52.
◇
そんなこんなで俺たちは数日の準備期間の後に、討伐隊の調査任務に同行することになった。
用意された馬車に乗り込んで、討伐隊の後ろについて進んでいく。
討伐隊は現状、二つの班に分かれている。それぞれに紅蓮隊、蒼穹隊と名前が与えられ、班の旗色はそれぞれ赤、青と分けられていた。
学園から派遣された八人の生徒たち。
二つの隊があるということで、四人ずつで分けられることとなった。
ここまでは順当な流れ。
違和感を感じるのは班分け。
「どういう選考基準があったんだろうな」
赤色――俺、マリー、ライ、レフ。
青色――シレネ、ザクロ、プリムラ、レド。
がたがたと揺れる俺たちだけしかいない馬車の中。
他三人に語り掛けると、一番不満そうな子が反応した。
「そ、そうですよ。なんで四聖剣の方々が全部別のグループなんですか? 絶対に偏りがあるでしょう。シレネ様とも離れてしまいましたし」
レフは口を尖らせて、先に進んでいくもう一つの馬車に不安そうな目をやっている。青色の旗を掲げた馬車と、同赤色の馬車。同じ場所から出発したというのに、すでに俺たちは離されてしまっている。
とても意図的なものを感じる。
客観的に見た戦力で言えば、あっちの方が圧倒的に上だ。四聖剣を持つ三人は言わずもがな、レドだって霊装を使った実技の成績は上位になる。
反面、俺たちは成績下位もいいとこ。俺を初めとして、レフもライも好成績を収めているとは言い難い。
魔物の近くまで行くのだ。戦力についてはおおよそ平均になるように配分するのが常識的な考えだろうに。
まあ、それもこれも、
「私のせいでしょうね」
マリーは鼻を鳴らした。
マリーという扱いの難しい存在。王子たちに取り入るための土産になる女の子。そんな彼女が学園の外に出るということで、色めきだった国の上層部王子派閥の人間は多いだろう。それも、魔物の生息する魔の森に行くとなれば、この機を逃すものかという意思を感じる。
彼らは事故を起こしたい。
四聖剣なんか周りに置いたら、荒事を起こすのはなかなかに難しくなる。反面、成績下位の人間が周りにいれば、除去するのは簡単だ。
「え、なんでマリー様がいると、この配分になるんですか?」
「シレネやザクロが近くにいるより、貴方たちが近くにいる方が都合がいい人が多いのよ。街で私が死んでいたらどう思う?」
「誰かが殺したに決まってます。許せないです」
「魔物の近くで私が死ねば、どうなるの?」
「……魔物にやられたと思います」
「そういうこと。この調査中に私は、魔物の牙が突き刺さった遺体で見つかるのでしょうね」
マリーは快活に笑って、レフを脅かしていた。
「そのシナリオだとおまえはこれから死ぬんだが、余裕そうだな」
「誰かさんが実力を隠してくれてるおかげで、一緒の班に振り分けられたからね。私の騎士は何があっても私を守ってくれるわ」
ウインク一つ、いただきました。
安心と過信は違うんだぜ。
「えっと、その、もしかして、頼みの綱はリンク君ですか……」
レフは青ざめていた。
彼女の前で俺が動いたことはなかった。表向きはレフよりも弱いからな俺は。
だが、わざわざ誤解を解くこともない。レフには怯えている状態を保ってもらおう。その方が都合がいい。
「私は協力するわ」
青くなるレフと反対に笑顔を見せるのはライだ。
こういう状況でも物おじしていない根拠は、俺にはわからないけれど。
「頼もしいな。ありがとう」
「別にあんた一人で足りるでしょうに」とマリー。
「足りるわけないだろうが」
俺を過信し過ぎだ。
吹けば飛ぶような一般市民だぜ。
「で、なんでわざわざこんな催しに参加したのよ」
マリーが本題に切り込んだ。
ライもレフも首を傾げる。
俺も首を傾げる。
「何が?」
「嘯くのはやめなさい。学園にいるのが一番安全だと言っておきながら、どうしてこの調査に参加させたのよ」
「俺は参加しろと言った覚えはないが」
教官の連絡は急なことだったし、打合せする時間もなかったしな。
「目が合った時、止めなかったじゃない。私はそういうことだと認識したけど」
「合ってるよ」
俺が手を挙げれば、マリー、シレネ、レドあたりはついてくると思っていた。少なくともマリーは俺の傍が一番安全だと思っているし。
そうなれば、当然マリーのリスクは増える。学園内では話をつけたと言っても、学園外は全くの別。何も知らない雑兵どもが、王子の喜ぶ顔見たさに襲ってくるだろう。
「理由は二つだ」
俺はライとレフに視線を投げる。
二人を巻き込むべきか否か。ある程度王子派から邪魔があるのはわかっていたが、この班分けだけは予想外だった。まさかここまで露骨な班分けがなされるとは。討伐隊の上層部にも王子派の人間が潜んでいるのだろう。
二人ともマリーを取り巻く状況は知ってるだろうし、当たり障りのない範囲で応えることにしよう。
「一つ目。今がチャンスなんだよ。マーガレットの予言によってこうして討伐隊が組まれ、マリー、マーガレットを支持する人も増えてきた。そんな中、マリー自ら調査に向かうとすれば、予言の信ぴょう性は上がる。討伐隊に箔もつくし、人々に危機感を煽ることができる。同時に、マリーは王城にこもるばかりの王ではないと意識づけられる」
「今だからこそ多くのメリットがあるということね。確かに、この馬車が出るときには結構な人に手を振られたわね」
「そういうことだ。マリーの存在は市民権を得始めている。国民からの人気を得ることができれば、いまだマリーを王女だと認めないやつらだって考えを改め始める。
二つ目。いい加減、外部の人間たちにも理解してもらった方がいい。マリーを狙うのは得策ではないと」
学園内で俺たちは俺たちの力を示した。学園の中にいればそれなりに安全だろう。
しかし、卒業まで一年を切っている。
その後は?
