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 ◇



 プリムラたちは大人しくなった。

 俺たちを睨むこともなければ、突っかかってくることもない。彼らにも矜持はあるということだろう。俺が王冠の霊装を有していると思ってるから、迂闊に行動できないはず。


 だが、俺たちが大人しくさせたのは、あくまでプリムラたちのみ。学園内の反乱分子のみ。外でぐだぐだ言っている自己保身の塊たちに、中の人間で話をつけました、という一言で納得してもらえるはずもない。


 それゆえの脅迫状めいた手紙。

 今回の結果を受けて、誰かが先走って俺に直接コンタクトをとってきた。

 このタイミングで送られるということは、今まで静観していた人物。

 候補すら浮かばなかったので、やりそうな人物を知っていそうな人物に声をかけた。


「知らない」


 こちらに寝返ったばかりのクロクサに、心当たりのある人物について尋ねると、回答はそんなものだった。


「心当たりがないから、という理由ではない。逆で、そんな人物、枚挙に暇がない。誰もが静観しているのは、一口目が苦いか甘いかわかっていないからだ。今回の件で何かしら思うところがあれば、誰がどう動くかなんてのは予想もできない」

「そうかい。まあ、考え方なんて千差万別だものな」


 だからこそクロクサは王子たちを裏切ってマリーに投資したわけだし。

 王子たちの派閥がこいつの実家に火を点けたりしないよう祈る。祈るだけ。こいつがマリーの食事に毒を盛っていたことは何をしたって許しきることはできない。


「でもまあしかし、マリー王女でもなく、シレネ様でもなく、君に手紙を出すというところは興味深いな。状況をよくわかってるってことじゃないか」


 クロクサは含みのある笑みを見せる。


「何がだよ。一番脅しやすくて与しやすいからだろ。何の後ろ盾もない一般人だからな」

「一般人だと思ってる相手に脅迫状を送ってどうするんだ。マリー王女もシレネ様も気にしなかったら脅しの意味がない。君に送ることが一番効果的だとわかってる相手だってことだろう。

 あと、僕の前でも三枚目ぶるのはやめろ。すべての起点が君だってことはもうわかってる」


 ばれている。

 まあ、隠しきることもできないし、いいか。

 ティアクラウンの力は絶対。

 こいつに裏切るつもりはないことは確認している。とりあえず今のところ。


「起点っていうのは流石に言い過ぎだと思うけどな。まあ、動いてるのは認めるよ」

「それがわかってるのが、何人いるかって話なんだ。君の周りは当然だとして、他に誰が気づけているか。プリムラたちだって、シレネが後ろで糸を引いていると思ってる。敗北を喫した今だって、君は矢面に立たされた道化くらいに思われてるんじゃないか」

「それは重畳」


 俺の思い描いた状況だ。

 後日譚に俺の名前はなくていい。


「だから、奴さんは静観を決め込むしかない。もしかしたら、王冠の能力で君にも王冠が授与された可能性もある。君と王女様を殺しても、王子様に王冠が渡らない可能性もある。不明瞭が多すぎるんだよ」


 絶対に勝てる勝負であれば、誰だって挑むだろう。

 逆は?

 例えば5%ですべてを失うかもしれない勝負。95%で勝てると言っても、二十回に一回は人生を失うのだ。重厚な椅子に座る何人が、その勝負に挑戦できる胆力を持っているだろうか。


「今、静観が一番無難な選択肢だ。マリー王女はしばらくは安全だろう。君はそこまで持っていったわけだ」

「買いかぶりだ。偶然の産物なんだよ」

「だから……、まあいいか。煙に巻くのが君のやり方だものね。僕は巻かれないようについていくしかない。それが僕の選択だ」


 俺は肩を竦めた。

 クロクサのことは信用している。


 でも、信頼はしていない。

 アイビーやレド、シレネ、マリーに並ぶ信頼はない。

 だから俺が持っている手札をすべて開示することはしない。過去のことも、霊装の発動条件も。

 そこの線引きには気づいているのだろう。彼だって流石に馬鹿ではない。


「話を戻そうか。手紙を送るという選択肢をとった人間。単純に脅すだけならいい。けれど、その後にアクションはないんだろう? あっちが求める妥協点がわからない。そういう意味では不気味だよ」


