33.
◇
『こんなところで何やってるんだ』
『こっちの台詞よ。あんたこそ授業サボって何してるのよ』
『俺は不良生徒だからいいんだよ。定期的に煙吸わないとやっていけない体なんだ』
『あっそ』
『おまえは何なんだよ』
『私は――少し、疲れただけよ』
『……あっそ』
『慰めないのね』
『俺が言えることはないからな。布切れ一枚出すだけの霊装引っ提げて、落第生の俺は他人に何を言える立場でもない。ああ、せっかくなら俺の霊装で涙でも拭くか?』
『いらないわよ。そもそも関係ないでしょ。あんたは人間。私も人間。人間同士の話をしてるだけなのに霊装の価値の話を出すなんて、センスがないわ』
『おまえがそれを言うか』
『面白かった?』
『引いたわ。俺相手じゃなきゃ白けてたな』
『……最期になるかもしれないから言っておくけど、私、あんたのこと、嫌いじゃなかったわ。役に立たない霊装だって周りから笑われて、周りに人は集まらなくて、それでも飄々と生きているあんたが。勝手に仲間だと思い込んでもいたわ。
だからね、今、私は何もしていなかったわけじゃないの。待ってたのよ。独りぼっちのあんたがここに来るのを。最期に、話だけしたくって』
『何言ってんだ? 他の奴らみたいに学園をやめるのか?』
『私がこの学園を辞めるときは、死ぬときよ。この場所だけが私を守ってくれている』
『不穏なこと言うな、馬鹿』
『うん。私は馬鹿だった。足掻いても意味なんかないのに。ただ、生きた日が一日一日伸びていくだけなのに。私の未来は変わらないのに……馬鹿みたい』
『……』
『下らない話しちゃったわね。じゃあね』
『……。じゃあ、な』
◇
訓練場の中に入ってきたのは、プリムラ・アスカロンを中心とした五人の男たち。その中には俺に接触してきた毒使いの存在もあった。
対して俺たちは四人。
俺とマリーとシレネとレド。
対峙するまで二組にはほとんど会話はなかった。
しかし、思うところは同じ。レクリエーションの開始と同時に示し合わせたかのようにこの場所に集まった。
「覚悟はあるということでいいんだな」
プリムラがその場全員の覚悟を問うた。
この場での覚悟とは、致死。互いに、殺す覚悟があるのか、殺される覚悟があるのか、という確認。
当然、全員、これがただのレクリエーションではないことをわかっている。少年少女のおままごとではなく、この国の命運さえ左右する一幕だと理解している。
理解しているけど、阿呆らしくもある。
どうして俺たちがこんなことをしているんだ。
大人たちが決め切れていないからだろうに。彼らが責任をこちらに放り投げているからだ。自主性という聞こえの良い言葉によって、自分の責任を喪失させ、すべてを丸投げにしている。
そう思うと、眼前の五人にも同情してしまう。
彼らもただの傀儡。代えの利く、トカゲのしっぽ。
じゃあ俺たちがここで命を張る意味はないのではないか。彼らを屠っても次から次へと敵は湧いて出てくるのではないか。
その問いに答えてくれるのが、プリムラ・アスカロンの存在だ。
四聖剣。
この国の最大戦力の一人。
そんな彼が敗北したとなれば、彼らだって対応を変えるだろう。四聖剣をどうにかできる相手に対して、ちょっかいをかけることは減ってくる。
そして、プリムラを倒すことのできる俺たちの評価は上がる。もしかしたらマリー側についた方がいいのでは、と考える人間も増えてくる。あちら側でも離反者が期待できる。
王子派は本気で王子を祭り上げたい者ばかりではない。ただ蜜を吸いたいだけのどっちつかずも多い。こちらにつく利益をぶら下げてそちらを引き込めれば、俺たちだって負けるばかりではない。
まあ、ぐだぐだ言ったけれど。
畢竟、この戦いは避けられないし、避けるつもりもないということ。
「今更覚悟だなんだを議論することもない。望むところだ。それとも、人一人の命を奪おうとしておいて、覚悟がなかったなんてそんなこと言わないよな」
俺は鼻で笑ってやった。
何故人を殺してはいけないのか。自分が殺されても何も言えないからだ。
殺す覚悟とは、死ぬ覚悟でもある。
「……ねえ、」
背後に控えるマリーが小声を発した。俺たちにだけ聞こえる声。
「本当に、その、戦うの? 殺し合うの?」
震える声。
一番覚悟ができていないのは彼女のようだった。
「わかってるだろ。おまえの生は、他者にとっては都合が悪い。おまえが生きている以上、どちらにしたって戦いは避けられないさ。生きたいと思うのなら、他者の屍を超えていけ」
「……わかってるわよ。私は生きたい。納得のできない理由で死にたくなんかないもの。でも、私のせいであんたたちが死ぬのは、嫌なのよ。他者っていうのはあんたたちも含まれてるわけでしょ」
「そうだな」
マリーは覚悟を決めた目をしていた。
「いざとなれば、私の霊装を使うわ。使いたくないだなんて駄々を捏ねてる場合じゃないものね。だから心配しないで。貴方たちは殺させない」
ありがたい申し出だ。
しかし、それは承諾できない。
「ああ、そう言えば、伝え忘れていた。その霊装は使うんじゃないぞ」
「な、なんでよ。私だって何かがしたいのよ」
「今回はマリーと王子様の話じゃないんだ。互いの周りの、代理戦争。互いの陣営の主役以外の小競り合いなんだよ。そこで本人が力を出すのはいただけない」
「……」
今回の主題は、マリーの近くにどれくらいの力が集まったかの披露会。
