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60.








「ハクガン! 貴様、裏切るのか! 騎士団からも厄介者扱いされていたのは知っているぞ。状況を変えようと考えていたんじゃないのか」

「雇い主が何か言っていますけど、いいんですか」


 なんで俺がキーリのフォローをしてるんだ。


「些末事さ。僕は最初からどちらでも良かった。つまらない人生なんか歩いていてもしょうがないだろう。僕の行動指針は楽しさにある。王女の暗殺がどうなるのか見ておきたかったのもあるけど、それ以上に楽しそうなものが見つかった」


 ハクガンという男は、楽しそうに笑っている。


「僕の目に狂いはなかった。この中で一番君が価値を有している。ただ僕は、君の目に映りたい」


 なんとも返答に困る意見だ。

 俺にそっちの気はない。


「あんたの目的は?」

「美の探求。それ以外にはありえない。そして究極の美とは、戦闘においてこそ存在しうる」


 ハクガンの両手に霊装が現れる。

 二振りの刀。

 まったく同じ形の刀は、二つで一つの霊装なのだろう。


「私はただ、君と戦いたい」


 俺は返事をしなかった。

 けれど、ハクガンは返事を待たなかった。


 跳躍。一瞬にして俺との距離を詰めると、その刀を振るってくる。

 一太刀。バルディリスの刃先で受ける。

 二太刀。反対側から飛んでくる追撃を、バルディリスの持ち手の部分で防いだ。


「グッド」


 ハクガンは一度刀を引くと、今度は同時に振り下ろす。

 俺はアロンダイトを握る。黒剣を見るとハクガンはすぐさまその身を引いた。先ほどの一戦を見ていたのだから、アロンダイトの能力は知られている。


「ご褒美だ。一つ情報をあげよう。本当は私は裏切者でね」

「どこの?」

「この小隊の、だよ。とある人物から君たちの本当の意味での護衛を任されていたのだよ」


 とある人物?

 脳裏に過る顔はそう多くない。

 アステラか、エクセルか。俺たちにベットした酔狂な人間たちの誰か。

 今は誰でもいいか。


「それなら引いてくれませんか。あんたは今、その人物からの任務を反古にしていることになる」

「それすらどうでもいい。私は常に、楽しい状況の味方だよ」


 おいおいようやく味方が現れたと思ったら、狂人の類じゃないか。

 アステラと異なっているのは、任務以上に気分を大事にするタイプだということ。


「僕は優秀な人間だ。客観的に見ても、個人的に考えても、間違いがない。学園でも騎士団でも、比肩する者はそういない。そのうちに人生がつまらなくなってきてね」


 きらきらと輝く瞳は、玩具を見つけた子供のよう。


「唯一、騎士団で僕の相手をこなすことのできる男が、面白い子がいると言ってきたんでね。こうして紅蓮討伐隊に潜り込んでみれば、大当たりだ。アステラには感謝してもしたりない」


 結局アステラかよ。

 この場所が危ないと知っていながら接触が少ないなと漠然と思っていたが、布石は打っていたのか。

 彼にとって、この現状は予想通りなのだろうか。護衛を用意してくれて感謝すれば、狂人を用意されて怒ればいいのかわからない。


「後でいくらでも相手するんで、今は退いてくれませんか」

「君の真価は火事場でこそ出ると見た」


 再度の説得も実を結ばない。

 キーリも血を流し過ぎたのか青い顔で俯いているし、どうすればいいんだ。


「悩むことはない。言っただろう? 悩むのであれば、しがらみを取っ払えばいいんだ。僕が取っ払ってあげよう」


 刀の投擲。マリーに向けて一直線に飛んでいく。

 俺はバルディリスに持ち替えて、刀とマリーとの間に割り込ませる。

 刀と斧とが接触する寸前、刀が掻き消えた。


「さあ、踊ろうじゃないか」


 俺の眼前にハクガンが走り込んでいる。その手には二振りの刀。

 最初からマリーを狙ってるわけじゃない。そりゃそうか。こいつの目的は俺なんだから。

 アロンダイトを手に、二刀流を捌く。速い。剣筋が追い切れない。


「破天!」


 衝撃波を発生させると、ハクガンは両の刀を地面に突き刺した。衝撃で吹き飛ばされるのを耐える狙い。彼の身体は吹き飛ばされることなく、地に刺した刀ごと少し後退するだけ。

