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46.








「な、な、何ですか、貴方は」


 マーガレットの顔は真っ青になっている。

 何回も人生をやり直している割には言動がおぼつかない。あるいは、何回もやり直しているから予想外に弱いのだろうか。


「そ、そんな力を持って、私を殺そうと言うんですか。今まで一体どこに隠れていたんですか」

「隠れていたつもりもないし、殺すつもりもない」

「じゃあ、何が望みなんですか」

「ずっと言ってるんだけどな。俺たちに協力して、魔王討伐に力を貸せ。その一歩目として、マリーが女王になる邪魔をするな」

「……」


 マーガレットの眉間に深いしわが寄った。

 何を考えているかはよくわかる。

 その場合の自分の身の安全だろう。


「具体的には、あんたの名前と教会を借りたい。あんたはただ、魔王の復活が迫っていると予言を出せばいい。魔王の討伐に人類が一つになって頑張りましょうと扇動してくれ」

「……むぐ」

「わかった。あんたは前線に出なくていい。ただ、予言をうまく使って皆の危機感を煽ってくれ。それだけしてくれるのなら、王都でこもってくれていても構わない」


 正直、霊装使いの集団である守護騎士団の力は借りたい。

 しかし、ここは関係を良好なものにした方が利がありそうだ。


「それでは”時”が来るまで私が死なないとは限らないです」

「時ってのはなんだ?」

「わかりません。私たちは自分が死ぬか、ある一定の時になると、過去に戻されるんです。貴方もすぐにわかりますよ」

「じゃあその時が来るまで生きていればいいんだな? こう言えばいいか? 国民を煽ることで、大規模な討伐隊を結成する。それが肉壁となって、王都の侵攻を遅らせる。あんたはゆったりとその時が来るのを待っていればいい」

「……」


 熟考。

 考える余地はあるというわけだ。

 考える土俵に立たせたのは、俺の力が無視できるものではないとわかったから。


「悩むのか?」

「俺たちがいるからな」


 カストールが一歩前に進んだ。

 弓矢の霊装を持つ者は矢をつがえ、大剣持ちは起き上がって俺に殺気を向けている。

 側近の女性二人も剣呑な視線を送ってきているし、逼迫した状況だ。


「おまえは強いな。一対一じゃあ厳しそうだ。だが、マーガレット様はそれすら予測し、俺たちを集めた。五体一なら負けはない」

「さてそれはどうだろう」


 俺は両手を広げた。

 守護騎士団の足が止まる。


「わかるよ。未知ってのは怖いよな。俺が次に何をしようとするか、他にどんな霊装を持っているか、わからないだろう。でも、俺はおまえたちが何をしようとするかわかってる。この時点でこれは平等な勝負じゃないんだ」

「世迷い事を」

「試してみるか?」


 俺の言葉に誘われるように、一歩。

 守護騎士団の面々が足を踏み出す。

 全員、俺に殺気と敵意を向けて、俺に向けて足を踏み出した。


 それは逆説的に、”マーガレットから意識を背けた”ということ。

 後ろよりも前を向いたということ。

 一対五だと勘違いした時点で、勝敗は決まったのだ。


 睨み合い、にっちもさっちもいかない状況。そうなれば、最後の一押しはどうしようもない状況に与えてもらえばいい。


「決めた?」


 アイビーの声。

 マーガレットの背後から。

 二人の護衛は肩を揺らして突然現れたアイビーを見つめる。振り返って見つめる。

 先ほど俺が投げつけて弾かれたフォールアウトは、アイビーの霊装。その能力を使用して現れたアイビーは、すでにナイフをマーガレットの首筋に当てていた。


「な、」絶句する守護騎士団。

「……」真っ青になって両手を挙げるマーガレット。


「な、勝負じゃないだろ」

「……卑怯者め」


 どっちがだよ。


「五体一が卑怯じゃないなら、不意打ちも卑怯じゃない。大将を守り切れなかったおまえたちの落ち度だ。俺に向かって踏み込む最後の一歩さえ我慢できれば、こうはならなかった」

「……貴様」


 護衛のうち、刀の霊装を有した女性の顔が真っ赤に染まる。

 駄目だよ、自分の職務には忠実じゃなくちゃ。他のやつらと一緒に俺に手を出そうと考えてしまったのが運の尽きだ。


「騎士の差がでたわね」


 鼻を鳴らすマリーは得意げだ。「主人を守ることが騎士の本分ではなくって?」

 可愛らしい煽りに、全員が柳眉を逆立てる。


「で?」会話が一区切りした頃、アイビーが口を開いた。

「ねえ、聞いてるんだけど。決めたの?」

「マーガレット様から離れろ!」


 カストールが霊装の力で飛ぼうとするのを、アイビーが目で制した。


「動いたら殺す」


 ナイフは簡単にマーガレットの首に傷をつけた。血が一筋、彼女の白い首元を伝っていく。


「この女以外が口を開いても殺す。身じろぎしても殺す。考えても殺す」

「おま」カストールが口を開いた時、ザクリ、と。マーガレットの首にナイフが突き刺さった。刀身の一部が彼女の中に入る。動脈は外しているようだが、先ほどよりも多くの血が流れていく。

「私は本気だよ。カストールは私がこの女に殺気を流していたの、わかってるでしょ。別にいなくてもいいんだよ、これは。これがいなければ、私たちを邪魔する人間が減るだけだもの」