 手紙の内容には結果しか書いていなかった。これからこうしろとは書いていない。

 相手の真意は、マリーと仲良くするな。これが一番ありえること。


 が。

 添えられた、”四人目”という言葉。

 誰もが知りえることではない。俺はこのことは誰にも言っていない。実際、あの場にいた全員が「四人目」って何、と首を傾げていた。


 これを知っているのは、誰だ。

 当然、俺にこれを告げた魔王だ。

 彼女からの通告というのが一番素直に考えられる。

 解せないのは、自分で過去に戻しておいて、いざ事を起こされるとやりすぎたと諫めてくる行為。小心者なのか。

 あの能面が慌てているさまを想像するのは面白いが、想像できない。


 別の可能性。

 俺はあくまで、”四”人目なのだ。

 四という数字、その前には一と二と三がやってくる。

 俺以外の未来を知る人間の存在。同じように魔王の能力で過去に戻された人物がいるとすれば、彼らからの忠告ということになる。


 彼らにとって、俺の行動はよろしくないと判断されている?

 これもまた謎なのだが。


 俺が四人目だとわかっているのなら、接触してきて一緒に魔王討伐に向けて舵を切るべきではないのだろうか。なんでこんな回りくどいやり方をとる? 魔王という存在を知っていれば、俺はそこまでおかしなことはしてないと思うのだが。

