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63.










 エクセルは自身の言った通り、内々で話をまとめてくれたらしく、森の中での出来事が公になることはなかった。俺たちの関与もなければ、多数の重軽傷者を出した話も持ち上がらない。死者が出なかったことも問題が大きくならなかった理由の一つだ。討伐隊は無事に第一回目の調査を終えたことになっている。


 情報規制はかかっているが、どこにでも目と耳はあるものだし、真実を知っている者は多くいるだろう。それはそれで望ましい。王女を狙った人間が存在していてその目論みが外れたという現状を、他者に理解してもらう良い機会になった。


 俺たち学園生徒も同様に、無事に調査の同行任務を達成したことになる。


 学園に戻って数日が経った日のこと。

 当初こそ、討伐隊の任務に参加したことに対する報告書の作成やらでごたごたしていたが、ようやく普段通りの日常を取り戻し始めている。


 いや。

 普段通りであると明確に言えるかと言えば、答えは否である。


「なんか、雰囲気が悪いわね」


 いつもの昼食の際に、ついにマリーが聞いた。あるいは、聞いてしまった。食堂の片隅でいつも通りに集まっている七人は全員が手を止めた。


 俺たち全員が薄々と感じていた疑問。討伐隊の調査任務中に魔の森での戦闘があって、ライもザクロも決意を新たに俺たちと共に戦ってくれる宣言をしてくれて、このグループの結束力が高まったとされるのに、何かがおかしい。

 ぎくしゃくとしているような、歯車が噛み合っていないような、なんとなく憂鬱な雰囲気が漂っていた。


 駄目だ。逃げていても仕方がない。なんとなく、なんて言葉で濁したわけだが、原因は誰もが良く分かっている。傍目から見ても良くわかるだろう。


 このグループのムードメーカーであるレフが深く肩を落としてしまっているのだ。


「ねえ、レフ。ずっとそんな風に落ち込んでいてもしょうがないんじゃないの?」


 マリーが切り込んでいく。


 レフに元気が戻らない理由として、討伐隊の同行任務での出来事――血が噴き出るような戦闘、人質にされた恐怖、俺に言われた無価値の一言、が挙げられる。簡単に列挙できるほど、多くの要因がある。

 当然、ここに至るまでこの状態のレフを放っておいたわけではない。誰もが色んな言葉をかけたが、どれも効果が薄かった。シレネやザクロですらも上手く励ませられなかった。俺も当然謝罪を繰り返したが、俺の言葉というより、俺が伝えることになった事実の方で傷ついてしまっているようだ。


「……どうせ私なんて、価値がないですから」


 蚊の鳴くような小さい声は、食堂の喧騒に紛れて消える。


「なんだっけ? リンクがおまえに人質の価値はないって言ったんだっけ? まあ、こいつの言葉は結構きついことがあるからな。無神経なんだよ。俺だって前に人質としての価値しかないとか言われたことがある。こういう性格のやつなんだ、いちいち気にすんな」

「レドさんにはまだ人質としての価値があったんですね……」

「食いつくのはそこじゃねえだろ。ってか、俺はあの時、戦う気が満々だったのによお。こいつが水を差してきて……」


「レド。あんただって広げる話はそこじゃないでしょ。もう口を出さなくてもいいわ。話がややこしくなる。

 あのね、レフ。別にレフがどうこうじゃなくて、相手の思惑ってだけの話よ。あの時、貴方は人質になってはいけなかった。それが一番最悪な選択肢。そうなれば私たちだって、貴方だって、動けなくなって碌なことにならなかったわ。だからリンクはあえて突き放すような言い方で煙に巻いたのよ。人質の価値があったから、あえて酷な言い方をしたの。リンクだって本心じゃないわ」

「……リンクさんは結構思ってることが口に出る人です。あれだってきっと本心です。少しくらいは思ってたはずです」

「そんなことな、……い、えっと、普段は、そうかもしれないわね。まあ、少しは、思ってたかもしれないけど……。でもあの時は本心じゃかったわ。きっと、そうよ」


 確かめるように俺を見るなよ。

 おまえが自信をなくしてどうするんだよ。


 レドとマリー、どちらかというと直線的で、感情的、思ったことがそのまま口に出るデリカシーのない二人が擁護するが、上手くいったとは言い難い。二人ともどうしてレフが傷ついているのか、その本質を理解していないのだ。

