50.
◇
フォールアウトを使用して部屋に戻ると、一番に怒りの視線を頂戴した。
「どこ行ってたんだよ。さっき教官が訪ねてきて、なんとか誤魔化したんだからな」
レドは相当御冠である。
申し訳ない。
百パーセント俺が悪いこの状況で、俺を庇ってくれたのか。この男も中々にお節介である。
「悪かった。ありがとうな」
「俺の質問に答えてないぞ。どこ行ってたんだ」
「少し気晴らしにな」
「シレネとデートか」
「まあ、その通り。ついでに教会に寄ってきた」
「いいご身分だな。周りを混乱させるだけさせて、自分はのうのうと遊び惚けて」
唇は尖り、いつになく嫌味な言い方。
俺が勝手に暴走したことを根に持っている。
「悪かったって」
「いつものおまえに戻ったみたいだから、一旦不問にしてやる。その代わり、全部話せ。俺にわかるようにだぞ」
俺は自分の知っていることをレドに伝えた。
過去、あいつが魔王だったこと。マーガレットの時には違う少女が魔王だったこと。もしかしたら魔王は一人ではないかもしれないということ。
すべてを話し終えると、レドはげんなりした顔になっていた。
「わかった。もういい。頭がパンクするわ」
「誰だってわかる状況じゃない。あのシレネだって答えを出せてないからな。事情をある程度見てきた俺でも咀嚼しきれてないんだ」
何が実際に起こっているのか。
今の段階では判断できない。
だから、情報を集める必要があるのだ。
「問題を起こした俺が頼めることでもないと思うが、もう一度、魔王に会いたいんだ」
「魔王――ハナズオウにか」
ハナズオウ?
誰かと思ったが、そういえば魔王にだって名前はあるのだ。
「あの子、そんな名前なのか」
「らしいぞ。知らなかったのか?」
「魔王としか名乗らなかったしな」
どういう意図があるんだ?
本名を隠したかった? しかし、こうして俺のいる学園にのうのうに入学してくるのはいったいどういう了見だ? 俺の困惑が見たいのなら、大正解だけど。
何もわからない。
ハナズオウはわかっていて行動しているのだろうか。
「話したいって言っても、あんなことがあったからな。難しいんじゃないのか」
レドは苦い顔。
俺は初対面のハナズオウを殺そうとしたのだ。
相手の立場になって考えると、話したくもないだろう。
「一応、聞いてみるわ」
「聞いてみる、って仲がいいのか?」
「あれ以来付きまとわれている」
首を捻った。
「謹慎が開けたらわかる」
少し憔悴した顔は、何も俺だけが原因ではなさそうだった。
一週間の謹慎タイム。
俺は部屋で反省文を書く日々だった。
アイビー、シレネ、マリーが代わる代わる仮病を装ってやってくるものだから、飽きはなかったけれど。
ハナズオウと話す場をどう設けようか悩み中。
俺は彼女を殺そうとした相手。彼女は俺と話したくはないだろう。
冷静になった俺はそんなハナズオウと話したいのだが。
そんなこんなで一週間はアッという間に通り過ぎていった。
俺は一週間ぶりに登校する。
教室の中に入ると、頂戴する視線が今までは「なんだあいつか」くらいの視線だったのが、
「うわあいつだ」くらいには変化していた。
腫物扱いだ。
廊下での大騒ぎによって、流石に大多数の生徒に問題児として認識された模様。
ま、もともと問題児なのは変わらないんだけど。
席に着くと、「久しぶり」「久々に会いますわね」と、マリーとシレネが近づいてきた。
よくもまあいけしゃあしゃあと。ほとんど毎日来てただろうが。おかげで暇はほとんどなかったし、有難かったんだけど。
「久々のシャバはどう?」
「やっぱり自由ってのはいいよな、って、俺は牢屋にぶち込まれていたわけじゃないぞ」
「生きているうちに貴方に会えてよかったですわ」
「俺は懲役何年だったんだよ。震えるな。涙を流すな。嗚咽するな」
なんだこいつら。
ノリノリ過ぎるだろ。
「まあ、二人ともリンクがいなくてずっとつまらなそうにしてたしな。付き合ってやれよ」
レドからおざなりなアドバイス。
しかしそれはアドバイスとして機能しているわけではない。会って無かったわけじゃないんだ。だから別に久々だねトークもないんだ。いつも通りの昨日ぶりの会話なんだ。
シレネとマリーがそんないつも通りの調子だから、周りも俺たちから興味を失くして普段通りに過ごし始めている。俺が一週間謹慎を喰らったところで、誰がどう思う事もなかった。
いつも通りいつも通り。
そんなこんなしていると、いつも通りではないことが発生する。
「レドさまああああああああああああっ」
絶叫、突進、突撃。
「ぐへえ」
変な声を上げて、レドが吹き飛んだ。
廊下から教室に入り込んで、一目散に飛んできたのは武器でも霊装でもなく、人だった。
いまだにその顔を見てぞっとしてしまうのは仕方のないことだろう。最期の瞬間が思い起こされてしまう。
