とーしろ⭐ほしくず⭐ばんどぶーむ。
此の日出る国にも、猫も杓子も『バンドブーム』なるものが御座いました。
このコロナ禍、出掛けるに出掛けられない昨今。
内に在りし日の郷愁、イーハトーヴォへ向かう旅路の一助ともなれば幸いです。
彼のブームを燃え上がらさせた偉大なる諸兄。
それを愛し、支えた方々。
そして、我が御師様に、心からの愛を込めて。
そんな感じで、頭空っぽにして、よろしくどうぞ。
──ギャギャッギャ……ギャギャギャギャ──
所々が剥がれ欠けた安っぽい壁紙に囲われた室内には、空気清浄機よりも少し大きい位のアンプが三台、最低限のドラムセット。
内一台からは今も尚、然して面白くもなさそうに弾かれたノイズにも似た耳障りなギターの音を垂れ流し続けている。
部屋の隅には、煙草の灰皿にしては大きい一斗缶からは不快な臭いが立ち込め、安いビールの空き缶が捨て易いようにか纏めて置かれていた。
ギターからノイズを量産し続ける痩身長髪の男を放置して、貧相なドラムセットに座り目を瞑った小太りな男。
ベースを肩にかけたまま重苦しい雰囲気に落ち着かない様子のスーツメン。
汚い床に座りこみ、煙草を吹かしながら、幸せそうに安いビールをぐびり、またぐびりと飲むTシャツGパン。
重苦しい雰囲気が淀むスタジオ、と言えば聞こえは良いが、音は駄々漏れ、レコーディングするにも他の部屋からの騒音が入って来る始末。
そんな場所で──
「うるせぇよ」
チープなドラムセットに陣取る小太りが苛立たしそうに呟くが、
──ギャッギャギャッ……ギャギャ……テロテロピロテロピロギャッギャ──
小太りの呟きは、周りを構うことなく垂れ流されるノイズに掻き消される。
呟きはノイズに掻き消されるも、空気を察知したベースのスーツメンの表情が凍る。
TシャツGパンマンは視線を送るのみ。
それでもお構いなくのギターを止めない痩身長髪。
「うるせぇって言ってんだろ!? クソニート!!」
大声と共に小太りの投げたドラムスティックは勢い良く長髪痩身の額に当たる。
「っ!? ……あぁ? 何よ?」
場の空気が更に淀み始める。
「お前、ホント、何なんだよ……」
無表情のフトシ──安っぽいドラムセットを前にする、小太りの男──が問い掛けに、
「ナニって、ナンだよ? お前らの曲と、アイツの作る詩が悪いだけじゃん。 そんなんじゃノれねぇんだよ」
気怠そうに吐き捨てる、痩身長髪。
「あはは! 自分の詞が悪いのはあってるかも!」
「茶化すな、TG……」
「TG、悪い……今、そういう場面じゃないんだ」
「チッ……脳ナシはこれだから……」
良くも悪くもフラットなTシャツGパンマン── TG ──の発言に一瞬、空気が弛むも。
「……お前、文句ばっかりだな」
冷たい眼差しでフトシが告げる。
「何がだよ……当たり前の事言ってるだけじゃん」
不貞腐れた痩身長髪の言葉にも、何ら表情を変えないフトシ。
「自分では何もしない、曲も作らない、歌詞も書かない。 そのクセ、やれ『この曲はダメだ』『この歌詞はダサい』とか言うばっかりで、お前……ホント、何様だよ!?」
「ちょっと、フトシ?! 落ち着けって」
「そうだよ! スーツの言う通り、ちょっと落ち着こ? コレ飲んで良いから」
「スーツ、TG、言わせてくれ……『ベースはギターより出しゃばるな!』だの『ドラムは俺に合わせろ』とか『音が取れてない、歌詞も変えろ』とか、もう、うんざりなんだ」
「もう我慢出来ないんだわ……」
「フトシ…………」
「あちゃあ…………」
ふぅ、と息を吐くフトシ。
そんなフトシを気遣わし気に見詰めるスーツ。
参ったなぁ、と困った様子で煙草を吹かすTG。
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
「………………………………」
訪れる沈黙、暫しの後。
「チッ……くだらねぇ」
「って、何で俺が責められてんの? カッコ悪い曲を作るお前らが悪いんじゃん……俺、やりたくないんだよね、そういうの」
沈黙を破り、憮然としたままの痩身長髪の反論に、更にぶちギレるかと思いきや、スッと表情を消すフトシ。
部屋の温度が更に下がったような感覚に身震いするスーツ、次の缶に取り掛かるTG。
「分かった……じゃあ、一つだけ聞かせてくれ」
「何を?」
フトシの様子に怯みながらも、斜めに言葉を返す痩身長髪。
「お前、なんで、このバンドに居るの?」
フトシの問いに押し黙る痩身長髪。
「……………………」
「そんなに『この曲じゃダメだ』『この歌詞はクソだ』とか言う癖に何でお前は何もしない? 何で、今まで『何もしてこなかった?』」
「だって、それは俺の役目じゃないし……」
「何? お前の役目って?」
「俺は、このギターでレベルが低過ぎるお前らのバンドを」
「それだけど、さ」
