第77話 最初の客
そしていよいよ――開店当日。
西日が眩しいくらいの時間帯になってきたところで、俺はプロモーションを開始することに決めた。
本来、この店はランチとディナー両方の時間帯で営業するつもりなのだが、初日は夜からの営業だ。
なぜなら、プロモーションの手法的にターゲットがどうしても仕事終わりの人々になってしまうからな。
酒以外のメニューのほうがむしろ真骨頂だと知れ渡って以降であれば、昼間でも客が集まるだろうから、数日後から様子を見つつ営業時間を伸ばしていこうと思っている。
ともかく、発光装置の点灯と飛行船の打ち上げだ。
「よーし、じゃあせーので行くぞ!」
「「3……2……1……ゴー!」」
合図と共に、俺が飛行船の起動ボタンを、ミスティナさんが発光装置のスイッチを押す。
飛行船は大空に悠々と飛び立ち、アパートの屋上からは天まで突き抜ける光の柱が立った。
「いよいよこれで……実際にお客様が来店するんですね!」
「ああ、忙しくなるぞ」
お互いニヤリと笑みを浮かべ、顔を見合わせる。
俺たちはエレベーターに乗り、一階に降りた。
一階に着いてみると……なんと、既に一人の男が来店していた。
「いらっしゃいませー。こちらへどうぞ!」
その男を、練習通りに案内するヒマリ。
「ああ。なんか急に空が暗くなったと思ったら得体の知れないものが空を飛んでいて、そこに『光の柱を目指せ』なんて書いてあるもんだから探そうと思ったら目の前の建物が光ったから来てみたんだが、ここでタダ酒を飲めるんだろうな?」
「左様でございます!」
「ふっ、ありがてえ」
ヒマリの案内により、男は厨房の目の前のカウンター席に座った。
ここまでは、作戦通りだ。
「まずは何を出します?」
「そうだな……ビール一杯と共に、大トロを二貫くらい出してみるか」
俺はアイテムボックスからビールを一瓶と、大トロの寿司を二貫乗せた皿を取り出し、ミスティナさんに渡した。
ミスティナさんはそれらを受け取ると、男の前に持っていってこう説明する。
「こちらがビールと、大トロという料理の試食となります。良かったら、お醤油というこちらに置いてある調味料を付けて召し上がってみてください」
「おお、ありがとさん。……なんだこの瓶。こんなキンキンに冷えてる酒なんて初めて飲むぞ?」
男の関心は、まずビールの温度に向かったようだ。
……そういえば、この世界ではまだ冷蔵という概念が無いから、お酒が冷えているという状況自体が珍しいんだった。
「こいつはのど越しヤバそうだな。どれどれ……うっひゃあああ! 蘇るうぅ!」
男は一杯ビールを口にすると、たちまち上機嫌になってしまった。
「んで、店員さんが説明してたこれ、何だったっけな。魚の下の部分、見たこともねえ食いもんだが……ま、いっか!」
そのままの勢いで、男の関心は大トロにも向いてくれた。
「確かこの黒い液体……名前なんだったかな? を付けるんだっけ」
彼は醤油を付けると、大トロを口に運ぶ。
すると……。
「……!」
一噛みした瞬間、男は目を見開いた。
「……んだよこれ。何がなんだか分かんねえけど、美味すぎだろ……」
ゆっくり、ただゆっくりと寿司を噛み締めながら、彼は小声でそう呟く。
飲み込むと、男は興奮気味にこちらを向いてこう言った。
「ちょ、これもっとくれよ! もうタダ酒なんて関係ねえ!」
「あのこれ、普通にメニューから注文するとなると一貫2000イーサくらいしますけど本当によろしいですか?」
「一貫2000イーサか……なら三貫頼む! 懐は痛むがこの味にゃそんなこと言ってらんねえよ!」
なんと彼は、合計6000イーサにもなる寿司を勢いだけで注文してしまった。
「無料」に惹かれてやってきたはずの客がこうなるのか。
味に自信はあったが、こりゃ流石に想定外だな……。
「じゃ、これを」
「ええ」
アイテムボックスから三貫の大トロを取り出し、ミスティナさんに渡す。
それをミスティナさんがカウンターに出すと、男は少年のようなキラキラした表情で寿司に目が釘付けとなった。
「ほわあああ! 来た来たきたぁ!」
男は震える手で大トロに醤油をかけると、一貫ずつ丁寧に口に運んだ。
「やっべぇぇ……。なんでこの店、ビールで人集めようとしてるんだよ。絶対こっちを宣伝したほうが人来るだろ……!」
至福そうな表情のまま、彼はそう呟く。
ビールを集客に使っているのにはちゃんとした理由があるが……それでも、俺たちが得たかったのはこの類の反応だ。
「出だしは順調だな」
「ええ、そうですね!」
程なくして、男は寿司を三貫とも食べ終わってしまった。
「ああ……もう無い……。どうしよう、もっと食べたいけど財布があぁぁ……!」
男は体をクネクネとくねらせながら、寿司と金銭事情を天秤にかける。
ここは別の料理を出してみるチャンスだな。
「じゃあ次はこれを」
「分かりました」
アイテムボックスから取り出し、ミスティナさんに持たせたのはウニの軍艦。
「大トロをこれ以上タダではお出しできませんが、良かったらこちらも試食してみてはいかがですか?」
ミスティナさんはそう言って、軍艦をカウンターの上に出した。
「うお、またなんか得体の知れねえ見た目のもんが出てきた……。けど、この店のならもちろん食う!」
即決で、男はウニの軍艦も口に運んだ。
「うっひょおおぉぉ! なんだこの旨さはぁぁ!」
そして、大トロを食べた時と変わらぬ興奮具合を見せた。
「ああー、美味かったあ。でも、今度こそこれで終わりかぁ……」
食べ終えると、男は再び寂しげな表情を見せる。
まだいけそうだな。
あとはじゃあ、天ぷらと味噌汁でも行っとくか。
「次はこれを」
「承知しました!」
俺は海老天とイカ天、そして味噌汁をアイテムボックスから取り出し、ミスティナさんに渡した。
「もし良かったら、こちらの試食もいかがですか?」
「うおっ、またなんか新しい毛色のもんが出てきた! もうこの店で出されるとどんな未知のものでも美味そうに見えるなぁ……」
またもや至福の表情に戻った彼は、まず海老天から口に運ぶ。
「ふおおぉぉぉ……衣サックサク、中身プッリプリ!」
一口一口噛み締めながら、男はやたらと時間をかけて天ぷらを食べ、味噌汁も飲み干した。
「おおお……なんかもう俺、今日死んでも全然後悔しねえわ……」
男は満足げに会計を済ませ、店を後にした。
「あんなに美味しそうに食べていただけるなんて……! 私、これまで必死に腕を磨いてきて、本当に良かったと思いました!」
ミスティナさんはといえば、さっきの男の反応がよっぽど料理人としての矜持に響いたのか、ウッキウキで小躍りし始める。
とりあえず、幸先は最高だな。
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