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39.








 ◇



 放課後、校舎の裏で待っています。

 この想い、伝えさせてください。

 そんな文言の手紙をもらった。


 朝、自分の席につくと、机の中に入っていた。差出人は不明。しかし几帳面そうな綺麗な字は、大体の人物像を想像させる。

 きっと可愛らしい女性だ。


「なんだよこれ……」


 俺はため息を吐いた。

 深く深く。


 俺の学園での立ち位置は、ぱっとしない下級市民。身分もなければ誇れる顔もない。使う霊装は白い布切れ。何の奇跡かシレネとの恋人関係を続けていること以外は、特筆しようのない人間だ。

 教室内では決まった人物以外とは言葉を交わすことはない。女子生徒はシレネ、マリー、加えてライとレフくらいだ。他の生徒は俺のことを宙に舞う埃と同じと思っているかもしれない。


 それで?

 そんな俺にラブレター?

 どんな奇特なやつなんだ。そいつは。頭のねじの外れたおかしいやつだ。

 俺にはそんな馬鹿に付き合う時間はないというのに。

 やれやれ。


「あら。リンク様。どうかしましたか?」

「なにが?」

「口角が一ミリ持ち上がりましたわ。何か面白いことでもあったのですか?」


 シレネに顔を覗かれる。

 まあ、一番奇特なやつはこいつなんだが。俺の口角が一ミリ上がることがわかるくらいに俺の顔を見ているのは、彼女しかいない。


「別になんでもない。ほら、授業が始まるぞ」

「そうですか。それならいいのですが」


 自分の席に戻っていく彼女を見送った。


 放課後、俺はいつものようにシレネとレド、マリーに絡まれる、その前に席を立った。

 その速度は光速に似ていて、誰も俺を視認することはできなかっただろう。


 向かう先は校舎裏。

 到着すると、そこには誰もいなかった。

 まあ、教室の中、誰よりも早く飛び出したからな。当然か。


 しばし待つ。

 無言で待つ。


「ま、待ってくださいよお」


 しばらくして姿を見せたのは、レフだった。


「速いです。あまりに速すぎますよ。別にそこまで急がなくてもいいのに」

「ん? どうした? 俺に何か用か?」

「え? ええ。手紙、見ましたよね」


 なんということだ。

 レフが手紙の差出人だったのか。


 つまり、レフは俺に気があるということか。そんなそぶりは見せなかったが、逆に見せないようにしていたということになる。見事だ、なかなかにいじらしいじゃないか。

 シレネといつも一緒にいるという立場でこの行動。彼女は普通だと思っていたが、横恋慕に憧れる性癖も持ち合わせていたのか。


「見たぞ。だから俺はここに立っている」

「そうですか。良かったです。いきなりのお話でびっくりさせちゃったかと思ってました。まあ、私は結構わかりやすいので、バレちゃってるとは思うんですけれど」

「いや、わからなかった。誇ってもいいと思うぞ」


 まったくわからなかった。

 色恋のセンサーは霊装柄、鈍感ではないと思っていたんだけど。

 レフは恋愛が好きだし、てっきり面食いかと思っていた。俺でもいいのであれば、それなりにストライクゾーンの広い子だなと感嘆できる。


「そうですか。それで、その、脈はありそうですか?」

「……」


 さて、何と答えるか。

 俺はシレネと恋人関係になっているし、レフにはアイビーとの逢瀬も見られている。果てはマリーに突っつかれている場面にも出くわしている。

 イエスもノーも、波乱を呼びそうだ。


「少し考えさせてくれ。これは難しい問題だ」

「え。そうなんですか? もしかして、すでに思い人がいるんですか?」


 おまえも知ってるだろ。


「……そうだな」

「結婚されている、とかではないですよね?」

「結婚はしていない。相手からはそう促されてるけど」

「ガーン……。そ、それはどのくらいの進捗なんでしょう?」

「本人同士の話だからな。何とも言えない」

「……そうですか。では、最後にお話の場だけでも設けられないでしょうか。このまま何も話さずにお別れというのは、少し寂しいです」

「は? 今話してるだろ。もっとちゃんとした場所で、ってことか?」

「はい? 今話してるのはリンク君ですよね? アステラ様ではないですよね?」

「なんでアステラの名前が出てくるんだ?」

「?」

「??」


 二人して首を傾げ合う。


「なんで、って、私がアステラ様を好きなので」

「そうなの?」

「そうでしょう? そうじゃなければ、今まで何の話をしていたんですか?」


 なんだこれ。

 やっぱり面食いかよ。

 手紙に主語を書けよ主語を。

 これじゃあただ俺が謎の手紙に舞い上がって勝手に勘違いした、まさしく道化じゃないか。普段から嘯いているが、こういった意味のピエロにはなりたいわけじゃない。


