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 ◇



 いいですよ。

 いつでも構いません。

 是非行きましょう。


 そんな文言の書かれた手紙をいただいた。

 差出人はアステラ。騎士団の公用郵便に送って次の日のことだった。


 この速さは彼の有能さを褒め称えるべきか、別の意図を感じ取って少し怖くなるべきか。

 俺とアステラが懇意になるのは危険だ。アイビーの生存がどこかから漏れる可能性が出てくる。


 しかし、アステラという優秀な人物とパイプを繋ぐのは大きなメリットがあるし、俺は後手に回れる立場にはない。手札は多いに越したことはない。

 ということで、打算的にもここでアステラとの仲を深めるべきだ。


 表向きはレフが一目ぼれをしたということにする。何も間違ってはいないのだが、俺たちが出会うには理由が必要なのだ。

 やっぱり俺はレフとは異なった感性を持っている。

 人の恋路を理由に、自分の目的を果たそうとしている俺。レフに正直に伝えたなら、きっと落胆した顔をされる。

 でも、この世界で生きていくためには、それが必要なのだ。


 というわけで、レフを引き連れて指定したレストランまで向かう。着飾ったレフは緊張の面持ちだ。学園を出るために必要な書類を作る際も、手が震えていた。


 そんな彼女の横を歩く。

 そんな彼女の俺を挟んだ反対側には、四人の生徒。


「多くないか」


 シレネ、マリー、ライ、ザクロ。俺とレフを入れて総勢六人の大移動。


「だって面白そうですもの」

「だって面白そうじゃないの」

「だって面白そうだし」

「だって面白そう」

「同じ返しで横着するな」


 まあ、ついてくるのは別に問題ない。

 実際の会食の時には離れててもらうことにはなるだろうけど、息抜きがてら学園の外に出るのは間違ってない。


 だが、人物によっては問題でしかない。


「マリー。おまえも来たのか。今の自分の立場わかってるのか」

「わかってるわよ」

「わかってるなら、学園の外に出るってことがどういう意味なのか説明できるよな」

「夜の街を楽しむ?」

「違う。陸の孤島と化している学園から出るってことは、刺客に狙われるってことだ。つい最近に決着つけたばかりだろ」

「決着がついたのだからいいじゃない」

「学園内ではな。外にそんな理屈が通用するわけがない。むしろ嬉々として襲い掛かってくるぞ。プリムラたちが負けたことを知らないやつらだっている。むやみやたらに狙われたいのか」

「……何よ。怒ってるの?」


 怒っているか、だって?

 そりゃ怒ってるさ。


「こんなくだらないことで死んでなんかほしくないんだよ」

「じゃあ何、私は一生学園の中にいろと言うの? 籠の中で鳴いていろって?」


 マリーもマリーで柳眉を逆立てている。


「んなこと言ってないだろ。今は時期が悪いって言ってるんだ」

「じゃあいつならいいの? いつなら私は私らしく歩けるの?」

「駄々を捏ねるなよ」

「捏ねてない! 捏ねてるのはあんたでしょ!」


 よくも悪くもマリーは感情的だ。

 俺の様な理屈者とは相性が悪い。

 周りの注目も集まり始めている。これは本当に良くない。


「頼むから戻ってくれ。おまえのことを思って言ってるんだ」

「……命令よ。私を守りなさい」


 びし、と人差し指が付きつけられる。


「あんたは私の騎士。私の騎士になら、命令をしても問題は何もないわよね。貴方は私を守ると言ったのよ。私は今、外で遊びたいの。だったら私の遊びに付き合いつつも私を守るべきよね。そうでしょう?」


 頭が重い。

 このわがまま王女、どうして俺の言ってることを理解しないんだ。


「あんたにとってはくだらないで済むような話かもしれないけどね、私にとってはくだらなくなんかないの。……いいじゃない、少しくらい友達と遊んだって。それすら許されないような世界で、何を楽しめばいいのよ」


