第76話 開店準備と経営戦略
それから数日間は、俺は自分が知る限りの日本食のメニューをミスティナさんに教え、ミスティナさんにはひたすら料理を作らせ、調理法に慣れてもらった。
その練習の過程では何十人もの人がいても到底食べきれない量の料理ができたが、ウチにはヒマリという無限の胃袋を持つ存在がいるため、ミスティナさんが作った料理は全部余すことなく食べられていった。
ちなみにヒマリもただまかないを食べているだけというわけではなく、開店後はホールスタッフとして働いてもらえるよう、接客の仕方を学んでもらっている。
そんなこんなで、俺たちはいよいよ開店まであと一日というところまで来た。
開店前日の夕方。
俺はミスティナさんたちと共に、店が良いスタートダッシュを切れるようにするための営業戦略会議を開くことに決めた。
会議とは言っても、俺の中では既に「こうすればまあマーケティングとして間違い無いだろう」と考えている戦略が一個あるのだが。
店をメインで切り盛りするのはミスティナさんなので、俺の戦略に対するミスティナさんの考えを聞こうと思い、その場を設けることにしたのである。
「それでは、これより会議を始める」
「「よろしくお願いします!」」
会議の場には一応ヒマリも同席しているが、おそらくヒマリはビジネスには詳しくないのでただ話を聞いているだけだ。
早速俺は、まず自分の考えを述べ始めた。
「店を開くにあたってだが。俺は最初の集客のために……開店初日限りの記念として、『ビールを無料で飲み放題』という施策を行おうと思っている」
単刀直入に、俺はまず結論から話した。
ここからは、理由の説明だ。
「誤解が無いようまず最初に言っておきたいのは、俺はミスティナさんの腕前を完全に信じている。一度認知されさえすれば、客を掴んで離さない。変な小細工は使わずとも、雪だるま式に人気を増すことはできるだろう」
そこまで言って、一旦俺は二人のほうに目を向ける。
二人が軽く頷いたところで、俺は続きの説明に入った。
「だが一つ……最初期に限って言えば、俺たちの店は問題を抱えているとも思っている。それは、『知名度が無い』という点だ。店の、というよりは、料理のジャンルそのもののな」
麦茶を一口含み、喉を湿らせると、俺は更に話を続ける。
「一旦部外者の立場になって考えてみてほしいんだが、例えば全く知らない地域のエスニック料理店がオープンしたとして、初日から多くの人が足を運ぶだろうか? おそらくは……好奇心旺盛な人が興味本位でちょろっと立ち寄るくらいで、それほどたくさんの客足を確保することはできないだろう」
「なるほど……確かにそうですね」
「それでも料理店の経営だけが目的なら、黒字を出すこと自体は可能かもしれない。だが俺たちが目指すのは……料理のジャンルそのものを街、ひいては他の地域に広く浸透させ、メジャーにすることだ。そのためには、少なくとも最初だけは『みんなが既に良く魅力を分かっているもの』と抱き合わせて料理を販売し、知名度をゴリ押しで向上させることも止むを得ないと思っている」
そう。これは俗に言う「良いものを作っていれば売れる」わけではない問題の話のことだ。
商品の質は、マーケティングがどのくらいの相乗効果を発揮するかの点において非常に重要ではあるが、売れるかどうかは適切な宣伝ありきであることには変わりない。
今俺が話したのは、その意味での宣伝の重要性と、具体的な宣伝方法だ。
「とはいえ、ミスティナさんがそんな方法はプライドが許さないと言うのであれば、無理にとは言わないが。この案、どう思う?」
自分の案を説明し終わった俺は、そう尋ねて意見を伺うことにした。
ミスティナさんの料理の腕は、紛れもなく超一流だ。
だからこそ、俺が今言ったような宣伝手法は邪道だと感じるかもしれない。
望まぬマーケティング戦略を取って、ミスティナさんのモチベーションを落としてしまったら本末転倒だからな。
もしそう感じるのならば、別の戦略を考えるまでだ。
と、一応身構えてはいたのだが……。
「私も良い案だと思います。味に確信があるとはいえ、客観的に見て斬新すぎる料理を受け入れてもらえるかどうかはネックだと思っていましたから。むしろ、『一度人を集めさえすれば固定ファンを集められる』と私を信じて集客のために大盤振る舞いしていただけるなんて嬉しいです!」
どうやら杞憂だったようだ。
ならもう、あとは実行するのみだ。
「そう捉えてくれるのは俺としてもありがたい。じゃ、会議は終了だ」
他に議題も無いので、俺はそう言って会議を締めくくった。
……5分もかかってないぞ。こんなこと、前世じゃ絶対にあり得なかったな。
会議を終えた後は、実際にプロモーションを打つための準備に取りかかることに。
と言っても、何をやるかは既に決めてある。
まず俺は「特級建築術」でアパートの屋上をいじり、青白い光の柱を放てる発光装置を設置した。
そしてダンジョンの67階に赴くと、魔物を一体倒して飛行船をドロップさせた。
この階層に飛行船をドロップする魔物がいることは、あらかじめ超魔導計算機の百科事典で調べていた。
集客のために、明日やる作戦。
それは、「今日限りビールがタダで飲み放題! 光の柱を目指せ!」というメッセージを表示した飛行船を飛ばし、アパートの発光装置から光の柱を放つというものだ。
この方法でなら、街にいる誰からも「無料でお酒を飲みまくれる場所がある」という情報とその所在地がひと目で分かる。
飛行船を目にした者が、光の柱を目印にウチの店に殺到すること間違いなしだろう。
ミスティナさんにはこの間、明日出す用の寿司や天ぷら、味噌汁を作ってもらっていた(時間停止の空間
に収納すれば出来立てのまま出せるので)が、そちらも一段落ついたようだ。
「いよいよ明日ですか……」
「ああ。頑張って盛り上げような」
感慨に耽りながら、お互いにそう一言ずつ交わす。
明日が楽しみだな。