ずっと学園にこもりきりになるのか。
「この調査はうってつけだよ。魔物の森付近に大勢の刺客はいないだろうしな」
「それは少し迂闊じゃない?」
「すでに裏はとってある。すでに向かっている者、今向かっている者、人の動きはある程度確認してある」
王子たちだってそこまで多くの人間は動かせない。
王の霊装に選ばれたマリーを殺しに行ったことを露骨にすることはできない。
「やってくる刺客は王子の依頼した実力者が数人かだろう。そんなやつらを返り討ちにできれば、あっちも迂闊なことはしてこなくなる。マリーの立場もある程度保証される」
「そこまで考えているのならいいわ」
マリーは口角を上げた。
この理論には一つ致命的な弱点があって、マリーを襲ってくる人間が俺たちに捌ける相手であることが前提なのだが、この王女様は俺たちが負けることは一切考えていないようだった。
負けるつもりは毛頭ないけれど、あまりに信頼を置かれ過ぎて逆に不安になる。自分で種を蒔いておきながら、俺も小心者だ。
が、依然として不利な状況下にある俺たちが、保身に走っても意味がないのは間違いがない。
予想外の一手で、勝利を奪っていこう。
「刺客ってなんですか……。この調査、そんなに危ないんですか」
あわあわと慌て始めるレフ。
「大丈夫よ」
「なんでライはそんなに余裕なんですか」
「どうせシレネ様がなんとかするからよ」
「何とかできますかね」
ライとレフの会話が始まったのを見計らって、俺はマリーの耳元に囁いた。
「なあ」
「ひゃんっ。……何よ」
「可愛い声出すなよ」
「あんたが急に耳元で囁くから」
「内緒の話だ」
「それなら囁かなくとも他に伝える方法があるでしょ」
脇腹を突いてみた。
「ひっん。……あんた、わざとやってるでしょ」
「真面目なんだが」
「あんたが真面目だった試しがないわ」
俺の評価はよろしくない。
今に始まったことじゃない。
「まあいいや。落ち着いて聞いてくれ。おまえは俺がなんでもなんとかできると思ってるみたいだが、あんまり俺のことを過信するなよ」
「何よ、急に弱気じゃない。どうせこの後何が起こるかわかってるんでしょう?」
「いんや。これは俺の想定外の出来事なんだ」
今まで俺は起こりうる未来を知った上で行動してきた。
その時何が起こるか、何がポイントとなるか、わかっていたから、余裕を持って行動していた。
「マーガレットを説得して討伐隊を組織する。そんなことは俺の知る未来ではありえなかった」
「あ……」
マリーの目が点になる。
そう。
これからは俺が知りえない未来。俺が動いたことによって変えてしまった未来。
前のように先回りしての行動はできないのだ。
「じゃあなんでこの件を受けたのよ。わざわざ学園から離れて、危険なだけじゃない。ますますわからないわ」
「さっきは言わなかったが、三つ目がある。ハナズオウの存在だ」
魔王なのに、魔王じゃない少女。俺は魔王を殺そうと思って生きてきたのに、そんな中途半端な存在が現れてしまった。
誰が何をしたのかはわからないが、未来は俺の知っているものから少しずれている。
知らない未来。
一つの変化があった以上、ほかにも何か変わっている可能性がある。魔王と来て、次は魔物。確認すべきは魔の森の現状。魔物の動きに変化がないかだ。
「未来は変わってる。だったら、これからが同じように動くとは限らない。確認しないといけないことも多い」
もしも何かの影響があって、魔物の大量発生の時期が変化していたら? 予定よりも大分早く侵攻が始まってしまったら?
流石に対処できない。
そういった意味での確認が必要なのだ。
一、国内でのマリーの評価を上げる。
二、マリーのを狙う敵を返り討ちに。
三、俺の知る未来の変更点の確認を。
三つの目的があって、俺は討伐隊に参加した。
リスクに見合うリターンを期待するしかない。
「ふうん。まあ、わかったわ」
俺は危機感を煽ったはずなのに、マリーの顔色は変わらなかった。
「いやに落ち着いてるな。俺の持つ利点が一個減ったんだぞ」
「別に貴方の利点は未来を知っていることじゃないでしょ」
先ほどのお返しとばかりに頬を突かれた。
「なに?」
「貴方が動いた時点で、私もアイさんもシレネも、何もかもが変わってる。すでにそこで変わってるのよ。未来が異なってるなんて、今更じゃない? そもそも私にとっては未来がどうあろうがわからないわけだし」
そう言われればその通りなのだが。
「貴方の強みは別にある。その場でどうとでもしてしまえる地力があるでしょ。それに、未来が変わってるなんて素敵なことじゃない。色んな可能性があるし、起こりうる不幸を何個か回避したってことでしょ。胸を張りなさい」
今度は腹部を突かれた。
「うりうり」と笑顔のマリーがじゃれるように胸部を何度もつついてくる。
「まあ、そうだな。今更か」
未来がわからないくらいで何をビビっているんだか。そんなもの、人生では当たり前だろうに。そもそもビビるようなこともないだろう。別に何も失うようなものもない。
俺は結局、俺のやれることをするだけだ。
「そこ。勝手にいちゃいちゃしないでくださーい」
レフから制止の言葉が上がると、マリーは満足そうに鼻を鳴らして俺のことを見上げてくるのだった。