56.
◇
「君たち四人は、私たちの小隊の旗下に入ってもらう」
キーリ副隊長は俺たちの前で言い放った。
先日に見せた温和な彼女ではなく、真剣な副隊長の顔であった。これから始まるのはお遊びではない。命をかけた森への大規模調査なのだ。
彼女の小隊として紹介されたのは、キーリを含めて五人の人間だった。彼女の背後には薄い鎧を着た四人の隊員が立っている。
「可愛いねえ、可愛いねえ。私たちも昔はあんな風にひよっこだったもんねえ」
軽い調子で笑みを浮かべ、こちらに手を振ってくるのはセリンという女性だった。
「……あそこまで危機感のない顔ではなかった」
武骨な大男はバン。
「クール、インテリジェンス、そして、マーベラス! 彼らからは素質ってやつを感じるけどね」
腰に手を当ててこちらに流し目を送ってくるのは、ハクガン。
「……」
無言で見つめてくるのはヨウムという小柄な男。
それぞれに自己紹介を受けて、俺はキーリの顔を見つめることしかできなかった。
「個性的ね」
俺の気持ちを代弁するかのように、マリーから。
キーリは困ったように笑って、
「そう言うな。とはいっても、腕には自信のあるやつらだ。魔物なんかに後れを取ることもない。君たちに傷一つつけないことを約束しよう」
そこは心配してない。彼らが魔物を打ち倒すことに対しては。
問題は彼らの中に俺たちを害する者が存在するか否か。
こちらの自己紹介も終わったタイミングで、ライが手を挙げた。
「森の中に入る前に、一つ質問をよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「配属はどうやって決まったんですか?」
「君たちの配属なら上が決めたと聞いているが。私は知りえない」
「いえ、この小隊の隊員の配属です」
キーリは首を捻る。
「ん? それを聞いてどうするんだ」
「私も将来は討伐隊へと入隊しようと考えています。参考にさせていただければと」
「そうか。この小隊のメンバーは討伐隊の選抜試験があった際に、私自ら選んだ。だから腕だけは間違いがない」
「では、その背後関係については特に調べはしないのですか?」
「犯罪者ではないことは確認している。それに、全員が元々それなりの組織にいた人間だ。極端なことを起こそうなどとは考えていないだろう。何を心配しているかは知らないが、君たちの安全は確保されている」
「わかりました。ありがとうございます」
頭を下げて退くライ。
「もしかして、心配になっちゃった? 大丈夫よ、お姉さんたち、強いから」
セリンが力こぶを作って笑いかけてくる。
当然、俺たちが心配しているのはそんなことではない。敵味方問わず強いのは当然として、その腕がどこに振るわれるかを確認したいのだ。
けれど確かに、ここでぐだぐだ考えていても仕方がない。まさか先ほどの問答で敵が炙り出せるわけもなし。
今日は紅蓮討伐隊から三部隊が森の中に入っていくらしい。隊長であるエクセル自ら率いる隊もあった。俺たちとは調査範囲が互いに異なっているので、別方向からの侵入となる。
都合、一年弱ぶりに森の中に入ることになる。
以前はシレネの一件があった。
あの時もあの時で大変だったが、今回は今回で大変だ。何が起こるのだろうか。
「さっきの、何とも言い難い返答だった。小隊のメンバーはキーリさんが選んだから大丈夫ともとれるし、キーリさんが選んだから問題がある、ともとれるわね」
一日がかりの調査になるということで、各々渡された荷物を確認している準備期間中にライが寄ってきて話し掛けてきた。
「ああ、さっきはありがとう」
「構わないわ。あれくらいならお安い御用よ」
「俺が聞くと構えさせちゃいそうでな」
マリーの騎士だなんだと嘯いている俺が聞けば、疑ってるのかと逆に疑われる可能性もあった。その点ライという一般市民からの質問であれば、淡々と答えてくれる。
「……で? 私に協力させたということは、私を仲間に入れてくれる覚悟を決めてくれたの?」
「まあ、そうだな……」
「煮え切らないわね。すぱっと決めなさい」
「どうしてそこまで関わりたいのかわからないが、別に楽しいわけじゃないぞ。知ること、関わることによって、命の危険すらあり得る。無暗に首を突っ込むべきじゃない」
少し離れたところでキーリとセリンに色々と尋ねているレフを見やる。
彼女のコミュニケーション能力は高いな。端っこで細々としている俺とは正反対だ。
まあ、だからこそライと込み入った話ができるわけだけど。
「じゃあどうしてシレネ様とマリー様には話してるのよ。二人の命はどうでもいいってこと?」
「……」
それを聞かれると弱い。
二人ともこれからの計画に絶対に必要な存在というのもあるし、俺が動かなかなければ死者同然だったから覚悟を押し付けるのに罪悪感が少ないということもある。
前者の説明ではライの能力を疑うことになるし、後者なんか道徳に欠けそうで言い辛い。
俺がまごまごしていると、ライは仁王立ちをして宣言する。
「わかった。これで聞くのは最後にするわ。私の力が必要か、否か。答えるのはそれだけでいい」
「……困るような質問してくるなあ」
「前者なら全力で協力するわ。何でもすると言い切ってもいい」
「そんな簡単に言い切るなよ。もっと自分を大事にしろよ」
「大事にしたって死ぬときは死ぬんでしょう。だったら、後悔しないように生きたいの。貴方が私たちに新しい未来を見せてくれているんでしょう。だったらその先を最前線で見たいというのは、変な願いかしら?」
「おまえがもっと阿呆だったら回答も違ったんだけどな」
ぎゃあぎゃあ騒ぐわけでもなく、自分で勝手に行動するわけでもなく、俺の手のひらの上でじっと俺のことを見つめてくるのだから、質が悪い。こっちが試されているようなもんだ。
世の中にいる女子は皆こんな強かなのか?
