38.
◇
「それでは、未来対策本部での会議を始めたいと思います!」
その声に反応して、まばらな拍手。
五人が集まった俺の部屋。男子二人、女子三人。
もうすでに男子寮どうこうという会話も存在せず、女子が俺の部屋に出入りしていることがいつも通りの光景となって久しい。文句を言われることもないからいいけど、シレネが男子寮の寮長に何を言ったのかだけが気になる今日この頃。
この会議の名付け親であるアイビーは笑顔で進行を続ける。
「さあ、魔王討伐のため、人間の未来のため、皆の進捗を発表し合おう!」
しかして、声を張り上げるのは当人のみ。
残りの四人はばつの悪そうな顔で沈黙するばかり。
学園内では大きな変化はないという結論になった。というか、俺が動きすぎたために変更点がすでにわからなくなっているのだ。
「うわ、反応悪……。皆の方は芳しくなかったようだけど、私はしっかり情報収集をしてきたよ」
「流石だな。でも、危ないところは行ってないよな?」
「行ってない行ってない。いつも通り、バイト先のお客さんとの世間話だよ。でもね、そういった場所でこそ情報ってのは集まるの。人の口が情報を伝えていくんだから」
どことなく得意げなアイビー。
「何か仕入れたのか?」
「うん。多分、決定的なやつ」
アイビーが自信を持って言うってことは、よほどのことなのだろう。
「前、一緒に王都をデートしたときのことを覚えてる?」
今ここで言う事ではない。
シレネもマリーも聞いてないって顔してるし。
あからさまに笑顔が濃くなる子と、むすっとする子。
両極端な反応だけど、根元の感情は一緒。
素直でいいね。
胃が痛い。
「まあ、な。アグネス協会の聖女様を見に行ったな」
「ね。お昼ごはん一緒に食べて、街を見回って、服とか買って。リンクの同級生にも見つかっちゃったね。あの時、恋人ってのもばれちゃったし、色々と大変だったねえ」
くそ、アイビーのやつ、わかってて言ってるな。
はにかむ笑顔の裏にしっかりと計算と牽制が混じっている。
「そうだな。で、それがどうしたんだ? 聖女様に関係する話なのか?」
これ以上他の女の子を煽らないでくれ。
脱線しかけた話を元に戻すよう諭す。
アイビーはにっこりと笑って、
「聖女様、クロだよ」
その場の空気が引き締まった。
「……どういう意味で?」
「まず、あの手紙の件ね。リンク以外にも未来を知ってる人がいるって話。リンクの言っていた未来と、アグネス教会の現在が、明確に異なってるんだよ。リンクは協会が悪事に手を染めて破綻するって言ってたよね。すでにその兆候が出ている、とも。今現在、その兆候は出てないんだよ」
未来を知っている人間。
俺と同じ人間。
普通の人間と彼らを見分ける方法は、単純明快。
”前回と同じ行動をしているかどうか”だ。
未来を知らない人は、まったく同じ考えを、同じ行動をとる。当然だ。その行動で自分に何が起こるかわかっていないんだから。
だが、自分が破綻する未来を知っていれば? 破滅したいのでなければ、今度は破綻しないように動くだろう。
「確かなのか?」
「間違いなし。警備も管理もがっちがち。あれ、わかっててやってるね。どこがウィークポイントかわかってる動き。加えて、聖女様を護衛する守護騎士団っていうのが発足したんだけど、リンクは知ってる?」
「知らないな」
「総勢五人の精鋭たち。全員霊装使いで、聖女様に命を救われたっていう経緯があって、忠誠度も高めらしいよ」
前回の世界でそんな話は聞いたことがない。
「そうなると、一人目から三人目の誰かがはアグネス教会に潜んでいそうだな」
あるいは、五人目、六人目の可能性もあるのか?
