35.
「”ティアクラウン”」
俺はその霊装を呼ぶ。
俺の手元にそれはやってくる。
死地の中にあって、いまだ自分を守ると言う。誰も助けてくれなかった中で、手を差し伸べてくれる。誰もが敵の中で、好意を向けてくれる。
言う事は適当、行動は軽薄。でも、自分のことを見てくれている。
一歩間違えれば死ぬという緊縛の中で、その思いはより強く募る。
募って募って――俺の元へ。
そうして。
騎士は愛する人に昇華する。
その場全員の目が見開いた。
ホワイトノートは霊装を模倣する。条件さえクリアすれば、そこから逃げきれるものはない。王冠でさえも、例外ではない。
茫然とする面々の中で、俺は王冠を頭に乗せた。
「プリムラ。”鎧を脱げ”」
即座にプリムラの金色の鎧は姿を消した。現れるは久方ぶりの生身のプリムラ。
「……貴様は、なんだ」
「リンク。ただのリンクさ」
「何者だと聞いている! こんな、こんな、王冠が二つ、など、勝負……ありえない」
ひどく狼狽するプリムラ。
「あれ、言わなかったか。これは勝負じゃないんだ。お披露目会だよ。俺の、俺たちの戦力が、圧倒的におまえたちに勝ってることを示すためのな」
霊装、ティアクラウン。
能力は、言の葉の絶対遵守。
俺の言ったことは、相手が実行できるという範囲内だが、すべて起こってしまう。
帰れと言えば帰り。死ねと言えば死に。
これ以上ない、絶対の勝利。相手は何をしようが、俺の一言で覆る。
プリムラがアスカロンを構えて、とびかかってくる。
のも、意味がない。
「”跪け”」
ダン!
と大きな音を立てて、プリムラの膝は地に落ちた。
「……馬鹿、な」
「さあ、この場にいる全員、聞いてくれ。この場で俺に逆らおうと思ってるやつはいるか? いるんなら言ってくれ。どうとでもしてやろう」
ばかばかしい。
勝負とは、勝ち目があるからするものだ。
言葉一つで勝敗を決められる相手がいて、戦いが成り立つものか。
この霊装は存在するだけで勝負という概念を消失させる。すべてが無意味になる。
「残念だったな。他にも仲間がいるのなら伝えるといい。俺たちは、何があっても、マリーを守り通す。プリムラを筆頭とした集団は、俺たちにぼろ負けしたんだ。気概があるなら何度でも戦いに来いよ。何かできることがあるんならな」
俺はティアクラウンに手を当てる。
全員、俺の王冠と、マリーの王冠との二つを見比べる。
一つでさえ圧倒的な力を有する霊装。それが二つ。能力も実証済み。
敵のほとんどは霊装を掻き消した。不承不承な顔ながら、両手を挙げて降参の意を示す。
「馬鹿な! ありえない! 貴様たちが王道を行くなど、あってはならないんだ!」
プリムラだけが叫んでいた。
「我が忠誠は王子にある! あの方々だからこそ、世の中を良くすることができるのだ! 死にたくないと喚くだけの小娘にできることなんかないのに、どうしてそれがわからない! この国の未来を憂いているのは私だけなのか!」
「もしも俺がおまえの前でそんな風に叫んでいたら、おまえの気持ちは変わっていたか?」
「変わるはずがない。国の未来を見据えるのなら、こんなのは間違っている。誰だってわかるだろう。その霊装は王子に渡されるべきなのだ。そこいらの庶民が好き勝手に使っていいものでは決してない」
「おまえ、マリーがこの王冠で横暴を働いたところを見たのかよ」
「……」
ああ、そう言えば俺には一度、使っていたか。でもあれは俺がしつこかったからノーカンで。
「マリーはな、やり返そうと思えばできたんだよ。おまえたちが犯人の一派だってのは明らかだったんだからな。でも、やらなかった。なぜなのか、おまえにはわからないだろうな。俺は霊装を求めて人死を見過ごす王子よりも、霊装に頼らず歯を食いしばって耐えていた少女の方がよっぽど好きだ」
「それが貴様の理由か。個人の感情で考えるなど、愚の骨頂だぞ」
「そうかもな。だが、俺に負けたおまえはもう何も言えない」
問答もめんどくさくなってきた。
何をどう言おうがプリムラは変わることはないだろう。
「おい、クロクサ。おまえはどうする?」
だから俺は標的を変えた。
俺に一度接触してきた男。毒使いの彼。