どうも俺の周りにいる女子は全員頭の回転が良過ぎるというか、強いというか、扱いが難しい。
「貴方の傍にいるからこうなるのか、こうだから貴方に惹かれてしまうのか。鶏問題みたいね」
鶏が先か、卵が先か。
答えの出ない問題に頭を悩ませてもしょうがないか。
「さっさと答えて。後者であれば、もう貴方にこんな話をすることもないわ。金輪際、何を言う事もない。私はもう貴方に干渉しない」
「言葉が強いな」
「貴方が煮え切らないからでしょ。今決めて」
ライの顔が迫ってくる。
状況を整理だ。
メリット…ライが仲間になる。特に今の状況だと、マリーを守る手ごまが足りない。ライは思慮深いし、余計なこともしなさそう。良い戦力になってくれるだろう。
デメリット……。
この争いに彼女を巻き込んでしまうことだろうか。
それだけか。
そんなにか。
どっちなんだろうな。
判断を非常に迷わせる。だからこそ、ここまで後ろ倒しにしてきたわけだし。
ライの顔が近づいてくる。
俺の判断を急かして来る。
「どうしたんだい? 未来を担う若者たちよ」
二人して見つめ合っていると、間に一人の男が挟まってきた。
ハクガンと名乗っていた青年は俺たちの顔を見比べると、「素晴らしい」とだけ言い放った。
「グット、ベター、そして、マーベラス! 今、君たちは、青春の貴重な一ページを謳歌している! 合ってるね?」
「……」
「……」
真面目な話に水が差される。
俺たち二人に返せる言葉はなかった。
「んん。気持ちはわかるよ。僕も学園にいた時はそうだった。恋愛というのは常に試練を与えてくるものだ。右を見ても美人、左を見ても美人。無限にある選択肢の中から、一人の子を選ぶのは難しかった。悩み抜く毎日さ。けれどある時、天啓が降りてきたんだ。実は悩むことなんかないんじゃないか、って」
ハクガンはにっこりと笑う。
言動が奇怪なだけで、その微笑みは結構優しかった。
「意外と人間はもうすでに答えを持ってるのさ。しがらみによってそれが言えないだけ。じゃあそのしがらみを抜きにしよう。私は悟った。全員と付き合えばいい。下らない外野の野次や常識なんていう論外は捨て置くのさ。そうすれば、君の望む答えは見えてくるよ」
言いえて妙かもしれない。
俺の中ではすでに答えは決まっているけど、別の何かでそれが阻害されている。
後悔しない選択肢は、案外しがらみを超えた先にあるのかもしれない。
「そうかもしれませんね。ありがとうございます」
「ん! また一人、悩める若者を救ってしまった……。僕はまさに、クレバー、ジーニアス、そして、マーベラス!」
「ちなみに、ハクガンさんはどうしたんですか? 全員と付き合ったんですか?」
「おっと、今度はあそこのお嬢さんが悩んでいるようだ。私は一人しかいない。あの子の悲しみを晴らしてあげなくては。アデュー」
手を振ってレフの方に歩いていってしまった。
見た目は悪くないけれど、あの性格だ。事の是非は聞かないでおこう。
俺は意を決した。
「ライ。俺に協力してくれ」
「え。……今ので決意が固まったの?」
「ああ。いや、今のってわけじゃない。俺の中で答えはずっと決まってた。けれど、色んなことを考えすぎてたみたいだな」
本当に考えるべきは、最悪の結末。
例えば、俺がライに協力させないで、マリーに万が一が起こった場合。
俺は糾弾されるだろう。全員から、特にライから、私に言ってくれれば何か変わったのかもしれないと言われる。俺自身だって俺を許せない。
心に傷を負うのは、全員だ。
俺が全力を尽くさなかったばっかりに、そんなことになる。
俺が迷いを見せていたせいで、誰もが泣く結末になる。
ライのことが心配なんだったら、ライだって俺が守ればいい。ライがマリーを守ってくれるのなら、俺がライを守らない道理はない。
二の足を踏んでいては、何も進みはしない。
「厳しい戦いになるかもしれない。けれど確かに、おまえの力は必要だ。頼めるか?」
「願ってもない返事だけど、なんというか、途中に変なのが挟まったせいで上手く喜べないわ」
「気にするな。あれで決めたわけじゃない」
「そう。まあ過程なんかどうでもいいわ。貴方が頷いてくれたなら、それでいい」
ライは手を差し出した。
「全部教えてね。貴方が知ってる話と、貴方の抱えている状況を」
「ああ。今日の夜にでも話そう」
まずは初日の調査を終えてからだな。
とん、と肩を叩かれる。
「そろそろ出発だって」
マリーがナップザックを背負って立っていた。
俺たちも残りの備品を確認して、ナップザックを背負った。
「マリー様。私も貴方をお守りします」
「……」
ライの殊勝な態度に、マリーは口をへの字に曲げた。
「護衛はコレで足りてるわ」
指さされるコレ。
それから相好を崩した。
「ありがとう。お願いだから無茶はしないでね」
笑いあう二人。
二人は意外と馬が合うのかもしれない。
俺が知る限り、一番友好的な態度だった。