 それに、色々と波紋を広げるようなことも言ってしまった。

 口だけは一級品という自負のある俺。なんとかリカバリーに励むのだ。


「そういえばそうだったな。えっとアステラは……」

「もしかして、私がリンク君を好きだと思ったんですか?」

「アステラは、」

「私が告白したら、リンク君は考えるんですか?」

「アステラは、えーっと」

「シレネ様という素敵な人がいるのに?」

「アステラは、その、イケメンだな」

「女の敵」


 ジト目で見られるという結末。

 いや、俺はレフをいかに傷つけないように断ろうかと……。

 まあ、いいか。

 どうせ俺はそういう人間だし。今更今更。


「それで? アステラのことが知りたいのか?」

「切り替え早! シレネ様の傍付きとして、今回の浮つきは聞き逃せませんよ」

「おまえの手紙のせいだろ。主語を書け主語を」

「あ、ああ……。抜けてましたか? ごめんなさい、緊張してしまって。でも今まで、私がリンク君のことを想ってるって、勘違いさせるようなこともなかったでしょう?」

「それは確かに」

「じゃあやっぱりリンク君が悪いのでは?」


 まさかの論破である。

 敗北である。


「参りました」

「こんな人がシレネ様の思い人なんて……」

「シレネもこんな俺のことは知ってるから大丈夫だ」

「本当に大丈夫なんですか?」

「間違いないな」


 レフから見たシレネがどう見えているのかは知らないけど、間違いないと太鼓判を押せる。

 あいつは十分に変態だ。


「それに、黙っててくれたらアステラのことを色々と教えてやろう」

「……」


 ここで悩むレフもレフだよなあ。

 最終的には口を堅く閉ざしたし。

 現金なものだ。


 とは言ったものの、俺はアステラのことをほとんど何も知らないのだ。


「アステラは仕事大好きな人間だな」

「ええ。熱い瞳で仕事への熱意を語っていて、それがまたカッコよかったです」

「子供想いなところもある」

「素敵ですね」

「それくらいか」

「え、それだけですか。どういった家柄なのか、何を嗜むのか、ご存じないのですか? あんなに仲良さそうだったのに」

「まあ、色々あるんだよ」


 アステラとは二回会っただけの仲だ。俺たちの故郷でアイビーを巡って戦いあった時と、魔物の森での訓練の時。

 元からそこまで仲良くないのに、あっちが馴れ馴れしいから、こんな誤解を生んでしまったじゃないか。

 じゃあ悪いのはアステラだな。うん。


「……じゃあ、別に食事に誘えるわけじゃないんですね」


 明らかな落胆。

 期待から絶望へ。そこまで綺麗に肩を落とされると、俺でも考えるところはある。

 一応、俺としても彼に確認しておきたいことがあるし。


「わかった。アステラに聞いてみるよ」

「本当ですか!?」

「ま、まあ、会えるかどうかはわからないけどな。あっちも訓練とかで忙しいだろうし」

「それでも構いません。よろしくお願いいたします!」


 喜色満面の顔。

 碌に話したこともない相手に、どうしてそこまで必死になれるのか。


「一つだけ聞いてもいいか。なんでそこまで会いたいんだ?」

「好きだからですけど」

「なんで好きになったんだ? あんたがアステラと会ったのは、一回きりだろ。それであいつを好きになる要素を見つけられたのか?」

「うーん、と、言葉にするのは難しいですケド、好きなんです。とにかく、好きなんです」


 目をキラキラと輝かせるが、俺にはその根底にある気持ちがわからない。


 好き。

 たった一言に込められた思い。

 たった一度会うくらいで言えるなんて軽い気持ちだ。逆に、たった一回で言えるのだから重い心持なのだろうか。


「そういうものか」

「そういうものです。じゃあ、リンク君はどうしてシレネ様とお付き合いしているのですか?」

「傍にいてほしいからだ」


 それ以外にない。

 間髪入れずに応えると、レフの目が丸くなった。


「あ、えっと、ごめんなさい」

「なんで謝る」

「リンク君、シレネ様のこと、そこまで好きじゃないんだと思っていたんで。そんな真っすぐに一緒にいたいって言えるのなら、相当好きなんだな、って。ごめんなさい。私、シレネ様にリンク君は似合わないと思ってました」

「はっきりと言うんだな」

「いえ、前の話です。今は、お似合いだと思っています。リンク君と一緒にいる時のシレネ様、とっても楽しそうです。だから、他の人に色目を遣ったりはしないで、シレネ様を一番に愛してくださいね」


 耳が痛い。

 レフと話していると、心に来るものがある。

 彼女が所謂、”普通の感性”を有しているからだろう。

 俺の感覚が異常なのがよくわかったよ。


 アステラとの出会いの場をつなぐのは、教えてくれたお礼ということにしよう。


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