「この前の話、考えてくれたか? 見ろよ。俺らの陣営には王冠が二つだぜ。マリーを殺したって、俺が残る。一つでも手をこまねいていたのに、どうにかできるのか?」
言葉に少しのブラフを乗せて。
マリーが死ねば俺も王冠は使用できない。
けれどわざわざ言う必要はないだろう。
「ここにいる全員に告げる。今なら、許してやる。王子を裏切ると言うのなら、まだ甘い蜜を吸える立場に置いてやる。寝返れ」
この勝負は勝ったが、所詮学生同士の小競り合いだ。俺たちはまだまだ綱渡り。学園を出ればどうなるかわからない。今のうちに多くの人間をこちら側に引き込んでおいた方がいい。
俺の誘いに手を挙げて近寄ってきたのは、五人中四人だった。プリムラ以外全員。プリムラは跪きながら唇を噛み、血を流していた。
「さて。では、”俺たちを裏切る腹積もりのやつは、自分の霊装で昏倒しろ”」
三人が倒れた。
なんじゃそりゃ。
残ったのは、クロクサだけだった。
「いいのか? おまえだけみたいだけど」
野心と気概に満ちた眼差しを向けてくる。
「僕の家は貴族とはいえ、弱小の落ちぶれだ。このまま王子派閥に加担していても、未来はない。いずれ衰退し、消えていくだろう。貴方たちにベットするのも悪い選択ではない」
「正しい判断だよ、クロクサ」
俺は手を叩いて歓迎する。
けれど、簡単に迎合できない相手もいるだろう。
「さあ、我らが王、マリーに挨拶を」
促すと、クロクサはマリーの前で膝をついた。
「マリー王女。これから私は貴方の剣となり、盾となりましょう。これまでのことを許してくれとは言いません。けれど、これからの私の働きでもって贖いとさせていただければと思います」
頭を下げるクロクサの前で、マリーは俺に視線を投げてきた。
俺は鼻で笑って頷いた。
どうとでもどうぞ。
「わかったわ。貴方の献身を期待します」
クロクサは再度深く頷いて、立ち上がった。
ところで、
「んな簡単に許すか! 馬鹿!」
マリーはクロクサの大事な部分目掛けて蹴りを放った。そんなこと予想もしていないクロクサの股間はノーガード。守らなければいけないところに、少女の本気がぶつかった。
「はうあっ……!」
平素の冷徹な顔を引きはがして、素っ頓狂な顔になってその場に蹲る。
「私は王女の前にマリーよ。嫌なことは嫌。むかつくことはむかつく。それを理屈の中に隠すことはしないわ。貴方を招くことは確かに必要なことなんでしょう。でも、それはそれ、これはこれ。むかつくのよ。ねちねちと攻撃してきて、簡単に寝返って、何様のつもり? 私、しばらくはこういう扱いするから。覚悟しておくことね」
「はっはっは」
思わず笑ってしまった。
これがマリーだ。これで、マリーだ。
俺は別に王女を救いたかったわけじゃないんだから。
「私は、諦めない」
プリムラはいまだ憎悪のこもった視線を投げてくる。
「絶対に、その王冠を取り返して見せる。絶対にだ! それはこの国を統治する者に渡るべきなのだ!」
跪いたままのプリムラ。俺は霊装をバルディリスに変えると、彼の側頭部を斧の側面で思いっきり叩いた。
ごろごろと先ほどの俺のように転がって、動かなくなるプリムラ。
「よし、勝ち」
反論もできないくらいに圧倒的に勝ったぞ。
「勝ちじゃないでしょ」
マリーが近づいてくる。
「色々と言いたいことがあるけれど、……。とりあえず、おつかれ!」
王女の抱擁をいただいた。「……心配させて」という言葉もいただいた。
「好きな相手を守るために命を張る。男冥利に尽きるね」
「馬鹿じゃないの」
レドもシレネも近づいてくる。
「勝てて良かったな。まあ、でも、いつまで抱き合ってるんだよ」
レドは呆れ顔。
シレネはにこにこだった。怖いくらいににこにこだった。
きっと遠くからこの場所を見ているアイビーもにこにこしているのだろう。マリーの持っているナイフを返す時に、ひと悶着ありそうだ。
いやしかし。
とりあえずはなんとかなったことを喜ぼうよ。
ね。
◇
第二回、レクリエーションは終了した。
優勝者はザクロ・デュランダルだった。
四聖剣が彼以外なぜか参加していなかったのが大きな理由だと本人が語っていた。