 拗ねたように口を尖らせるマリー。

 霊装を引き継いでからずっと一人で頑張ってきた王女様。


 今、彼女の周りには人がいる。一緒にいる人がいる。

 気持ちはわからなくもない。マリーにとっては今日が遊び記念日。


「いいではないですか、リンク様」


 助け舟を出したのはシレネだった。


「ここには私とザクロさん、四聖剣が二人もいますし、リンク様もいますわ。もしかしたら学園の中でお留守番をするよりも安全かもしれませんよ」 

「一番安全なのは、おまえたちも含めて学園の中にいてくれることなんだけどな」

「いいじゃないですの、少しくらい友達と遊んだって」


 マリーと同じ言葉を吐いて、しゅんとするシレネ。

 こっちのは演技が多分に含まれている。俺と同じ理屈者。


 ……まあ、シレネが言うのなら、なんとかなるか。


「わかった。でも、くれぐれも目立つことはするなよ」

「なんでシレネの言う事なら聞くのよ」

「シレネはしっかりと考えてるからな」

「私は何も考えてないっていうの?」

「そうは言ってない。言動に理由があるって話」

「私にだって理由があるわ。わからないわよ、あんたの言ってる話」

「今日はやけに突っかかってくるな」

「あんたがそんな態度だからでしょ。何よ、私のこと、好きなんじゃないの?」


 揺れる瞳は、そのまま彼女の中の感情を表している。

 俺の放った好意の行先がわからず困惑している。

 それが純粋なものなのか、打算に塗れたものなのか。信じていいものなのか、飲み込んでいいものなのか。


 人間らしい。

 だから俺は、人間らしくない言葉を吐く。


「好きだよ」

「最っ低」


 マリーは吐き捨てて、俯いてしまった。


 雰囲気が最悪になった。

 これから色恋の話をしにいくというのに、真っ黒な色恋の話になってしまった。

 レフに申し訳ないなと思っていたが、彼女は素知らぬ顔で歩き出した。


「そ、そ、それでは、いきましょうか」


 なかなかの胆力だ……いや違う。何も耳に入ってないだけだ。緊張で何も考えられていないだけだ。明後日の方向に歩き出している。


「おい、レフ、レストランはこっちだぞ」

「え、ああ、そうでしたね」


 ギシギシと音が鳴りそうな動きで方向転換。

 大丈夫かこれ。

 マリーとの話を聞いていなかったのは助かったけれど。


「じゃあ行くか」


 マリーとは目が合わなかった。

 相変わらず、霊装ティアクラウンは使えない。



 ◇



 俺とレフとでレストランの中に入ると、件の人物はすでに席に座っていた。本を片手に脚を組んで待つその姿は、周りの淑女の羨望の的になっていた。


 滅茶苦茶目立っている。

 あれに今から会いに行くのかよ。

 目立つとか言う話じゃねえ。


「あ、あ、あ、アステラ様! お、お久しぶりです」


 近づいていくと、レフが顔を真っ赤にして挨拶。

 その慌てぶりには、こっちまで恥ずかしくなってくる。


「はい、お久しぶりです、レフさん」

「え、名前、覚えててくれたんですか?」

「当然ですよ。素敵な方の名前はよく覚えています」

「はぁう」


 変な声を出してくらりとするレフ。

 それを支えつつ、俺もアステラの顔を見つめた。


「あまり変なことを言わないでくれるか? こっちは純情なんだ」

「私も純情ですが」


 歯を見せて笑われた。

 戯れもそこそこに、三人して席に着く。俺とレフが隣同士で、レフの正面にアステラが座る形。


 食事や飲み物が運ばれてくる。その間にレフとアステラは会話を弾ませていた。レフがところどころ空回っている感じがあるが、アステラが上手くフォローしていて、傍目には良い雰囲気に見えた。


 食事も進んでいって宴もたけなわといったところ、レフが化粧室に行くという事で席を立った。

 男二人が残る。


「素敵な子ですね。可愛らしいし、素直なところが好感が持てます」

「それは良かった」

「貴方の周りにあんな子がいるなんて。類は友を呼ぶというわけではないんですね」

「意外と凸凹してる方が仲良くなるパターンもある」

「はは。そうかもしれませんね。それで? 彼女を隠れ蓑にして、素直ではない貴方の本当の目的はなんですか?」


 アステラの目が鋭いものに変わる。

 俺が何の用もなく会いに来る人間ではないことは理解されている。


「まず一つ。相変わらず、あの子の殺しを依頼した依頼主の名前を言う気はないか?」

「それはないです。期待もしないでいただきたい。正直、リンク君のことは依頼主よりも好きです。言ってしまいたいのですが、それはそれ。守秘義務も守れない人間に次の仕事は来ないのです」

