前へ次へ  更新
42/175

42.











 ◇



 翌日。

 登校中にバツの悪い顔をしたレフと会った。

 いつもシレネとライと一緒にいるのに、今朝は一人。登校時間もいつもより遅い。理由はその顔色にあった。


「……おはようございます」


 小さい声。

 眉間には深い皺が寄っていて、顔色はどことなく青白い。

 昨日のことを思い出せば、それはそうだと納得もできる。


「二日酔いかよ。まあ、あれだけ飲めばな」

「あう。あまり大きな声を出さないでください」

「普通の声だよ。そんな調子なら今日くらいは休んでもよかったのに」

「いえ。学生の本分を怠るわけにはいきません。私たちはここで”学ばせてもらっている”立場なので」


 真面目だなあ。

 そこが彼女の良いところか。


「飲み過ぎたのも俺のせいだもんだもんな。昨日は悪かった。まさかあいつが妻帯者だとは思ってなかったんだ」

「いえ、謝らないでください。どちらかというと謝るのは、突っ走ってしまった私の方なので。それに、昨日あれだけ飲んだので、色々と忘れてしまいました。とりあえず、リンクさんには感謝しかありません」


 清々しい顔。

 鬱憤を吐き出せたのなら良かった。


「ところで、昨晩の件で一つ、聞きたいことがあるのですが」


 神妙な声。


「なんだ?」

「……全然覚えていないのですが、昨晩、ザクロ様、私のことを慰めてくれていました?」

「ん? ああ、まあ、素敵な子だって言ってた。おまえを背負って帰ったのもザクロだしな」


 俺は俺であの後本気でふらついていたマリーを背負う役目を担っていた。


「つまりそれは、脈ありということですかね」


 こいつ。

 爛々と輝く目は、次なる獲物を狙っての事。

 全言撤回。こいつは真面目じゃないわ。


「いいんじゃないか。あいつみたいな奥手は、あんたみたいな肉食系がよく似合う」

「に、肉食系じゃないです!」

「普通は出会ったすぐに交際を申し込んだりはしないんだ」


 俺が普通を語ることになるとはな。

 これが普通かもわからないけれど。


 何にせよ、元気になってくれたのなら良かった。一時期は真面目に心配してたんだ。

 気の合う仲間同士であれば、慰めの会ですら、良い気分転換になる。俺とレフの二人でいたら、どうなっていたかわからない。あいつらを連れてきて、結局は良かったということだ。

 持つべきものは友人か。


 教室に入って、レフはシレネの下へ。俺は自分の席へ。

 荷物を置くと、俺の元に駆け寄ってくる一番槍。シレネでもレドでもなく、鼻息荒くやってきたのは、赤色の髪の少女だった。


 レフと違って二日酔いの様子はない。

 そりゃあれだけ綺麗にぶちまければね。


「おはよう、リンク」

「ああ、おはよう、マリー。昨日は良く眠れたか?」

「ええ。おかげさまでね。色々と世話になったわね」


 マリーの頬に朱が帯びる。

 ゲロからキスからおんぶから、本当に色々とあったからな。


「もう飲み過ぎるなよ。おまえは酒癖が悪いんだから」

「な……! 昨日は悪酔いしただけよ」

「にしたって飲み方があるだろ。あれじゃやけ酒だ」

「うるさいわね……」

「でも、レフのためにすぐさま動いたのは好感が持てる。おまえの美点だよ」

「……」


 口元がもにゅもにゅと不明瞭に動いている。

 怒るべきか照れるべきか、脳が混乱しているのだろう。


「あんたは……」


 愉しそうにため息をついて。

 呆れたように微笑んで。

 マリーは大きく息を吐いた。


「リンク。私を膝の上に乗せなさい」


 急に何言ってんだ。


 堂々と宣うその姿は、まさしく女王であった。

 仁王立ちで俺の前に立つと、返事を待たずして椅子に座る俺の上に乗る。そして、満足そうな鼻息を漏らすのだった。


「おい、何のつもりだ」

「何って、好きな人に甘えているだけだけど。ああ、お互いに両想いなんだから、恋人よね。恋人に密着して、何か悪いことでもあるの?」


 挑むような上目遣い。

 魔の悪いことに、その声は小さいものではなく、周囲に聞かれてしまっていた。

 教室内に沸き起こるはどよめき。


「おいおい、マリー王女からの好き発言だぞ」「どういうことだ。そもそもあいつはシレネ様とそういう仲なんじゃないのか」「というかあいつなんだよ。どこの誰が王女と四聖剣を侍らせてるんだよ」「両思いってどういうこと? 不誠実だわ」


 男女構わず教室内全員が敵に回った。

 リンクという少年へのヘイトが爆上がり。


「……どういうつもりでしょう」


 いつも通り俺の元に来たシレネ。流石の彼女でも、若干の青筋が透けて見える状況。

 腹を据えたらしいマリーは、シレネの圧のある笑顔にも物おじしない。


「貴方の掲げる大恋愛時代に一役買おうと思ってね。素敵な演説に感化されたのよ。まさか、恋愛の自由を訴えた貴方が止めに入ったりはしないわよね」

「私とリンク様が恋仲なのは貴方も知っての通りでは?」

「学生生活の恋愛なんか、お遊び。将来への練習。貴方が言ったのよ。婚約をしてるわけでもないし、恋人がいる相手だからなんだと言うの」


 マリーが強い。

 シレネが言葉に窮している。

 マリーは理屈よりも感情が優先するだけで、決して馬鹿ではない。


「……まあ、いいでしょう」


 シレネが折れた。

 俺の隣に椅子を持ってくると、そこに座って腕をとる。


「私がリンク様の隣にいることに変わりはない。そうであれば他は些事ですわ」

「……ふうん。まあ、私も貴方と喧嘩をしたいわけじゃないのよ」

「では、そういうことで」


 どういうことだ。

 当人である俺がわかっていないぞ。


 二人の中では話は済んだのか、大人しくなる女傑二人。


 教室のざわめきは収まらない。

 マリーに被害が及ぶのは防いだが、今度は俺にナイフが飛んできそうだ。

 目立ちたくはないが、今更の話か。俺は大分動きすぎた。この動きが教会の琴線に触れないことだけを祈る。


「……相変わらず、楽しそうだな」


 外出に参加しなかった男が何か言っている。


「意外と外出も悪くなかったぞ。今度はおまえも来いよ」

「いらねえ。おまえがサボってる間に訓練しないと追いつけねえんだよ」


 まさか俺たちが惚れた腫れたのやり取りをしている間に、訓練に明け暮れていたというのか。

 相変わらずの戦闘狂。

 頼もしいと言えば頼もしい。


「悪いな。多分、力を借りることになる」

「アグネス教会か?」

「ああ。情報が揃い次第、挨拶しに行くぞ。多分、穏便なものにはならないと思う」


 あの脅迫状。

 果たして本当にアグネス教会から出てきたものなのか。

 どちらにせよ、会わないことには始まらない。

 

前へ次へ目次  更新