「ひぃ……」


 マーガレットからは悲鳴に似た嗚咽が漏れる。


「ねえ、マーガレット。決めた?」

「わ、わ、私は聖女です。私がいないと、魔王討伐の号令が出せませんよ……」

「さっき言ったよね。”今の貴方”は邪魔なの。邪魔をする貴方はいらない。はっきり言うと、貴方の予言に頼らなくてもどうとでもなるの。私たちには四聖剣のシレネがいる。名声はすでにあるのよ。後はリンクの知っている過去の情報をシレネが伝播させて、新しい聖女を作り直せばいいだけ。聖女は貴方じゃなくても問題じゃない」


 ぞっとするくらい低い声だった。

 耳元で声を聴いているマーガレットに同情する。


「で、で、でも……」

「まだごねるの? 貴方、自分の命の価値がわかっていないの? 聖女という誰でも座れる椅子にふんぞり返ってる貴方の価値なんて、貴方が思ってるよりも大分下にあるんだよ。最後の問いかけよ。

 決めた?」


 ぐり、とナイフが更に押し付けられる。「ひいっ」とマーガレットは悲鳴を上げる。涙目になりながら、何度も首を縦に振った。


「決めた! き、決めました!」

「何を?」

「貴方たちに協力することです!」

「何をどう協力するの?」

「え、それは、魔王討伐に協力する、って」

「具体的に。リンクの言ったこと、覚えてる?」

「よ、予言を流します。魔王が攻めてくるって、伝えます。魔物の大軍に備えろと訴えます。えと、王子の言う事には従いません。マリー様を女王にするお手伝いをします」

「それだけ?」

「ひ、……ほかに何か?」

「リンク。これでいい?」


 アイビーは笑顔になって俺に振り返る。

 ギャップが恐ろしいな。


「それでいいよ。十分だ」

「はーい」


 アイビーはマーガレットからナイフを引き抜いた。

 マーガレットは真っ青なまま、首から流れ出す血を止めようと手を当てた。護衛の二人が動き出して、彼女の手当てをしだす。


 その時、部屋の扉が開いて、シレネとレドが部屋に入ってきた。

 混沌とする部屋の状況を見て、眼を白黒させる。


「片付いたわよ」とマリー。

「……アイさんがこれを?」

「私の騎士が平行に持っていった流れを、そこの女の子が終わらせたわ」


 アイビーはゆっくりと俺に近づいてくる。

 にっこにこと場違いな笑顔で。


「良かったね! これで魔王討伐に向けて、しっかりと舵が切れるね」

「ああ、そうだな」


 女って怖い。

 アイビーのおかげだが、普段の軽やかな彼女からは想像できない身の振り方だった。

 いや、彼女の本質は手段を問わないことだ。それを体現しただけ。


「ありがとう、予想以上にうまく終わったよ」

「ふふ。これは貸しだね」

「なんだよ、戦闘はなしかよ」


 レドが大きくため息を吐いた。


「してもいいんだぞ」

「やらねえよ。もう終わった話じゃねえか」


 守護騎士団の面々は納得いかないという顔つきだけどな。

 そりゃそうだ。ほとんど闇討ちのような形で勝利をもぎ取ったのだから。

 でも何も言わないのは、俺が一対三、それもマリーを守りながらの戦闘で拮抗したからだ。シレネもレドも追加されたこの場で行動を起こすなんて、愚の骨頂。マーガレットを守れなかった時点で、騎士団は意味を成していないのだから。


 俺たちの勝利。

 遺恨を残して、ってのは少し厄介だけど。

 マーガレットの望みは聞いてるし、問題はないと思う。


 俺は視界の端にマーガレットを捉えた。

 青い顔で浅い息を繰り返しながら、マリーのことを見つめている。憤怒の形相で、見つめて見つめて――


「マーガレット」


 アイビーが低い声を出した。


「ひ」

「それをしたら、最も凄惨な方法で殺してやるから」

「……なんで、」

「理由が必要かな。とにかく、私は忠告したからね」


 マーガレットはいよいよ情けない顔になって、その場にうつ伏せに倒れこんだ。


「マーガレットは何をしようとしたんだ?」

「さあ。知らない」

「じゃあなんで止めたんだよ」

「リンクも見たでしょ。あいつ、まだ反骨精神持ってたの。何をするかはわからないけど、何かをしようとはしてたんだよ」


 確かに、マーガレットの目はマリーに向けられていた。

 この場でマリーさえ殺せれば、とでも思っていたのだろうか。


 逆なのに。

 マリーを殺したら、にっちもさっちもいかなくなる。誰も何もできない、本当の殺し合いが始まるところだった。

 でも、マーガレットだったらやりそうだと少し怖くなった。


 鞭は与えた。次は飴をやらないとな。


「約束は守る。マーガレット、あんたは王都でゆっくりとしていてくれ。魔王は俺たちで殺す」

「……やれるものなら、やってください。私だって、魔王が死んでくれるのならそれ以上はありません」

「だったら……いや、」


 これ以上言うのはやめておこう。

 また不毛な会話が始まりそうだ。

 今は彼女の協力が得られたことを喜ぶだけだ。



 ◇



 王国全体に、予言は成された。


 今から遠くない未来、伝承にある魔王が魔物の大軍を引き連れてやってくる。

 それに対抗するべく、聖女マーガレットは聖女の力を受け継いだ。

 予言によると、最前線で指揮を執ったのは、マリー女王。彼女を王に据えて、討伐の軍を結成するべし。

 

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