ハナズオウ。
金色の髪の女。
俺をこの時代に戻した魔王。
「レド様! 今日、私はお昼ご飯を作ってまいりました。一緒に食べませんか」
だが、当の本人は魔王の素顔など一切見せることなく、年相応のきらきら笑顔を張り付けている。
レドに抱き着いている彼女は、突撃した相手しか見えていないようで、俺たちのことなど一切意に介していなかった。
シレネもマリーも呆れた顔をしているだけ。動揺しているのが俺だけだということは、この一週間で普通の光景になったのだろう。
当人のレドはそっぽを向いている。
「いやだ」
「なんでですか」
「興味がないから」
「それはお昼ご飯にですか? 私にですか?」
「全部だ」
「ガーン。でも、私はレド様のことが好きだから、気にしません」
少女はたくましいガッツポーズ。
「いや、気にしろよ」
俺は思わず突っ込んでしまった。
声に振り返るハナズオウ。
そして、喜色満面の顔に、青色が走った。
「……ひ、人殺し」
未遂だ。
が、この場にいる三人がいなかったら、実行犯だっただろう。
申し訳なさと怒りで感情がぐちゃぐちゃだ。距離感がわからない。
「帰ってきたぜ」
「ずっと牢屋に繋がれていればいいのに」
「だから牢屋には入ってないって」
「人を殺そうとした大罪人のはずなのに、ろくにお説教もなく一週間の自宅待機で終わるなんて、この国の司法はどうなってるの」
それは同意。
まあ、持つべきものは仲間、逆らってはいけない人がいるということで。
「元気そうだな。良かったよ、トラウマにならなくて」
「それを貴方本人が言うのはどうなんですか。もっと反省の意を見せてください。十分にトラウマです。貴方の前に立つと蕁麻疹が出ます。パンを食べても蕁麻疹が出るようになりました」
「それはアレルギーってやつでは」
「どっちも一緒です。同じ空気を吸っていたくないので、自分のおうちに帰ってくれませんか」
言うじゃないか。おまえが自分の教室に帰れよ。
ギャン泣きしていた初対面とは打って変わって勝気な反応。
これがこの子の素なのだろう。
俺の知る魔王とは話し方も雰囲気もまるで違う。こんな子供ではなかった。
でも、見た目は全く同じなのだ。
再び会ってみると、それはそれで混乱が極まる。俺は恨めばいいのか、謝罪すればいいのか。
「おまえ、双子の妹とかいる?」
「いきなりなんですか。いませんケド」
「じゃあそっくりさんに会ったことは?」
「ないです。意味の分からない質問ばかりしないでください」
さて、困った。
話してみたら何か情報が落ちてくるかと思えば、何も出てこない。
実はただの他人の空似で、魔王とは別人なのだろうか。
俺への興味を失ったハナズオウは、再びレドに話しかけている。
「いかがですか、レド様。お昼ご飯の件、考えてくれましたか?」
「嫌だって言ってんだろ」
「ええええっ。諦めませんよ。貴方が首を縦に振るまで私はここに居続けます」
「勘弁してくれよ」
レドは困り果てている。
この男、口調が強かったりするけれど、意外と人を振り払うのは苦手のようだ。
助けてやるか。
「なあおい、あんまり無理矢理に誘うもんじゃないぜ。昼飯だって、一人で食べたいやつもいる。そう何度も言われたら迷惑だろう。相手の事情も考えろ」
なぜかこの場に一瞬の沈黙があった。
「へえ、あんたにもそんな感性があったのね。私の時に思い出してほしかったわ」
マリーが楽しそうに笑っている。
そうでしたね。この子は少し前の俺ですね。
まあそれはまた事情が異なるという事で、置いておいて。
「レドは俺たちと飯を食うんだ。帰れ」
「嫌です。貴方と一緒にご飯を食べると、レド様の品性が下がってしまいます」
「なんだと。俺の品性が低いというのか」
「ええ。顔面に現れています」
こいつ。
言ってはいけないことがあるだろう。
「まあしかし、もう少しで授業が始まってしまいますわ。この辺でお開きといたしましょう?」
シレネが両手を合わせて、にっこりと笑った。
ハナズオウの勢いも弱まる。「でも……」
「こうしましょう。私たちは普段、一緒にお昼ご飯を食べています。貴方も私たちと一緒に食べませんか? もちろん、レドさんも一緒にいますよ」
「いいんですか?」
「ええ。大勢で食べるご飯が一番おいしいですからね」
シレネが笑いかけると、ハナズオウもつられて笑う。
レドと俺が苦い顔をするが、シレネは俺たちにも笑顔を向けた。
「これで色々と話せるでしょう? どちらも得をしただけですわ」
流石シレネさん。
このコミュニケーション能力不足の俺ではできないことをやってのける。
結局適材適所ってわけだ。
俺の適所がどこかはわからないけれど。
◇
食事中、ハナズオウはレドの方を向くばかりだった。
げんなりしているレドの口に食事を詰め込んで幸せそうに笑っている。
これが魔王の姿か?
