男、レド。俺の隣でぎらぎらと野心に燃えた瞳を見せつけてくる。


「レドは頑張れよ。誰が一位になるかの賭けもあるだろうし、おまえにベットしてやるから」

「その余裕、むかつくな。おまえ、もしかして俺と戦っても絶対勝てるなんて思ってるんじゃないだろうな」

「勝負に絶対はないよ」

「じゃあ九割だ。ほとんど勝てる、って思ってるだろ」


 俺は否定しなかった。

 ち、とレドは舌を打つ。


「決めた。おまえが俺と戦わない限り、絶交だ。二度と話さない」

「おいおい、どうした急に」


 あからさまにそっぽを向かれた。


「……」

「なあ、レドさんよ」

「……俺と話したかったら、俺と戦ってからにするんだな。それともそこまで勝ちあがるのが難しいのか」

「あ、話した」

「くそ揚げ足取り野郎」


 勝負至上主義の男は覚悟が違うらしい。

 俺が勝ちあがることにメリットはない。残念だが、レドの思いは叶わないだろう。彼と話せないのはよろしくないが、どこかのタイミングで絶交をやめさせればいい。レドは意外と寂しがりやなところもあるしな。俺が四聖剣の誰かと当たれば言い訳も立ちそうなものだから、願う事にしよう。


「レド君、時々子供みたいだよね」とザクロに言われて、レドは睨みを効かせた。ザクロが逃げるように前を向いたところで、教官が教室に入ってきた。


「皆揃っているな。今回のトーナメントを発表する」


 俺はこのトーナメントを過去に受けたことがある。結果は一回戦惨敗。その時の相手は、クリスという少年だった。今回もそうなるか、と思えば、異なるだろう。


 学園が始まってからここまで、誰も退学していない。それは過去ではあり得なかった。レフとライは死んでいたし、マリーもこの世にいない。あとは数人、学校を辞めている。そんな過去と人数も人そのものも異なるとなれば、必然的にトーナメントの流れも変わるだろう。


 誰と戦うでもいいな。結局は一回戦負けだ。強い奴と戦えれば、俺の敗北も悪目立ちすることないんだけど。


 教官が手帳に記していたのだろう、トーナメント表を黒板に移していく。名前が書かれるたびに一喜一憂するクラスメイトたち。自分の人生を決める大切な催しだ。湧き上がるのも無理はない。

 俺の名前も書かれた。奇しくも相手は前回と同じ、クリスという少年だった。視界の端でクリスがガッツポーズしているのが見えた。確かにラッキーだな。俺と戦う相手は間違いなく勝ち星を拾えるのだから。


 

 ◇



 総勢三十五人によるトーナメント。発表された当日は学校中が浮足立っているように見えた。それは俺たちのグループも例外ではなく、講義が終わって談話室に集まった際に、誰もがうきうきとしているのがわかった。


 意外だったのは、レフだ。「私、今回は頑張ります! 一勝でも多く勝ち取ります!」とレドみたいに熱くなっている。気が合ったのか、レドと肩を組んでもいる。そんなキャラだったっけ。変わるにしたって極端すぎないか。


「どう? 優勝できそう?」


 マリーから軽い調子で声をかけられた。


「無理だな」

「なんで? 初戦の相手は私が見てきた限りそこまでの相手じゃないわ。あんたもわかってるでしょ? 厄介なのはそのまま進めば三回戦でぶつかるシレネくらいでしょう?」

「それはその通りなんだが、そもそも俺に勝つつもりがない」

「え? どういうこと?」


 マリーは眉間にしわを作った。


「そいつは打算的に考えて、初戦敗退を目的にしてるんだと」


 レドはつまらなそうに。

 マリーは不服そうに。


「なんで? わざわざ負ける意味もないでしょうに」

「わざわざ勝つ意味もないんだよ。俺は誰かに評価してもらう立場にいないんだ。誰が何と言おうがどうだっていい」

「ひねくれてるわね。少しくらい本気出して、クラスメイトからきゃあきゃあ言われたりしたくないの?」

「それでモテるわけでもなし」

「そうね。あんたが優勝したところで、他の子に好かれるわけはないわ。普段の態度や実力がよろしくない上に、元々の評価が底辺だものね。まぐれだと騒がれるのがオチよ」

「言い過ぎじゃね……」


 中々に手厳しい。

 王様の霊装を持つマリーは参加できないから、何とでも言えるのだ。


「おまえは出場しないからいいけどな。代わってくれよ」

「嫌よ。私だって戦いたくないし。勝敗に興味もないし」

「じゃあ焚き付けるなよ……」

「でも、勝ってほしいの。この気持ち、わからない?」


 わかりたくはない。俺は観客席に座り、マリーの隣でどっちが勝つだろうね、なんて言いあう無責任な観客になりたいのだ。


「負けるのであれば、それでもいいのではないでしょうか。私もこのお披露目会に価値は感じていませんし」


 シレネは容認派だ。彼女も本気は出さないように見える。観客が満足するくらいのいい試合が出来れば、どこかで身を引きそうだ。


「私も同じ気持ち。そもそもこれは四聖剣のための大会でしょう?」と鼻を鳴らすライ。

「え。皆意外と冷めてるんだね」

「そうだろ、ザクロ。やる気があるのは俺たちだけなんだ。やる気がねえよ、やる気が」


 レドはあからさまに大きなため息を吐いた。「俺たちって、やる気ある側に僕も入ってるんだね」とザクロは苦笑い。


 反論するつもりもなし。

 俺という存在は、元来日和見体質なのだ。

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