どういう尺度で俺のような人間が発生しているのかもわからない。
不明瞭は面倒だな。
今までは俺が自分で使ってきた靄が、今は敵となって敵の姿を覆い隠す。
「しかも、アグネス教会は王子たちと懇意らしいよ。このタイミングで忠告してきたのも、王子からの依頼があると考えたら納得もいくね」
「真っ黒じゃねえか」とレド。
いずれも少し調べればわかること。アイビーが優秀だからこんなにも早く露見したが、いずれは誰の目にも明らかになることだ。
あっちは隠すつもりもないということか。
俺たちも隠すつもりはなかったけれど。
「聖女様は自分の霊装で予言してるっていうけど、リンクと同じ知識を持ってるなら、霊装がなくったって未来はわかるよね」
確かにそうだ。
以前、アイビーが俺にも聖女ができると言ったが、その通りだ。
同じ立場の人間。
会話して状況を確認し合い協力できれば、これ以上に頼りになる相手はない。戦力も固めているみたいだし。
「どうしますの? 接触安定だとは思いますけれど。協力し合って魔王を倒した方がいいと思います。
まあ、同じ思想を持っていれば、ですが」
同じ思想を持っていれば。
シレネの言葉の歯切れが悪いのは、俺と同じことを思っているからだろう。
「なんで直接接触してこない? 脅迫じみた手紙を送ってくるだけなんだ? 俺の存在はもうわかってるはずなのに」
「王子様側につくのも、王子様たちを立てた方が世界救済に近づくから、ということならわかります。しかし、脅す理由にはなりませんわ。こっちの方がいいよ、と言ってくれればいいのに。話し合って決めればいいのに、あちらさんはすでにこちらに敵対するスタンスを決めてしまっている」
俺の動きを見て、思想が違うと思っている。
俺の今までの動きで判断できる材料があったのか?
シレネの暴走を止めたこと。マリーを死から救ったこと。その他もろもろ。
「……俺の動きは傍から見たらよろしくないのか?」
「そこはなんとも言えませんわね。私の時はともかく、今回の一件では、王子様の方が王冠をうまく使える、混乱なく国を治められる、と考えるのであれば、相手方を強く否定はできませんもの」
「何よ。私のせいってこと?」
ツンとするマリー。
「そういうわけじゃない。俺たちはマリーを王女に据えようとしている。霊装はマリーを選んだんだ。こちらは間違ってない。けど、庶民から生まれた王は間違いなく混乱を起こす」
「……順当ではないもの、それはそうでしょうね」
「良い点は、これまでの王政を撤廃できること。今迄見向きもされなかった事業に力を入れたり、下町の改善も見込める。現状に不満を持っている国民はついてきてくれるだろうな」
「悪い点は同じく、今までの流れを変えることでしょう。川の流れをせき止めて、無理矢理別に引き込もうとする。当然、色んな問題は出るでしょう。そこに力を注ぐのではなく、魔王討伐に全力を注ぎたいというのなら、王子様のままでいてほしいというのはわかりますわ」
まあ、王子様の体制だと魔王討伐に力は注がれなかったから、マリーを推挙しているわけだが。
そこも前回の世界を体験しているのなら、わかりそうなものだけれど。
シレネは「うーん」と唸った後に、肩を竦めた。
「とにかく、話さないことにはあちらの考えは読めませんわね」
「そうだな。虎穴に入らずんば虎子を得ず。このまま手をこまねいていても仕方がない」
あちら側を引き込むことができれば、戦力は倍以上になる。
聖女と認められ始めている彼女の言葉であれば、それは人々に浸透していくだろう。
「じゃあ、まずはそいつらと会うってことか。戦闘になるかな」
レド、ウキウキするなよ。
「気を付けた方がいいと思うよ」
今後の方針が決まりかけた時、アイビーが釘を刺した。
「私はあの人、好きじゃない。多分、リンクが思ってるような良いことにはならないと思う」
「何か他に情報があるのか?」
「明確なものはないけど。勘、かな。ああいう人は、自己保身にしか走らない。リンクは色んな可能性を考えているけど、物事は意外と単純だよ。単純に、”魔王を倒すつもりがない”。こう考えれば、すべてのつじつまが合うでしょ。リンクと真逆な考えだから、接触もしないし脅迫状も出してくる。あっちにとって、魔王を討伐することは都合が悪いんじゃない?」
「なんで? 世界が滅ぼされるんだぞ。人も大勢死ぬ。聖女様だって例外じゃない」
「そこらへんは知らないよ。聖女様の考えることなんかわからないし。もしかしたら案外、彼女が魔王なのかもしれないし」
口を尖らせて、珍しく不機嫌を隠そうともしない。
そもそも、アイビーは聖女を尾行したときも、彼女に対して否定的だった。
アイビーは理由なしにそんなことは言わないだろう。それとも、本当に本能的に嫌いなのだろうか。本人が語らない以上、判別しようもないが。
「……アイの言い分もわかった。けど、方針は変わらないな。警戒はするけれど、聖女と会う。話し合って互いの目標を確認し合う。そうしないと先に進めない」
「では、しっかりと準備をしていきましょう。私がアロンダイト家の名義で教会に連絡をいたしますわ。四聖剣の立場から話を持っていけば、無下にはならないでしょう」
そこはシレネに任せよう。
後は返事待ち。
そして、向かうは俺たち全員。
留守中をどうにかされても困るしな。