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31.








 ◇



「というわけで、本腰入れてマリーを守ろうと思う」


 寮の自室にて。

 俺とレド。そして、マリー、シレネ、アイビーも一緒に。


 五人が入っても余裕のある広々とした部屋に感謝。しかし当人同士はどこか居づらそうに口を閉ざしている。なんだか重々しい雰囲気だ。

 まあ、マリーの命が本格的に狙われだしたタイミングだし、当然か。


「マリーは公然と霊装を引き継いだ存在だ。それを暗殺だなんて、あっちからしても望ましくない。だから今まで相手側はマリーを孤立させ、毒や威圧でストレスを与え、自死を選ばせようとしていた」


 誰も犯人捜しはさせたくない。

 あったとしても、とかげの尻尾斬り。

 一枚岩ではないこの国の上層部。これをきっかけに別の小火が発生する可能性が生まれる。誰だって自分の家を燃やしたくはない。


 彼らの目的は同じ。マリーの死。

 過程だけが問題で、直接的に足が付くようなものは望ましくはない。だから今まではつかず離れずの攻撃に甘んじていた。


「しかし、俺たちがマリーと関係を持つようになってから、あっちの行動も変わってきた。毒殺も衰弱死も孤独死も見込めず、学園生活で殺すことが難しいと感じたらしく、目立つ行動も増えてきた」


