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第72話 売上が入った

 次の日は、海鮮市とミスティナさんで手分けして魚介の下処理をしていると一日が終わった。

 ちなみに俺は彼女らにそれをやってもらっている傍ら、近くの海で「超級錬金術」で大量の塩を錬成していた。


 更にその次の日。

 俺はミスティナさんに新しいレシピを教えようかと思ったが……急遽別の予定が入ったので、そちらを優先することにした。

 その予定とは……ついに「コールが農業ギルドに帰ってきた」と、シルフから連絡があったのだ。

 俺は農業ギルドに向かった。


「いらっしゃいま……あ、マサト様ちょうどいいところに! 今さっきコールさんが帰ってきたんですよ!」


「ああ、その件でここに来た」


「その件で……? あの、いったいどうやってこのことをご存知で……?」


 ……あ、そうか。キャロルさんは俺に本当にドライアド(というかシルフ)がついていることを知らないんだった。

 こんなことを言ったら不審に思われるか?


「……まあいいです。マサト様はマサト様なので、そういうこともありますよね。それではいつもの部屋でよろしいですか?」


 どうやらセーフのようだ。

「マサト様はマサト様なので」というのには少し引っかかるが、まあいい。


「ああ、それで頼む」


 そんな流れで、俺はいつもの別室に案内されることになった。

 部屋に着くと、程なくしてキャロルさんがコールを連れてやってきた。


「お久しぶりです、マサト様」


「ああ、お久しぶり」


「すみません、あんなにたくさんワイバーン周遊カード送ってもらっちゃって!」


 開口一番、コールはそう言って深く頭を下げる。


「いやいや、こちらとしても速やかに作物を売りさばいてほしいからな。当然のことだ」


「それにしても、70枚もは貰いすぎましたよ……」


「普段使いしてもらうために、『貴重だ』という認識をなくして欲しかったからな。あれでだいぶ躊躇せずに使えるようになっただろう?」


「流石にまだ使う時は手が震えますよ……。でも、とにかく急いでほしいという意思はしっかり伺いましたので、使いまくって急いできました!」


 続けてコールは、そう言って満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう。ちょうどお金が入り用になるところだったからな」


 料理店を開くためには、また新たな土地を購入する必要がある。

 それも集客のことを考えれば、今までのように郊外にではなく街の中心部にだ。

 現在、手持ちの現金は2000万イーサちょいほどあるが……それで理想の物件が手に入るかは、正直微妙だと思っていた。

 だからこそ、このタイミングでの入金があるのはありがたい。


「そうなんですね!」


「ああ。というわけで、結果を聞いていいか?」


 そう尋ねると……キャロルさんが懐から一枚の紙とワイバーン周遊カードを取り出しつつこう言った。


「ではここからは私が。まず売上金額ですが……トマトが6440万イーサ、大豆と枝豆が各240万イーサで計6920万イーサとなります」


 キャロルさんはそこで一息つき、続けてこう言った。


「マサトさんの取り分はその75パーセントですから、5190万イーサとなります。こちらをどうぞ」


 そんな言葉と共に、ワイバーン周遊カードから出てきたのは夥しい量の金貨の山。

 冒険者ギルドで売った靴の約二倍というだけあって、見た目は圧巻だった。


「こ、こんなにか……。流石専属行商人をつけただけあるな」


「いえいえ、確かに可能な限り色をつけてもらえるよう尽力はしましたけど、俺の交渉の影響なんて微々たるもんですよ。作物そのものの品質あってこその価格です!」


「まあ何にせよ、ありがとう」


「とんでもないです! むしろ交通手段から何から全てお膳立てしてもらって……。これでこんなにマージンをもらって、罰が当たらないか心配なくらいです」


 話している間に、俺は金貨をアイテムボックスにしまった。


「たった……と言うのもおかしいのですが、一番最初に納品いただいた作物だけでこれですからね。そこから追加で納品していただいた作物のことを考えると、次はどんな収入になるのか……今から楽しみでもあり、恐ろしくもありますよ」


 一方キャロルさんは、そんな感想を口にする。

 すると……コールは目を見開き、俺たち二人に交互に視線を向けながらこんなことを呟く。


「え……あの、俺が収穫物を売りさばいてた間って1か月も経ってないですよね? それで『追加で納品』とはいったい……?」


「マサト様の納品量は、加速度的に増幅するんですよ。私も意味が分からないのですが。次は今回の比にならないくらいの量を売りさばいてもらいますからね? ……ちょっと持ってくるんで少し待っててください」