 というか二人とも、俺をなんだと思ってるんだよ。言っておくけど、二人ともにブーメランになってる内容だからな。


「レフさんは以前、私が倒れた時もかいがいしく看病をしてくれましたわ。貴方の良さは強さではなく優しさでしょう? 貴方がいてくれたから今の私があるのですよ。私以外にも貴方がいてくれて助かった人だっているのですわ。価値がないなんてことはありません」

「シレネ様だってこう言ってるでしょ。貴方の元気に皆助けられているんだから、いい加減機嫌を直しなさい」

「……そういうことじゃないんです」


 幼いころから一緒にいるシレネとライ二人の意見も、届いている様子はない。


「確かに大変な調査任務だったけど、こうして全員が無事に帰ってこれたんだから良かったじゃない」


 ザクロの言葉にはぴくりと反応したが、劇的に効いたわけではなさそうだ。

 他の面々が一通り慰めて、頓挫。顔を俯かせてしまったレフの顔は暗いまま。せっかくの暖かい食事も美味しさ半減。

 残念だ。


 と、彼らの視線は一言も発していない俺に向けられる。


 なんとかしろよ。おまえが原因だろ。


 そんな心の声が聞こえる。

 実際にそうなんだけど、もう少し優しい視線をくれないか。


「……まあ、」


 口を開いたけれど、言えることがない。

 傷心の女の子を慰める術が俺にはない。


 シレネが落ち込んでいたらその優秀さを褒めて抱きしめるし、マリーが落ち込んでいたら一晩一緒にいてやればいい。アイビーだったら買い物とか気分転換に出かければいいかな。

 俺の周りにいる子たちは少なからず理屈で動いてくれる。きっかけを与えてあげれば自分で回復してくれる。そうじゃなく、数日も落ち込みを引きずる子の対応はしたことがない。普通の女の子って何て言えばいいんだ。


 甘えだな。

 これが俺に好意を寄せてくれている素敵な女子に甘えていた結果か。


 あの時、レフの価値を無にすることは必要不可欠だった。人質に取られて手を出しづらくなって、泥沼にはまりたくはなかった。キーリは俺の力と性格を計りかねていたから、俺の言葉をそのまま受け取ってくれる確信があった。


 それを素直に伝えて頷いてくれるのは、客観的視点を有しているアイビーとシレネくらいだろう。マリーだって、ひどく文句を言った後に何とか納得してくれるはず。けれど、レフはそうではない。


 ほしい言葉。

 かけなければいけない言葉。

 その一つで人生が変わることは多い。俺だって現に、色んな人の言葉で成り立っている。わかっているけれど、それを適材適所に手渡せる人間ばかりではないということも事実なのだ。それができたのなら、俺はこんなにも泥臭く生きてはいない。


 ぐだぐだと考えて。

 たっぷり数十秒ほど皆の視線を受け続けて、それでも何も言葉が出てこなかったので、俺は諦めることにした。


「正直に言う。俺はおまえを慰めることができない」


 白けるお昼ご飯の場。

 嘘つき野郎が何を言ってるんだ。せめて慰めの言葉の一つでも吐けよ、って雰囲気。


 きっつ。

 誰もフォローしてくれない。少なくともここにいる半分は俺のことを好きなんじゃないの?


「……なので、なんかお願いを聞こうと思う。俺にできることならなんでも聞き入れるつもりだ。それで機嫌を直してくれないか?」

「ださいわね」


 マリーから厳しい叱責をいただいた。

 物で釣れるのなら、それでも構わないさ。


 大切なのは俺のプライドなんかよりも、レフが元気になってくれるかどうか、だろ。


「……そうですか。では」




 ◇




「海だああああああああああああああああああああ」


 レフは全力で叫んで水面に飛び込んでいった。


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