 王子の統治では魔王は討伐できなかった。やり方を変えるのはそこまで間違った判断か? それとも、まだ俺の知らない何かが存在しているのか。


 ……ふむ。


「……まあ、追々信用を上げていくことにしよう。僕はまだ信用されていないだろうからね」


 俺の熟考をどう受け取ったのか、そんなことを言うクロクサ。


「悪いな。だが、後悔をさせるつもりはない。どれくらいの蜜を吸えるかは、おまえの働き次第だ」

「期待に添えるよう頑張ることにしよう」


 クロクサから離れて、自分の席へ。


 そこにはいつ面が揃っている。

 レドとシレネ。俺の信頼する両翼。


 なんて。アイビーも信頼しているが生徒ではないし、マリーは最近そっけないし、二人しか傍にいてくれないってことなんだけど。


「とりあえず、リンク様に言われた通り、”前回の世界”と行動が変わっている人物をピックアップしてみましたわ」


 優秀なシレネから書類を受け取る。

 ぱらぱらとめくっていくが、どれも芳しくはない。


 というのも、”俺が変えた後”では意味がないのだ。

 例えば前回との大きな違いは、俺の近くにシレネがいること。レフやライが生き残っていること。マリーが生きていること。彼女たちの動きはもちろん、前回とは異なっている。

 けれど、それは俺が動いたからだ。一人目、二人目の影響ではない。


「俺もクラスのやつらから色々と話聞いてみたけどよ。ぶっちゃけわからん。だって前回の世界のことなんか、おまえしかわかんねえんだもんよ」


 レドは欠伸をしながらやる気のなさをアピール。

 確かに。

 細かいところの違いなんか、今を生きる人間にはわかりようもない。俺だって細かい変化をすべて覚えているわけもない。


「……まあ、一旦諦めるか」


 学園の中のことは。

 手がかりがない。

 そもそも学園では俺が動きすぎた。

 学園が始まってもうすぐ一年ほど経つこの段階で、前回は死んだ人間、辞めた人間で生徒は三十人を切っていたはずだが、今回は誰もいなくなっていないんだから。


 逆に言うと、一人目、二人目、三人目からすれば、俺ほどわかりやすいやつもいないわけだ。滅茶苦茶に動いているんだから。


 なんで接触してこないんだよ。

 俺はここにいるぞ。


「アイの報告を待つか」


 大きく伸びをする。

 学園の外で動いているアイビーの行動次第。

 人任せすぎる。やばいな。アイビーにいつ愛想をつかされるかわからん。


「次は何をするんだ?」


 レドが聞いてくる。心なしか、少し声が弾んでいる。


「なんで楽しそうなんだよ」

「いや、思いのほか、実戦が楽しくてな。おまえの近くにいればまた熱い戦いが待ってそうで」

「戦闘狂め」

「色狂いに言われたくはない」


 ぐさり。


「ちなみにレド、クラスの生徒に声をかけてただろ。最近変わったことないか、って。あれ、女子生徒の間で話題になってるぞ」

「はあ? 何が」

「レド君私に気があるのかな、と、色んな子から相談を受けますわ~。すわすわ」


 シレネがにっこり。

 レドはあんぐり。


「なんでだよ……。俺は近況を聞いただけだぞ」

「普段絡んでこない人との会話ですわ。何か意図があるのでは、と女の子は考えてしまいますの。そもそもレドさんは女性人気がありますし」

「やったな、レド。晴れておまえもモテモテだ」

「いらねえんだよ、そんなもん。……もう手伝わん」


 拗ねてしまった。

 むしろこれを機に行動を起こせばいいのに。純情と言えば聞こえがいいが、奥手と言い換えたらカッコ悪いぞ。


「まあ、リンク様みたいに見境ないのもどうかと思いますが」


 と思ってたら流れ弾。

 何も言えん。


「ふふ。ほら、噂をすれば、ですわ」


 マリーが近づいてきていた。

 目が合うと、瞳が揺れる。


 俺が近づいた理由。それは彼女の霊装。甘い言葉を吐いたのも、俺の霊装がそういった能力だから。人の想いに反応する霊装だから。マリー自身に興味があったわけではない。


 マリーはそう思ってるから、傷ついてしまった。

 その件は申し訳なく思ってる。

 だから俺の反応も少しぎこちない。


「お、おう、マリー。どうした」

「どうした、って何。……用がないと来ちゃいけないの? 少し前までしつこいくらいに絡んできてたじゃない」


 勝気な瞳。でも、どこか不安げ。


 人の心を喰う。あるいは、巣食う。

 俺は徹頭徹尾、そういう人間だ。人の心を喰って、人をたぶらかして、不定形に不明瞭に、嘘を愛する道化師。


「まさか。愛しのマリー。俺は君の騎士だ。君を不安にさせるあらゆるを払しょくするのが俺の使命だよ」

「……」


 今、一番私を不安にさせてるのはあんたよ。

 彼女から、そんな心の声が聞こえる。


 正直に言うと、恋愛は苦手なんだ。女ごころは表面でしか理解できていない。こんな時も気の利いた一言が言えればいいんだが。

 レドのことをとやかく言えないな。


 なんとなく気まずい雰囲気。

 一人だけ事情を知らないレドが不審に眉を寄せている。


「何があったんだよおまえら。なんでそんなぎこちないんだ。プリムラたちを追っ払って、マリーへの嫌がらせもなくなって、何も問題はないはずだろ。まあ、リンクの女癖の悪さはいつものことだけど、それだって今まで通りだろ。なあマリー、こいつは最初からそういうやつだぞ」

「知ってるわよ」

「知ってて好きになったんだろ。諦めろ」

「あんた、デリカシーがないのね。いえ、あんたも、かしら」

「デリカシー? 必要ないね。俺はリンクと違ってあんたに好かれたいとは思ってない」

「……そっか。それもそうよね。どうでもいい相手にちょっかいかけたりしないわよね」


 マリーは鼻を鳴らす。

 何かに納得したかのように一度頷いた。

 腕を組んで、俺に向かい直った。


「あんた、私に好かれたいと思っていたの?」

「思っているんだよ。惚れてるのさ」

「……すぐそうやって煙に巻いて。もう、わかんないわよ」


 大きなため息。

 それから近くの椅子を手繰り寄せて、そこに座った。


「いいわ。もう少し考える」

「何を?」

「色々と。私の中の、私の感情の落としどころ。あんたの人間性」


 いつも通り、口を尖らせる。

 あの日以来、ティアクラウンは発現できていない。

 けれど、道化師にはふさわしい。


 俺は必ずしも許される人間ではないのだから。


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