痩身長髪の返しを遮るフトシ。
「お前のリフ、言っちゃあ悪いけど、何処かで聴いた事のある物ばかり。 しかも安定してない癖に『俺のはアドリブだから』と、誤魔化して」
「………………!?」
「確かに俺達のバンドは曲も歌詞もダサいかも知れない。 特にアイツの、TGの書く歌詞なんて無茶苦茶だ」
「……………………」
怒りもなく淡々と言葉を続けるフトシ。
フトシの言葉に色を失くす長髪痩身。
事の成り行きを見守るスーツ。
何故か照れるTG。
フトシは続ける。
「それでも皆でアイディアを出し合い、やってきた。 お前も参加してきたし、それは分かるよな?」
「……………………」
「けど、そこに参加はしても、お前は一つでもアイディアを出したか? ダメならダメで、それに代わるものを、この今まで、一つでも」
「……………………」
「お前は『このバンドの仲間』じゃない」
「………………」
「文句と騒音を垂れ流すだけの悪質な楽器、それだけだ」
フトシの言葉に、顔面を蒼白に、そして、紅潮させる痩身長髪。
「…………!! ふざけやがって!! もう辞めてやる! 俺が居なけりゃ、ギターも居なくなって困るだろうよ! ざけんな! この三流クソバンド共!!」
「あぁ~……それなんだが」
スカした態度がカッコイイと信じて止まなかった筈の痩身長髪が声を荒げるが、先程の怒りとは打って変わって申し訳なさそうなフトシ。
「何だよ!?」
「TG……実はギター弾けるんだ、しかもお前より遥かに上手い」
「それは確かに。でしょ? TG?」
「ハァッ!? 何抜かしてんの?!」
何言ってんだ?
今するホラ話ではないだろう、と、より怒り心頭の痩身長髪。
流れで、ついつい言ってしまい、やっちまった感満載のフトシ。
実際のプレイを知るスーツ。
そして、水を向けられたTGが安い缶ビール片手に喋り出す。
「いやぁ~ほら? ギター弾きながら歌うのメンドイし? 誰かギター弾いてくれるんなら有りがたいし?」
「まさかチョーハツが文句ばっかりな人だとは思わなかったけど? ま、世の中? 色んな人がいるし?」
「ウチのバンドなら、ギター1人? ツインギターってガラでもなくない?」
「何より、お気楽ワイワイやりたいし、ね?」
良い感じにホロ酔いTGがつらつら連ねる言葉に、軽く噴き出すスーツ、苦笑するフトシ、絶句するチョーハツ。
「コイツはこう言ってるけど、お前が入る前『チョーハツが加わってくれるんなら、ギターは彼の居場所として取っといてあげて? ほら? このまんまスリーピース(三人形態)だと、しんどいし』とか言っちゃてたんだわ」
「コイツは上手い下手なんかよりも、皆で楽しくワイワイ、なヤツだから」
「またギター演ろうよーTG」
「お酒飲みながら? ゆるーく演りたいし?」
言いたいこと、言うべきことは言ったフトシ、場も落ち着き始めて一安心のスーツ、肝臓の悲鳴が聞こえないTGのやり取りに加われない者が一人。
「……ふっ! ふざけんなよっ!?」
──テレテレテレピロピロピロピロピロ……ギュワワァーン──
額の血管を浮き彫りに、顔を真っ赤にしたチョーハツが、お得意のライトハンド奏法で自己陶酔。
ラストに掻き鳴らし、アームでウワワァン。
ディストーションも酷くて、本人以外には単なる騒音だ。
チョーハツの奇行に目を向ける三人。
「俺より上手いなら、弾けるよな?」
わなわなと怒りを滾らせながらも勝ち誇った顔のチョーハツは、TGにギターを押し付ける。
──弾けるもんなら弾いてみな──
ホロ酔いニコニコヘラヘラゴキゲン顔に一層の怒りを滲ませるチョーハツの挑発はどこ吹く風と、TGはギターを受け取ると──
──ギャギャギャギャピロピロピロピロテレテレテレギュワギュワァーンテレテレテレピロピロピロピロギャギャギャギャバチィーンヴオオォッ!!──
ギターを背中に──今は絶滅危惧種に指定されている魅せプレイのひとつ。所謂、背弾き──ピロピロピロピロ奏でた後に、位置を戻し、チョーハツよりも速く軽やかなライトハンド!
呆然とするチョーハツを構わず、ダメ押しとばかりに借りたギターに歯弾き!弦も切る!!
ついでに、何処から取り出したのかガソリンを掛けて燃やし、床に叩き突ける!!
TGの狂乱によって、スタジオは瞬く間に火の海に。
逃げ惑う面々。狂ったように笑うTG。
スタジオのあちらこちらから火の手が上がり、周囲にも拡大しそうな頃合いに、何処からともなく轟くエキゾーストノート!
なんとか逃れたフトシがスーツがチョーハツが、気付いて指差し震えて叫ぶ!
「転生トラックだ!!」
こうして、TG、何故かフトシとスーツ、ついでにチョーハツは、異世界に飛ばされるのであった。
──嗚呼、メタルよ、永遠なれ──
御高覧、誠に有難うございます!!
あなたにメタルの加護があらんことをlml