34.
「舌噛むぞ」
俺は駆け寄ってバルディリスを振り下ろした。
その肩口を抉る心づもりだった。それはアスカロンの大剣に防がれる。
次いで、バルディリスを横なぎ、振り払い。まずは斧の範疇で振り回す。バルディリスの利点は単純にして明快、重量を感じさせない軽さにある。縦横無尽に奔る斬撃。それにも関わらず攻撃を受けるプリムラの顔が歪むくらいには重さが乗っているのだから、質が悪い。
斧を振り下ろし、受け止められたタイミングで斧を消す。”すかした”。そのまま下に降りた手のひらに、再度バルディリスを召喚。そのまま上にかちあげた。
腕の一本をもらう勢い。
大剣は上段、受けに回してもすでに間に合わない。
甲高い、金属と金属とがぶつかる音。
俺の斧の刃に当たったのは、甲冑だった。腕の部分だけ、金色の鎧がプリムラの身体を覆っていた。
「……なるほど、厄介な男だな」
嘆息と共に振り下ろされる大剣。床を抉る一撃を、後退することで避ける。
「なんだ? 鎧は使わないんじゃなかったのか?」
「対応を改めよう。これは諦めさせる戦いだと言ったな。その通りだ。手加減や出し惜しみに意味はない。貴様には、我が全力でもって沈んでもらう。もう二度と歯向かいなんかしないようにな」
瞬き一つ。
プリムラに向けていた意識の隙間を縫って、彼の立ち姿は変わっていた。
全身を覆うフルプレート。全身を金色の鎧で覆った男がそこにいた。
アスカロンの能力。
その大剣には鎧の召喚機能が備わっている。いや、そもそも鎧もアスカロンの一部なのかもしれない。
その頑強さは、先ほど俺がバルディリスを叩きつけた際に理解した。ヒビや歪み一つつけるのも容易ではない。
口元すら鎧に覆われたプリムラは、くぐもった声を発する。
「そうだ。これは相手を諦めさせる戦い。全力を出す出さないは二の次だったな」
「わかっていただいたようで良かったよ」
正直、油断している時に腕の一本でももらっておきたかったんだが。
鎧を換装したプリムラは、俺よりも一周り大きい大男と化していた。その圧力たるや、思わず逃げ返りたくなる。
逃げた先には、俺を騎士と呼ぶ王女様。普段の勝気はどこへやら、心配そうにこちらを見つめている。
「楽じゃねえな、本当に」
脳内に、選択肢。
プリムラはどうだ。
アイビーの暗殺計画に関わっているのかどうか。アステラはクラスに依頼主がいると言った。霊装使いはそれなりに地位の高い人間たち。理由は判然としないが、プリムラが主犯の可能性も十分にある。これが判断できないと、フォールアウトは使えない。アイビーの生存は明かせない。かといって直接、貴方が主犯ですかと聞くのも馬鹿らしい。
一旦静観。
だとすれば、俺の出せる手札は限られる。
アロンダイトは出しても問題ないか? 俺の霊装の能力が議論されるくらいか。そのくらいならまだマシ。
一枚一枚手札を数えて、次の行動を決定する。
プリムラは巨体を揺らして駆けてくる。
鎧はあまり重くないのだろうか、従来と同じ俊敏さ。
それが大剣を振り上げて迫ってくるのだから、恐怖以外の何でもない。
振り下ろされた大剣。その側面をバルディリスで叩き、受け流して剣先を逸らす。プリムラの方に駆け出して、すれ違いざま、鎧の脇腹あたりを叩く。小気味の良い音がしたが、それだけ。衝撃が貫通した様子もない。
「足りないな。そんなものでは」
攻撃力は絶対値だ。
どんなに小細工をかけようが、貫けないものは貫けない。
心の中で舌を打った。
ダメージを与えられないのでは、俺の口も行動も意味がない。できないことを露呈するだけ。逆に圧倒的な敗北を受けそうだ。
手札を一枚晒すしかない。
再び駆け寄っての邂逅。ぶつかり合う瞬間、俺は剣を持ち替えた。
アロンダイト。漆黒の剣は大剣と激突し、甲高い音を立てる。
「な」プリムラの驚きを気にすることなく、「破天」アロンダイトの能力、衝撃波を発生させる。
衝撃波はプリムラを二、三歩後退させる威力はあった。ただ、それだけだった。たたらを踏ませた以外に影響を与えた様子はない。鎧に吸収されてしまっている。
「貴様、どういう……」
プリムラの困惑がそのまま鎧の強度に影響すればいいのに、現実はそこまで簡単ではない。
「破天――”剣”」