マリーに王冠があることは敵の誰もが承知済み。一言発するだけで命を摘み取れる霊装。それがあることを承知で襲ってくるんだから、それは相手にとっての想定外ではない。使われたっていいと思われている以上、相手の予定が変わることはない。
「マリーがここで王冠の力を使うということは、相手に正義を与えることにもなる。国のための霊装を私利私欲に使うと悪評が流れれば、世論を敵に回すことになる」
「周りが敵だなんて、そんなこと今更でしょ」
「そうかもしれない。でも、相手は大手を振っておまえに危害を加えられていない。手をこまねいている結果がすべてだよ。相手がビビってるという現状が大切だ」
ビビってる相手にわざわざ免罪符を渡すほどお人よしにはなりきれない。
「でも……」
しかし、マリーは納得していただけていない様子。
こほん、とシレネが空咳を入れた。
「マリー王女殿下。貴方は王になるのでしょう? そのたび、すべてを自分の力で行うつもりですか? 王とは民に命令する立場。貴方はただ、私たちに命令すればよろしいのです。”勝て”と」
シレネの言葉に戸惑いながらも小さく頷くマリー。
まあ、命令される市民から命令する王に急にジョブチェンジしろというのも酷な話だ。
「ゆっくり慣れていけ。俺がおまえの命令を具現化してやる」
「そうね。貴方は私の騎士だものね」
「正解」
「随分と気の多い騎士だけど」
「……正解」
「でも、嬉しかった。すべてが嘘でも、私は前を向けたの」
「嘘なものか」
なんで人が嘘をつくか。
人に伝えたい思いがあるから。
人に伝えたくない気持ちがあるから。
何にせよ、人を想ってのものなのだ。
「こいつらを倒して、笑わせてやるよ」
「やってみせなさい、リンク。私の騎士」
俺は霊装ホワイトノートを生み出す。それはまず、レドのバルディリスの形を創り上げた。
訓練では俺はこの斧しか周囲には見せていない。アイビーのフォールアウト、シレネのアロンダイトはまだ見せるべきじゃない。
シレネもレドも自身の霊装を構えた。
俺たちの臨戦態勢を見て、あちらも霊装を構えだす。
中心、プリムラ・アスカロンも霊装を生み出した。
四聖剣――アスカロン。
それは身の丈ほどもある大ぶりの大剣である。彼はそれを肩に担いで、鼻を鳴らした。
切れ味、攻撃範囲、斬撃速度。いずれも一級品。
が、当然、四聖剣に連なる霊装がただの大剣で終わるはずもない。
「アスカロンの鎧は使わないのか?」
「必要ない」
プリムラは眉をしかめたが、平素の様子で答えた。
シレネのアロンダイト同様、アスカロンにもいくつかの特殊能力が備わっている。いずれも他の霊装を圧倒する効力。
「まあ、使わないんならそれにこしたことはないけど。俺は別に正面から倒したいわけじゃないからな。あんたの醜聞を広められればそれでいい」
「相変わらずぺらぺらと回る舌だ。死ななければ治らないものなのだろうな」
「残念ながら、死んでも治らない」
一度死んで、むしろこの舌はさらに良く回る様になった気がする。
「まあ、そういうことで、俺たちは勝ちに来たんじゃないんだ。俺たちの目的はおまえたちに諦めてもらうことにある。とりあえずはここを卒業するまで。そこまで、マリー王女に手を出すのをやめてもらいたい」
「できない相談だ」
「だから、”できない事象”にしてやろうと言ってるんだよ」
バルディリスを腕の中で一回転させる。
風切り音と共に、切り裂くのは退路。
「――おまえたちは俺たちを倒せない。絶対に、何度やろうとも、何度繰り返しても、戦いを挑むこと、それが無意味だと思えるくらいの敗北を受ければ、おまえたちだって諦めるだろう?」
物事は単純だ。
できるから、する。
できないから、しない。
なんで俺たちが対峙しているのかと言えば、互いにできると思ってるからだ。
マリーを殺せる。
マリーを守れる。
どちらかができない、と思えば、戦いは終わる。
「……世間知らずというのは幸せで羨ましい」
プリムラは静かにつぶやくが、額に青筋が立っているのは見えている。
「何も知らないくせに、その場の感情で物を言う人間の、なんと愚かしいことか。なあ、シレネ。四聖剣の立場でそんな茶番に手を貸して恥ずかしくはないのか?」
「ふふ」
シレネは笑うだけで応えない。
言っても無駄だと思ってるのがよくわかった。
「嘆かわしいな。口だけで猛る者に何の価値がある。口ではなんとでも言えるのだ」
「だから言うんだろ」
なんとでも言えるから、言う。口の正しい使い方。
なんて、いつまでも不愛想な男を揶揄っていても仕方がない。
「俺がプリムラとやる」
レドとシレネに伝えると、一瞬間があった。
「ちなみに、理由を聞いてもいいか?」とレド。
「この中で一番弱そうな俺があいつを倒すことができれば、あっちはダメージ過多だろ。恥ずかしくて外も出歩けない。特に、シレネがプリムラを倒したんじゃ話にならない。同じ四聖剣同士なんだからそんなことも起こりうるって言われて終わりだ」
「そうでしょうね。そうしましたら、私は露払いを。”やっぱりシレネは強い”。そういう感想を抱かせておけばいいでしょう」
「じゃあ俺も周りのやつらをやる。自分の力がどんなもんか、実戦で知りたいんだよな」
シレネはよくわかっている。レドはわかっていなさそうだが、その血気盛んを止める必要もない。
二人が他の四人の相手を快諾してくれた後、俺は改めてプリムラに向き合った。
「貴様一人で私とやり合おうというのか」
「ああ」
「……本当の愚か者だっ――
「舌噛むぞ」
俺は駆け寄ってバルディリスを振り下ろした。