食事の後。
俺はシレネとマリーを呼んで、空いていた会議室に入って情報をまとめることにした。
「おまえたちから見て、この一週間どうだった? ハナズオウは魔王足り得るか?」
俺が尋ねると、シレネとマリーは顔を見合わせる。
「どうでしょうか」
「そういうものだと言われればそういうものだと思うけれどね」
答えは判然としない。
まあそりゃそうか。会ったこともない人かどうかを判断するなんて、できるわけもない。
「ただ一つあるとすれば、リンク様から聞く魔王像とはかけ離れていると思いますわ」
「どういうところが?」
「知性、ですわ」
にべもない。
「何度か思考を計るような問いかけをしてみたのですが、まったくの的外れ。理論的な思考はあまりなさそうです。リンク様の知る魔王が激情型ならそうかもしれませんが、違いますよね?」
「ああ、どっちかというと知性のある目をしていた、と思う」
俺だって数分話しただけだし、断定はしかねる。
ただ、人間は意外と無意識でも相手を判断している。なんとなく、という感触は意外と外れていないものだ。
なんとなく、あいつは根本的に魔王ではないと思える。
「ここ一週間もレドにくっついているだけだったしね」
「なんでレドにあそこまで執着してるんだ?」
「一目ぼれって言ってたわね。まあ、学園に来ていきなり殺害予告を受けて、それから守ってくれる男が現れたら、そうなっても仕方がないのかもしれないけど。それにしたって一直線に動き過ぎよ」
それすら俺たちを監視するための魔王のムーブ。
考えすぎか。
「どちらにしたってあんたが蒔いた種なんだから、少しは助けてあげなさいよ。訓練中に現れた時は流石に怒ったらしいけど、レドは大分疲労してるわよ」
「申し訳ないことしたな……」
「あんたが復帰するまで待ってたけど、どうする? どうしてもというなら、ティアクラウンを使ってもいいんじゃないの?」
霊装、ティアクラウン。
能力は、絶対遵守。
言われた当人にできることであれば、なんでも強制させる。
「使うべきだな」
嘘をつくなという命令をして、おまえは魔王かと尋ねる。
ティアクラウンはむやみやたらに使うべきじゃない。使えば使うだけ”軽くなる”。ティアクラウンの存在を皆が慣れてしまい、王としての力は求心力を失っていく。
だが、今は使わなければいけない状況だ。
「俺が使う。マリーは使うな」
「はいはい。私のは”王の力”だものね」
マリーは肩を竦めて、
「つい最近、誰かさんに使わされたけれど」
「……それはそれで、マリーが王の霊装を持ってるってことを周りに再認識されられたからいいだろう」
「物は言い様ね」
マリーは快活に笑って「了解」と指でマークを作った。
「そういえばティアクラウン、戻ったんですのね」
シレネがジト目で見つめてくる。
一時期使用できなったこの霊装は、いつの間にか再び扱えるようになっている。
「そういうことよ」
「そういうことですか」
にこにこと笑いあう二人。
俺は深くは突っ込まなかった。
教室に戻ると、レドにまとわりつく形でハナズオウはそこにいた。
クラスでもレドはそこそこ人気だったから、周囲の女子生徒の視線が強い。けれど気にしていないのは、ハナズオウのメンタルの賜物か、それとも、ただ気が付いていないだけの鈍感か。
彼女をレドと共に人気の少ない空き教室に連れ出して、霊装ティアクラウンを発現させる。
「”嘘をつくな”」
ハナズオウは肩をびくりと震わせて、レドの腕をとった。
俺の真剣さに先日を思い出したのか、顔が強張っていく。
「おまえは、魔王か」
ハナズオウは息を吸う。
そして、答えた。
「いいえ。私は魔王ではありません」
それは嘘ではなかった。
「魔物を従える力を持っているか」
「持っていません」
「おまえは俺と会ったことがあるか」
「学園で初めて会いました」
「おまえは人を過去に戻す力を持っているか」
「持っていません」
「四人目、という言葉に聞き覚えはあるか」
「ありません」
「姉妹はいるか。歳の近い従妹は、叔母は?」
「いません。一人っ子で、従妹も叔母も歳が十以上は離れています」
「レドへの好意は本物か」
「……はい」
顔を赤らめる。
……。
頭が痛くなってきた。
じゃあこの子はなんだ。本当に他人の空似、それだけなのか。
いや、そんなはずは。
「……もういいでしょうか」
向けられるのは呆れの視線。
他人からすれば俺はただ、ありもしない幻影を追っているだけの道化。
間違ってはいない、間違ってはいないのだが……。
ハナズオウはレドを引きずって行ってしまった。
「……魔王ってなんだよ」
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