第78話 初日の売り上げがエグかった
それから20分後。
店の状況はといえば……店内も店外も、とんでもないことになってしまった。
店内は早々に1階も2階も埋まり、満席に。
そして店外には、某リンゴマークのスマートフォンの新機種発売日かと思うような長蛇の列ができたのだ。
おかげでヒマリは大忙し。
ミスティナさんは今こそ昨日作り溜めておいた料理のおかげで辛うじてキャパオーバーにはなっていないものの、明日もこの調子だと完全に忙殺されていることだろう。
「まさか、ここまでとはな……」
「ビール無料で飲み放題の宣伝効果、凄いですね……」
「飛行船、そろそろしまった方が良いだろうか? 回転率的にあの行列をさばくのですら限界だろうし……」
「そうですね」
あまりにも想定外に宣伝効果が上振れしてしまったので、俺たちはプロモーションを一旦区切ることにした。
「それでは私は、追加分の料理を作りに行きます」
「ああ、この感じじゃ絶対必要になるからな」
ミスティナさんが厨房に籠もったところで、俺は店内の客の様子を見て回ることに。
各テーブルからは、こんな声が聞こえてきた。
「なあ、ヤバくないか? この『寿司』とかいう料理」
「ああ、衝撃的すぎるぜ。これまで人生で食べた中で最高に美味かった料理のレベルを軽く越えてやがる……」
「おいおい、いくらBランク冒険者だからってヤバいだろ。そんなペースで1貫2000イーサもする代物を食っちゃ」
「それは私も自覚している。だが、止められないのだ」
「頼むから飯で破産とかやめてくれよ?」
「このスープ、何でできているのかはさっぱり分からんが病みつきになるな……」
「ああ……本当の食事とは、こんなにも心の保養になるもんだったんだな……」
「あれ……? 俺たち、そういえばなんでこの店に来たんっすかね?」
「決まってるだろ。この美味しい天ぷらを食うた……ちょっと待てよ。こんなメニューがあること、ここに来るまでは知らなかったはずだ」
誰も彼も、ビールの無料飲み放題を目的として店に来たはずが日本食の虜になっていた。
来店目的を忘れるくらいに食事を楽しんでくれる人さえいるなんて、嬉しい限りだな。
これならこの店はすぐに軌道に乗りそう……いや。
既に乗っていそうだな。
ひとまず安堵しつつ、俺はふと一組の客が帰った直後のテーブルを見つけたので、次の人が入れるよう片付けをすることにした。
「クリーン。収納」
空になった皿を綺麗にした後、アイテムボックスに入れる。
「おいおいおい……見たか、今の?」
「ああ。浄化魔法はともかく、空間系収納魔法を使える奴をスタッフに雇ってるだと? この店のオーナー、太っ腹すぎっしょ!」
「流石、ビールを無料で飲み放題なんて無茶をするだけのことはあるな……」
机を次の人が入れる状態にしただけなのに、なぜか俺は注目を浴びてしまった。
収納魔法の使い手、ホールスタッフとして雇うと採算が取れないくらい引っ張りだこなのか。
それは初耳だな。
まあ、今はそんなことどうでもいいとして、だ。
「ヒマリ、次を頼む」
「了解しましたー!」
ヒマリは新たな客を連れ、俺が今しがた綺麗にしたテーブルに案内した。
その客からは……今日の時点では想定していなかったタイプの注文が入った。
「ウニの軍艦巻きってやつを2つと、あと松茸の天ぷらを頼むわ。フェイサーからこの店の真骨頂は酒じゃなくて料理だって聞いたのよ」
なんと、最初からビール目当てではなかったのだ。
「聞いた」ってことは……口コミが既に広がりつつあるというのか。
まさかオープンから一時間以内に、その経路で店に来る人が出てくるとは。
これはもう、「既に軌道に乗ってそう」なんてもんじゃないな。
街全体……いや街の外にまで評判が広がるのも、秒読み状態と言っても過言ではないだろう。
米や味噌が日本人の間でくらい一般的な食材として認識されるのも、思ったより早くなるかもしれない。
一日の営業が終わって、売上を集計してみると……その額は238万イーサにもなっていた。
無料でかなり大盤振る舞いしていたし、今日だけは収益性度外視のつもりだったんだが……なんか普通にどえらい額を稼げてしまったな。
しかも俺たちの場合、労務費と種代くらいしか経費なんてかかってないので、純利益ベースですらかなり好調だ。
「良いスタートを切れた……なんてレベルじゃなかったな」
「ええ、ほんとに。想像を遥かに越えていましたよ。恐ろしいくらいに繁盛しましたね……」
ミスティナさんも、この売上を前にしては嬉しいを通り越して唖然としてしまっているようだ。
「どうでしたー? ワタシ、こんな感じで良かったですかねー?」
「ああ。お疲れ、ヒマリ。忙しくて大変だったか?」
「いえ、全然大丈夫ですよー! こっちは任してください!」
ヒマリのほうも、席稼働率や回転数的にかなりてんやわんやだったはずだが……さすがはドラゴンというべきか、その程度ではキャパオーバーにはなっていないようだ。
これなら明日以降も安心だな。
「じゃ、明日からも頑張っていくぞ!」
「「はい!」」
こうして、開店初日は俺たちにとって最高の一日となった。
ここからもっともっと、店だけでなく日本食というジャンルそのものの評判を押し上げていこう。