俺はアロンダイトの発生させる衝撃を集中させた。刀身に集約させると、不明瞭な音を立てながら、漆黒の”もや”が刀身を覆い、剣自体が巨大化したかのように映る。
プリムラに斬りかかる。
大剣で防がれる。
二つの剣がぶつかり合うと、大きな音がして、互いに弾かれることになった。俺はその後すぐにプリムラに斬り付けた。足を狙って力を込めると、衝突と同時にプリムラの体勢が崩れる。そこに追撃。胸部に突きをお見舞いした。
が、
プリムラは先と同じように数歩後退する程度。
アロンダイトをもってしても、攻撃力がまるで足りてない。
攻守に万能のアロンダイトとは対照的に、防御に全振りのアスカロン。
どちらが優秀かは個々の評価に依るが、現状、俺の方が不利だ。
二人して距離をとっての仕切り直し。
「貴様の自信の種はそれか。霊装をシレネから譲渡されたか? 四聖剣を扱うとは無遠慮甚だしい。いやしかし、……では、シレネ・アロンダイトは」
プリムラはシレネの方に視線を投げる。
シレネは二人を相手にしているが、圧倒していた。アロンダイトを片手に、嬉々として生徒を斬り付けている。すでに一人が昏倒していて、二人目も時間の問題に見えた。
彼女の手元と俺の手元。まったく同じ霊装が握られている。
「……聖剣が、二本? 貴様、何の霊装なんだ」
「答える口はない」
言いながらも、次の策を練る。
アスカロンの鎧は固すぎる。矛盾の答えは出てしまっている。
あるとしたら、長期戦? いや、あっちはいくら攻撃を受けてもいいが、こっちは一度受けたら終わりなんだ。そんな賭け事、勝負にもなりはしない。
幸いにもプリムラは困惑し、腕が止まっている。
レドの方にも視線を投げてみるが、そちらも問題なさそうだった。二人相手に優位に立ちまわっているのが見える。
「……」
「……」
俺とプリムラは向かい合って、互いに動かない。
プリムラの心情を慮るに、俺の霊装が他者の霊装をコピーするものだと気づいたようだ。迂闊に飛び込むと、何が飛び出すかわからない、といったところか。
だがそのうち、どうしてアスカロンを使用してこないのだ、という疑問に至るだろう。そうして、何か条件があるのだ、と勘繰る。
俺の手持ちが少ないと理解し、迷いのなくなったプリムラを相手どるのは大分しんどい。
背後にいるマリーに視線を投げた。
心配そうにこちらを見てる。
三人の内、俺を見ている。俺だけを見ている。
俺が一番苦戦しているからか。いや、それ以上に熱い視線を感じる。
俺の霊装は、選択の霊装。
俺の戦い方は、無限にある選択肢の中から最良のものを選ぶもの。
ここでの最良は。
俺は霊装をバルディリスに持ち替えた。
「……どういうことだ。なぜ普通の霊装に持ち替える」
「まあ、結局は使い慣れた武器が一番ってことだ」
「何を言っている。四聖剣を使用できてわざわざ持ち替える意味がない。……いや、迷っていても仕方がないか」
プリムラは大剣を肩に担ぐと、そのまま突進してきた。
剣を振る様子はない。剣での戦いでは俺に分があった。されど、俺が鎧を突破できないと知っての強硬策。
正しい判断だ。そして、”予想通り”だ。
俺はそれを、受けた。
「ぐ……」
鎧の肩口の部分で、胸のあたりをぶちかまし。
俺はそのまま吹き飛んで訓練場内を三バウンドくらいしてようやく止まった。
血は出ていないようだが、頭がくらくらし、胸部に酷い鈍痛がある。青あざは間違いない。骨にひびが入っていても全然おかしくはない。
「え!?」
その声は全方向から。
訓練場内、俺たち陣営の三人全員から、驚愕の声をもらった。レドもシレネもマリーも目を見開いている。
なんだよ、俺を買いかぶりすぎだって。本来の俺なんか口八丁手八丁でなんとかするだけの脇役なんだから。プリムラなんて強い相手に勝てるわけないだろう。
これは、当然の結果なんだ。
おろおろとするばかりのマリーを見て、思わず笑ってしまう。
他人の心配の前に、自分の心配をしろよ。いつおまえに攻撃が飛んでくるかわからないんだぞ。
シレネがこちらに足を向けようとしたので、俺はそれを視線で制した。日ごろ一緒にいるのもあって、何かの意図を感じてくれてシレネは立ち止まった。
「なぜ体で受けた? 今度は何を隠している?」
プリムラが近づいてきながら問いかけてくる。