 それでもダメージは与えているはずだが、顔色一つ変わらずに再び刀を構える。


 俺はフォールアウトを投げつけた。ハクガンに持ち手の部分を掴まれる。そうなったらフォールアウトは機能しない。俺はナイフを手元に戻す。

 くそ。能力の知られた霊装では威力が半減以下だ。俺が手札を公にしてこなかったのは、こういった対策を取られたくないという狙いもあったのに。


「手品はおしまいかい?」


 俺はアロンダイトをハクガンの手元に移して衝撃波を発生させようとする、が、ハクガンはそれすら対策を考えていたようで、手にしたアロンダイトを後ろに放り投げた。衝撃波の圏内からは抜けられてはいないが、逆にそれを利用。発生した衝撃を背に受けて、俺にとびかかってきた。


 霊装の特殊能力がすべて返された。

 そうなってしまえば、後は地力の勝負だ。


 手にするは斧。レドの霊装を拝借して、再びハクガンの二刀流を受け止める。バルディリスは速度を有する霊装。いかに二か所から攻撃があろうとも、捌き切ることは可能だ。


「はは! 霊装だよりかと思いきや、地力もあるみたいじゃあないか」


 こうなった時点で、分が悪いんだよ。

 霊装の能力で掃討できるならそれは必然。剣と剣のぶつかり合いになってしまえば、少なからず偶然の要素が絡んでくる。


 ハクガンの刃が俺の服を引き裂いた。薄皮一枚が切り裂かれ、血が宙を舞う。同様に俺の斧の切っ先がハクガンの頬にかすり傷をつける。

 金属音に紛れて、互いの鮮血が辺りに飛び散っていく。重症にはなっていないが、一つのきっかけで刃が相手に届きそうな緊張感。

 拮抗した戦闘になってしまい、瞬きした直後俺に刃が突き刺さってもおかしくない。


「っ」


 背後から息を飲む声が聞こえる。

 守る相手にそんな顔をさせるようじゃ、騎士失格だな。これで俺の過大評価をとりやめてくれるといいけれど。

 このままじり貧になるのは望ましくない。


 どうせ後でわかることだ。直近で加わった手札を披露するか。


「人生を豊にするためには、余裕を持つことだ」

「同意するよ。いつだって笑える人間が強いからね」

「その余裕っていうのは、手札とも言い換えられる。とれる手段が多ければ多いほど、人は優位に立てる」

「まっことその通りだよ。だから君は強い。いや、強かった、かな」

「あんたが俺の何を知っている?」


 俺は手札のすべてを晒したつもりはない。

 俺は剣劇の最中、ハクガンの二本の刀を同時に押し返した。ぐらつく相手の身体。


 霊装を切り替える。

 先ほどライの使っていた霊装。自走する竹ぼうき。

 この使い方は多分違うのだろうが、この場では最適だろう。

 霊装フレアボルトを放出する。俺の手から離れた箒はそのまま一直線にハクガンへと向かう。


「なるほど」


 ハクガンは体勢が崩されている状態でも、飛来する箒を捌いた。明後日の方向に飛んでいく箒だったが、それは途中で消え失せる。

 代わりに俺はアロンダイトを手にし、次の攻撃を受けきれない状態のハクガンに振り下ろした。


 刀の隙間を縫って、黒剣はハクガンの肌を切り裂いた。血が噴き出し、彼の身体は仰向けに倒れこんだ。


「……手品の種は明かされない。観客はそれが真実だと思い込んでるだけだものね」

「相手のすべてを知った気になれば、それは敗北を招くだけだ。理解は敗北に最も近い」

「参った」


 敗北したというのにその顔は晴れやかだった。

 何となくだが、ハクガンも本気ではなかったように思える。俺のことを試すだけだったような気がする。

 その根拠としては、彼の霊装。二本の刀、それだけだと言えばそれまでだが、他に能力を有している可能性もある。


 先ほど俺が言った言葉は、そのまま俺にも当てはまる。ハクガンのすべてを知ったつもりで背中を向ければ、その瞬間に死んでいる可能性もあるわけだ。

 油断は一切しない。俺はハクガンを視界に捉えたまま、マリーの元に戻っていく。


「苦戦していたみたいじゃない」

「ハクガンは強かった。それだけだ」

「あと、知らない霊装が増えているみたいだけど」

「俺も知らないなあ。なんか勝手に増えてたというか……」

「……ふうん」


 ジト目が痛い。


「まあ、事が収められて良かっ――」


 話を切り替えようとすると、森の奥から矢が飛んできた。マリーを狙ったそれを剣で弾き落とす。

 矢を皮切りに、十人の紅蓮討伐隊の面々が現れた。

 キーリが呼んでいた残りの二隊。増援だろう。


「キーリ。何をしている。予定の場所に来ないと思ったら、どんな体たらくだ」


 ハクガンを含めて、五人全員が大地に伏している状況。新しく現れた彼らは呆れと驚きとが入り混じった声を上げる。

 キーリもキーリで、意識を保っているのがやっとの状態のようだった。


「……見ての通りだ」

「どうも俺の目には敵は一人に見えるけどな。まさか学生の一人に負けたわけもないだろうし、王女の王冠の力ってわけでもなさそうだ。それなら耳の聞こえないヨウムのやつが倒れているはずがない」