 つい先日も、マリーに向けて短剣が飛んできた。

 俺とシレネが反応できたからいいものの、あわや大惨事。犯人は逃げることに重きを置いていたプロだったから、姿を見ることも捕まえることもできなかったのは業腹だ。


 匿名の殺害行動。

 うっとおしく、厄介だ。いつどこで狙われるかわからない。


「こうなった以上、俺たちで常に守る必要がある」


 俺は集まった面子を見渡した。

 誰もが口を閉ざしている。口を開かない。 


「なんだ? 今更男子寮にいることに違和感を感じてるのか?」

「あー、っと、誰も何も言えないだろうから、まずは俺からいくつか質問」


 壁に背を預けているレドが口を開いた。

 その視線は自分のベッドに腰かける俺、そしてその両脇を固めるアイビーとシレネ、部屋の中心で居住まいを何度も正して椅子に腰かけるマリーへと移って、


「俺は知らないからな」


 何を、とは聞くまでもない。

 にこにこと口元だけで笑っているアイビーとシレネがその答えだ。瞳の奥は深淵を覗いたがごとく底が見えない。

 いきなり連れてこられたマリーも口元をわなわなと震わせて俺を睨んでくる。


 そうです。

 これが貴方の騎士の姿です。

 まあ、この辺を弁解する気もするつもりもない。


「質問はそれだけか? 質問というより忠告になってるけど」

「ここに集まった面子の意味を教えてくれ。具体的に言うと、なんでザクロたちを抜いてるんだ?」

「俺が信用している人間を集めた」


 いつも昼食を共にしている残りの面子、ザクロ、ライ、レフには今回声をかけてはいない。

 逆説的に。


「……何かあるのか?」


 レドの表情が曇るのもわかる。

 三人を呼ばなかった理由に深読みが生まれてしまう。


「いや、何にもないよ。ないからこそ、呼ばなかった」

「相変わらず遠い言い方をするな。俺にわかるように言ってくれよ」

「彼らはまだ、俺たちに深く関わらなくてもいい人生を歩むことができる」


 俺の人生は、魔王を殺すためにある。

 その道は険しく、過酷だ。

 特にライとレフの二人はシレネの生み出す死の未来から解放されたばかり。今回の一件で危険なところに追いやるのは酷すぎる。


「俺たちは?」

「おまえたちはすでに俺の人生の計画に組み込まれてるんだよ。逃げることなんか許されない」


 口元を歪めると、「はっ」とニヒルな笑みが返ってきた。


「逃げると思ってんのか? こんなに刺激的な毎日、捨てるわけないだろ」


 好戦的なところは相変わらず。

 俺はアイビーとシレネにも視線を投げた。


「おまえたちもだ。アイもシレネも、俺の目的を達成するために必要な駒なんだよ。今回だって知らぬ存ぜぬは許されない。俺と一緒に戦ってもらいたい」


 少し高圧的なのも、二人なら返してくれるという信頼があってこそ。

 二人の眼付が変わるのがわかった。


「そんな言い方しなくても、私はリンクの言う事には従うのに」

「ふふ。私はどうしましょうか。タダで働くのは不本意ですわ。すわすわ」


 しかして、シレネは楽しそうに笑んで、そっぽを向く。


「……何が望みだ?」

「わかってるくせに。私は貴方のことが大好きなんですのよ」


 好意の一切隠れない視線。その中に、少量の計算が見て取れる。


「恋人にお願いしているのに愛情表現の一つもないなんて、そんな男についていくほど私はお尻の軽い女では――むぐう!」


 口で口を塞ぐと、シレネは大人しくなった。真っ赤になった顔で、教室内ではついぞ見たことのない呆けた顔をしている。


「ああああああああああああああああ」


 絶叫はアイビーから。


「リンクの初キスがああああああああああああああああああ。私がもらおうと思ってたのにいいいいいいいい」


 厳密に言うと初キスではないのだが、今世では初キスになるのか。


「初添い寝はあげただろ」

「全然重さが違うよ! 添い寝なんかすぐにできるじゃん! 誰だってできるもん。誰にだってするもん!」

「俺のことをどう思ってるんだよ」

「かくなるうえは私はリンクのどうて――むうっ」


 アイビーも黙らせる。

 口の中で舌を暴れさせると、シレネと同じように真っ赤になって沈黙した。

 よし、これで問題はなし。


「……不潔」


 と思ったが、外ならぬ護衛対象の王女様にドン引きされていた。


「ケダモノバケモノ性欲お化け」

「たかだかキスくらいでうるさいな。マリーにもしてやろうか」

「いらないわよ!」


 思いっきり距離を取られてしまった。

 まあ、貴方だけを守るとか豪語してから他の女にキスをしているような男、普通の感性では頭のおかしいやつだろう。


 そう、俺は頭のおかしいやつだ。

 そんなこと、わかっていますとも。

 それを理解した上で俺の近くにいてくれるよう、マリーもこちら側にさっさと引き込まないと。


「で、だ。これからここにいるメンバーでマリーを守ろうと思う。マリー、人選に問題はあるか?」

「え、この流れで真面目な話をするの?」

「さっきも言った通り、ここにいるのは俺が自信をもって推薦できる、信頼できる人たちだ。俺も何度も助けてもらってるし、優秀なのは間違いない。そこいらの暗殺者なんかじゃ相手にならない実力者揃いだ。安心してくれ」