一直線に駆け寄ってこないのは、俺を警戒してのことか。
やっぱり情報は小出しにしていくに限る。不明瞭は何よりも相手を警戒させる。
「なんだと思う?」
「……知らんな」
眼前に到達。蹴り飛ばされる。
再びのゴロゴロタイム。壁に激突して止まった。
今度は額から血が出てきた。身体中が痛い。
「私には貴様の存在がわからない」
プリムラが立ち上がろうと藻掻いている俺の眼前に立つ。
「勝負を投げたのか? いや、その目は死んでいない。アロンダイトを使えるのなら、まだ戦いになるだろうに。使用制限、時間制限でもあるのか。他に何か条件があるのか」
「おいおい、頭の中が全部言葉になってるぞ。幼児かよ」
プリムラは大剣を構えた。
「まあ、どのみち貴様は見せしめで殺すつもりだった。マリー王女候補に加担する悪童め。王子たちは貴様を許しはなしない。行動に不審は目立つが、死んでしまえばどうにもならない」
「学園内で人殺しか?」
「貴様が望んだことだろう? なあに、不慮の事故だ」
大剣を握る手に力がこもる。
俺は、
待った。
「やめて!」
男二人に絡んできたのは、当人の王女候補。
少し離れたところからの大声。
「何も殺す必要はないでしょう! その人はただ、私に優しくしてくれただけなのよ」
「それが罪だと言っているんだ」
「……最低ね」
「貴方もわかっているだろう。これは、そういう話だ」
「わかったわよ、私が死ぬわ。死ねばいいんでしょう?」
懐から古めかしいナイフを取り出して、首に当てた。
「これで満足?」
「満足だ。しかし、どちらにせよこいつは殺す。王子に歯向かった反乱分子だ。生かしておく理由はない。そもそも、国のためにもならない」
「な……」
髪だけでなく顔まで真っ赤になったマリーは自身の霊装を生み出そうとした。
「やめろ!」
のを、今度は俺の声が止める。
「なんでよ。あんた、死にそうじゃない……。それとも、死にたいの?」
「まさか。俺はどっかの誰かさんみたいな死にたがりの英雄じゃない」
「じゃあ何。なんであんたはいつもみたいにそんな顔をしてられるの。こいつは本気であんたを殺そうとしてるのよ! あんたがいつもやってるような茶番じゃないんだから!」
「おまえに手を出されちゃ、騎士の面目丸つぶれなんだよ。惚れた相手くらい守らせてくれよ」
ああ、クサい台詞だ。
実感するよ。
やっぱり俺は口と小手先だけで生きている。
「~~! こ、こんなときに何言ってるのよ!」
怒りよりももっと顔を赤くするマリー。反応を見るだけでも楽しいな。
「本当に何を言っているんだ。私は貴様の覚悟を問うたつもりだが。冗談でも洒落でもなく、私は殺すぞ。いくら貴様がふざけようとな。それが国のためになる」
「国のためじゃない、おまえ自身のためだろ……って言ってももう聞かないよな」
俺の目的はずれてない。
マリーを守る。そのために、こいつらを圧倒的な力をもって叩きのめす。
あらゆる手段を使って。
もちろん、今ある手札でなんとかできれば良かった。しかし、アスカロンの鎧はどうしようもない。まだフォールアウトを使えれば他の選択肢もあったかもしれないが、ないものねだり。
手札切れだ。
そうなったらどうする? 手札を集めればいい。
すでに種は蒔いてある。
お茶らけた人間のフリをして。けれど要所は占める二枚目を演じて。愛と茶化しの中で感情を揺り動かして。
ああ、別にふりではないか。これが俺の生き方だった。
道化師のような生き方こそ、俺の生き方である。
人の心に巣食って、人の心を救って。
茶化して惚れこませて依存させて。
畢竟。
俺がこの場所で相手をしていたのは、プリムラなんかじゃない。
目を向けて、話しかけて、相対していたのは、別の人物。
徹頭徹尾、マリーの方なのだ。
「”ティアクラウン”」
俺はその霊装を呼ぶ。
俺の手元にそれはやってくる。
死地の中にあって、いまだ自分を守ると言う。誰も助けてくれなかった中で、手を差し伸べてくれる。誰もが敵の中で、好意を向けてくれる。
言う事は適当、行動は軽薄。でも、自分のことを見てくれている。
一歩間違えれば死ぬという緊縛の中で、その思いはより強く募る。
募って募って――俺の元へ。
そうして。
騎士は愛する人に昇華する。