 マリーの王冠対策も行われていたようだ。発揮されなかったようだが。


 さて、どうするか。

 ハクガンとの一件で時間を使い過ぎた。本来だったら彼らとの戦闘は避けたかったところだ。

 一人で十人を相手にする難易度はいかほどか。今までの戦闘だって決して楽ではなかったし、疲労感も残っている。相手には何人か霊装使いも混じっている。


 確実に勝てる方法は思いつかない。これは賭けになってくるな。

 賭けの内容はどうしようか。どれに賭けるべきだろうか。最も確率の高いものは――


「なあ、坊主。悪いことは言わねえ。そこのお嬢さんを俺たちに渡してくれねえか。この人数を相手にできるとは思っちゃいないだろう?」


 紅蓮討伐隊の人間が問いかけてくる。交渉の余地があると思ってくれているのは僥倖だ。


「こいつは俺の大切なクラスメイトだ。そう簡単に渡せるわけがないだろ」


 俺はマリーに視線を投げる。

 真っすぐに見つめ返してくる彼女に意図が伝わっただろうか。


「だよな。聞いてみただけだ」

「見返りは?」

「あ?」

「こいつを差し出したら、何か見返りはあるのか?」

「はは。そうか。そうだな。おまえは学生だろう? 騎士団へのポストはどうだ? それとも、モノが欲しいか? まとまった分の金貨くらいならくれてやる」

「なるほどね。金額次第では考えなくもない」


 その言葉にマリーが激高した。俺に掴みかかってくる。


「リンク! どういうことよ!」

「俺が彼らに勝てるわけないだろう。ここの五人だって、偶然なんとかできただけだ。俺はまだ死にたくない」

「だからって……、私を見捨てるの? 私の騎士だと言ってくれたじゃない」

「誰だって自分の命が惜しいんだ。誰が他人のために自分の命を張るって言うんだよ」

「……ひどい」


 マリーはその場に崩れ落ちた。

 俺は交渉を続ける。


「で? いくら用意してくれるんだ?」

「金貨十枚。破格だろう?」

「王女の価値は金貨十枚なのか?」

「そんなわけないだろう。おまえという学生にくれてやれる分はそんなもんだって話だ。いざとなれば力ずくでも奪えるんだからよ」


 十対二の構図は相手の自信を後押ししてくれているようだ。

 キーリだけが青い顔で、


「待て。あの子の力は想像以上に高い。油断するな」

「敗北者が何を言ったって変わらねえよ」


 余裕の表情で笑っている。

 それでいい。

 その後もいくらでマリーを手渡すか、無為な交渉を続けていく。一向にまとまらない話し合いに、相手も業を煮やしてきた。


 流石にもう限界か。敵が足を踏み出してくる。

 と思った時。


 紅蓮討伐隊の端にいた人間が一人、視界から消えた。衝撃を受けた男は木々の間を縫って、森の中に消えていく。


 時間を稼いだ甲斐があって、頼もしい味方が到着したようだった。

 シレネがアロンダイトを携えて、紅蓮討伐隊の側面から強襲をかけていた。ほぼ時を同じくして、レドも姿を見せる。どうやら俺の賭けは正しい方向に転がったようだ。