「あんたが一番安心できないんだけど。精神科を受診したら?」


 俺は肩を竦めた。

 会話の基本は主導権を奪う事。

 奪ったまま返さないと、それは会話ではなく宣言である。


「手厳しいね」

「……正直、あんたたちを完全には信用していないわ。最悪、今この瞬間に、この中の誰かが刃物を取り出して私を刺しに来ても何も不思議には思えない」


 震える自分の身体を抱きしめるマリー。

 今まで狙われるだけだった命。急に守りたいと言われてもすべては信じられない。

 だから俺は誠意を見せる。誠意のような打算を、見せびらかす。


 誠意とは、正直だ。


「俺はおまえの未来を知ってる」


 マリーの眼が細められる。


「何を言って」

「おまえは死んでた」


 その目が見開かれる。


「……何を言ってるのかわからないわ。本当に病院にでも行った方がいいんじゃないの」

「おまえを信用するから言うんだ」


 マリーは周りに意見を求めるようにきょろきょろと視線を投げる。

 他の三人は誰も笑いはしなかった。


「この場の三人はすでに知ってる。俺が人生をやり直していることを。そういう意味で、信用できる相手ってことだ」


 あるいは、俺のことを”信じてくれた”人たち。

 俺の与太話を聞いてくれた人たち。

 嘯き、嘘つく俺でも、報いなければならない相手はわかっている。


「正直に言うと、俺がおまえに近づいた理由はそれだ。俺はおまえの将来の姿を知っている。あのままだとおまえは衰弱しきって死ぬ」

「……あ、っそ」


 瞳に映るのは落胆。

 それは自分の未来に対してか、俺が近づいてきた理由を知ってか。

 どういう意図であれ、人は意図を嫌う。自分の人生に他人が無遠慮に絡んでくることを厭う。


 偶然や運命は愛するのに、必然と打算を嫌う。

 不思議なものだ。人の意志の介在する後者にこそ、意味と価値があると思うのに。


 だから俺は嘘が好きだ。人の欲望が言葉になった虚言が好きだ。きっと嘘の方も俺のことが好きだと思う。


「首を吊って死ぬおまえの姿は、もう見たくない」


 俺は沈痛な面持ちを作る。


 この会話で大切なのは、”どうして俺がマリーを救いたいのか”。

 死にそうだったから、助けられると思ったから、倫理的にそうするべきだと思ったから。

 そういった一般論は望まれてはいない。

 それでは乞食に札をバラまくのと変わりない。


「おまえには笑っていてほしい。おまえが見せてくれた笑顔を、枯らしたくはない」

「……」


 マリーの顔つきが変わった。

 真摯。

 受け取ることしかできないその思いは、人の中に溜まっていく。


「俺におまえを救わせてくれ。別におまえが王になろうがどうでもいい。俺は一人の可愛い少女を救いたいだけなんだ」

「……私の何をも知らないくせに」

「知っていると言っただろ。俺はおまえの未来を知っている。だからこそ、ここまで本気なんだ」


 俺の語気も荒くなる。

 何故なら、思いに嘘はないから。

 言葉はきちんと届けられるから。


「……別に、好きにすればいいじゃない」


 勝った。

 頬を染めたマリーは、すでに俺を疑ってはいない。


 まあ、俺の両脇はキスの魔法が溶けかけて、黒い感情を迸らせ始めているんだが。

 嫉妬という感情は、肥料にもなるんだ。

 ぞくぞくするね。


「未来を一緒に変えよう」


 綺麗な言葉は素敵だ。

 歴史にもきっと、英雄譚として称えられることでしょう。


「でも、防戦一方になっても癪ですわね」


 シレネが俺の腕を掴んだ状態で顔を上げた。


「どうして私たちが攻撃を受けるだけなんです? そんなことをしていたら、こちらが消耗するだけですわ」

「何か他に方法があるっていうのか?」

「私に任せてくださいな。私が貴方の隣にいることの利点を見せましょう」



 ◇



「レクリエーションをしましょう」


 学園が始まって半年も経ったある日のこと。

 入学したての時と同じことを、シレネは言った。


「半年経って、私たちもお互いの人柄を理解するに至ったでしょう。当時ではなかった多くの関係性が生まれ、私たちは人として成長することができました。成長度合いを理解すべく、今の現在地を知るべく、以前と同じ催しで研鑽し合いませんか?」


 シレネの言葉は綺麗だ。

 綺麗にコーティングされた言葉は、素直に人の心に届く。

 裏にどんな意味が込められていようが、受け取り手は素直に頷くことができるのだ。


「先生方にはすでに話を通しておりますわ。今日の午後はそれに当てていいと言質もいただきました。皆様の成長を互いに見せつけあいましょう」


 周りを窺うと、ほとんどの生徒が乗り気なようだった。

 シレネの言葉を鵜呑みにする生徒たちと、その裏の言葉を理解した生徒たちと。


「当然、霊装の使用は厳禁ですわ。私たちはまだ半人前。人の命を簡単に奪ってしまえる霊装は簡単には抜いてはいけません。訓練場は本日人がいないみたいですけれど、人の目がないからといって行動を変えるのは騎士像からの逸脱。いけないことですわ~」


 その芝居だけ大根役者で、思わず笑ってしまいそうになる。

 だけど、これで相手側には伝わっただろう。こちらの顔であるシレネがわざわざ提案した戦いの場所。


 互いにじわじわと進めるしかない現状にやきもきしているのはわかっている。

 雌雄を決する場所が欲しいのはお互い様だ。


「乗った」


 最初に声を上げたのはプリムラ・アスカロンだった。

 その声に同調して、多くの手が挙がっていく。

 プリムラと目が合った。


「全員、先日の催しから身体は成長している。先日のような遊びで済ませるよう、気をつけないといけないな」


 殺気立つその目は、そんなこと思ってもいない。

 有象無象であれば、最悪殺しても構わないと思っている。


 上等だ。

 その言葉、そっくりそのままおまえに返してやる。


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