「了解。口が堅くて俺も安心したよ。あんたは俺のことも話さないでいてくれそうだ」

「危ない危ない。信用を失うところでした」


 貴方だけに教える、と言う人間がその通りにした試しはない。

 そういうやつは誰彼構わず尻尾を振るものだ。


「二つ目。こっちが本題。アグネス教会について、知ってることはないか?」

「アグネス教会? いえ、特には。なぜかお聞きしても?」

「どうもきな臭い」


 アステラには俺たちを巡る状況について、深く説明するつもりはない。

 信用はできる。しかし、その信用を上手く使う自信が俺にはない。アステラが俺たちのためにと動いた先で何が起こるかわからないからだ。


 状況のすべてを知る人物たち。

 アイビーは分別ができるし、レドはそもそも勝手に動くつもりはない。シレネは思慮深いし、マリーも口ほど行動は軽くない。

 アステラは俺のためにと勝手に動いてくれそうなのが、逆に危ない。森の一件でも、俺と接触してきたのは中々にリスキーだった。


「きな臭い……。ふむ」

「騎士団で何かを掴んでいないか?」

「何かと言われましても、範囲が広すぎますね。貴方の望む情報が何かわからないと」

「アグネス教会の守護騎士団。あれをどう思う?」

「ああ。それなら話題にはなりましたね。実際、騎士団も腕利きの霊装使いを一人、引き抜かれたんですよ。任務の途中で魔物に殺されそうになった際に聖女様に救われたらしく、それ以来彼女に付き従っています」

「なるほどな」


 それは俺でもできることだ。

 つまり、未来で何が起こるか予測がついている者の動きだ。

 目の前に転びそうな人がいるから、手を差し伸べる準備をする。


 俺と同じ。

 俺がしたことと同じ。

 では、何故俺と目指す先が違うのか。


「気になるなら調べますが?」

「安請け合いだぞ。そんな簡単に言っていいのか?」

「構いません。私の働きで救われる命があるのなら、それは素晴らしいことですから」


 聖人かよ。

 一緒にいるのが申し訳なくなるな。


「業務に差しさわりのない範囲で構わない。ポイントは聖女様、もしくは、聖女様に助言をしているやつがいるかどうかだ。教会の躍進を支えている人物が誰か知りたい」

「かしこまりました。人に頼られるのは嫌いではありません」


 ウインク一つ。

 きゅん。

 なんて、俺が女の子だったらそうなっていたんだろうな。


 そうこうしていると、レフが戻ってきた。


「あ、あの、アステラ様っ」


 鬼気迫る顔でアステラに顔を近づける。


「か、か、彼女さんはいらっしゃいますか?」

「え、彼女、ですか? えっと、定義次第ではいませんけど」

「それなら、想い人は?」

「……一応、いるにはいますね」


 ちらりとこちらに投げられる視線。

 何の意図の目だよ。


「そ、そうですか。あの、私ではその、貴方の想い人にはなれませんか?」


 ドストレートの告白。

 会って話して数時間。その間に覚悟を決めたというのか。

 この子すげえ。


「え、ええと……」


 余裕たっぷりだったアステラの顔が曇る。

 また俺の顔を見てくる。

 なんだよ。怖いからこっち見んなよ。

 困った顔のまま、



「私、妻がいるんですけど」



 時が止まった。


「つ、ツマ? えっと、つ、ツマという犬ですか?」

「いえ、れっきとした人間ですけれど」

「そ、そうですか……」


 がく、と肩を落とすレフ。

 アステラも真っ青な顔になっていた。

 俺もきっと真っ青な顔になっていたと思う。なぜかその可能性は考えていなかった。


「……てっきりこの話は、そういう体の隠れ蓑かと思っていました」


 アステラとしてはまさかレフが本気で想ってくれているとは思っていなかったのだろう。

 演技だと思っていた。


 俺は何も言えなかった。

 ただ、今夜は好きなだけ奢ってやろうと思った。


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