「なんとか間に合ったみたいね」


 ライが息を切らせながら近づいてきた。


「ああ、助かった」

「マリー様はどうしたの?」


 蹲って泣いているマリーを見て、ライは不安に眉を寄せた。


「気にしなくていい。嘘泣きだよ」

「えーん。リンクが虐める」

「演技もうまくなったな」

「嘘つき師匠が近くにいるからだわ」


 けろっとした顔で立ち上がる。


「……似てきたわね、二人とも」ライが呆れたため息を吐いた。


 さて、俺も軽口を叩いてばかりもいられない。

 シレネもレドも優秀だが、相手は総勢十人の手勢だ。学園の生徒ではなく、本場の実力者。俺も参戦して、この場を抑えなくては。


 俺は一歩踏み出す。

 その肩を掴まれた。


「いいよ、リンク君。僕が行くから。君はマリーさんを守ってあげて」


 俺の隣に立ったのは、予想外の人物だった。俺自身、来るとは思わなかった。


「……ザクロ」

「僕も、戦わせてほしい。みんなを守るために、また一緒に守るために、僕は僕の剣を振るう」


 現れる聖剣デュランダル。

 真剣な顔つきでそれを握ると、ザクロはそれを構えた。



 ◆



『もうすぐ、報告にあった魔王のところだね。心の準備は大丈夫?』

『問題ない。他のメンバーの士気も高い』

『良かった。これなら魔王だって倒せるよね』

『なあ、こんな時じゃないと聞けないから聞くんだが、なんで俺に声をかけてきたんだ。あの時の俺は白い布切れ一枚出すだけの雑魚だった。とてもおまえのパーティーに入れる立場にはなかった』

『でも今は僕のデュランダルも扱えてるじゃないか。立派な戦力だよ』

『そういう話じゃない』

『ええ……。少し恥ずかしいな。ええっと、リンク君は何があっても人を見捨てないと思ったから、かな』

『見間違えるなよ。俺は善人じゃないぞ』

『はは。僕がこういう境遇だったからかな。周囲は僕の立場で態度を変える人ばかりだった。分家の時には埃のような扱いを受けていたのに、デュランダルを受け継いだ途端に笑顔を向けてくる。ああいう人は僕がピンチの時には何もしてはくれない。一番大事な時に保身に逃げる人なんだ。リンク君はそういう人じゃないってわかってるから。まあ、それを言ったらこのパーティー皆がそうなんだけどね。僕は信用できる人たちに声をかけたつもりだよ』

『おまえの目は節穴かもな。特に俺に対しては』

『無理に悪ぶらなくてもいいのに。大丈夫。ここにいるみんな、君のことを信頼してる。君だって僕らを信用してくれている。わかってるでしょ』

『……』

『皆で魔王を倒して、また飲み明かそうよ。今から楽しみだな』

『楽観的だな。全員死ぬかもしれないぞ』

『それはそれ、かな。大丈夫。僕らならやれる』

『……なあ、ザクロ』

『なに?』

『ありがとうな』

『なんだよ、恥ずかしいし、水臭いな』


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