「え……え?」


 狐につままれたような表情で固まるコール。

 そんなコールのもとに、キャロルさんはワイバーン周遊カードを12枚持って戻ってきた。


「このカードそれぞれに、マサト様が生産した作物や調味料などが格納されています。内訳は醤油10000リットル、ビール50000リットル、麦49トン、大豆10トン、人参322トン、じゃがいも336トン、玉ねぎ456トン、ごぼう176トン、里芋704トン、焼酎5000リットル、酢75000リットル、そしてマサト様が品種改良にて作り出した新種の穀物、米が2480トンです。今度はこれを売り切ってきてくださいね!」


 キャロルさんはそう言って、満面の笑みでカード12枚をコールに渡した。


「え、あ、あの……どういうことなんですかその常軌を逸した量は! 俺、夢でも見てるんですかね……?」


「私も何度もそう思ってますが、何度寝て目が覚めても実在するんで、これは現実です。なぜ可能なのかは、考えれば考えるほど泥沼に嵌るんで考えない方がいいと思います」


「あと、品種改良で作り出した新種の作物とはいったい!?」


「それに関しては、売るのは後回しでいいぞ。まずはその美味しさと調理法を世間に浸透させないと買い手がつかないだろうからな。そのためのプランは現在始動に向けて準備中だから、時が来たと思ったら売ってくれ」


「これだけの膨大な作物を作りながら、並行して別の事業もやろうとしているんですか!? ほんと一体何者なんですか……」


 唖然とした表情のまま、コールは12枚のワイバーン周遊カードをワイバーン周遊カードに収納した。


 ……入れ子状態にするのか。

 まあ、本人が一番紛失しにくいと思う管理方法なんだろうから、別になんでもいいのだが。


 ……あ、そうだ。

 この機会に、アレも渡しておくつもりなんだった。


「そういえば……実は他にも、売って欲しいものがあるんだが」


「「は、はい!?」」


 次の頼みを口にすると、二人の驚いた声がシンクロした。

 そんな中、俺はあらかじめ売りたいものを充填済みのワイバーン周遊カードを3枚、アイテムボックスから取り出す。


「砂糖だ。製糖方法の違いで3種類あるから、3つのワイバーン周遊カードに分けて収納している。今回はそれぞれ150000トン収納してあるから、これの販売も頼む」


 コールにカードを渡しつつ、俺は中身を説明した。

 店を開く以上多少は取っておかないといけないとはいえ、210000トンも持ってても使い切るわけがないからな。

 4分の3くらいは売りに出してもいいかと思い、準備してきたのだ。


「「さ、砂糖を150000トン〜〜!?」」


 またもや、二人の叫び声がシンクロする。


「今までのもびっくりするような生産量でしたけど、今回のは本当に何なんですかその異常な量は! 全部合わせたら国内の砂糖の年間生産量の4.5倍なんですけど!?」


「それに製糖方法って一体……。コールさん、ちょっとそれ一枚良いですか?」


 キャロルさんは上白糖が入ったワイバーン周遊カードを手にすると、1グラムほどの砂糖を取り出した。


「よもやとは思いましたがやはりですね……。この砂糖、質も現在宮廷で使われている最高品質のものを圧倒しています!」


 まあ確かに、この世界の感じだとまだ上白糖を作るような製糖技術は存在しないだろうな……。

 とはいえ、ここまで精製されていることにはメリットだけでなく、デメリットも存在するのだが。


「純度が高い分、血糖値の上昇には悪影響が出やすいだろうからな。食べすぎないようには気をつけた方がいいかもしれない」


「なるほど、そういう見方もあるんですね。でも……マサト様の砂糖となると、もしかしたらそこも克服しているかもしれません」


 キャロルさんはそう言うと、ダッシュで鑑定士を呼びにいった。

 一応自分でも鑑定してみると……あ。

 本当に糖尿病のリスクは無いみたいだ。

 そんなことを考えていると、キャロルさんが鑑定士を連れて戻ってきた。


「御覧ください、この純度を。これを450000トンも生産したらしいですよ?」


「ほ、ほう……この品質は……! どれどれ……」


 早速、鑑定士によるチェックが入る。


「『この糖の分子は体内に入るとインスリンを自己生成するため、いくら食べても糖尿病の心配は無い』、か……。末恐ろしい話じゃわい……」


 キャロルさん、コール、鑑定士の三人は、唖然とした表情で互いに顔を見合わせた。


「あの……マサト様、一つ確認したいのですが」


「何だ?」


「今までの数多の作物に加えて砂糖をお持ち込みくださったということは、かなり短期のスパンでこの量の砂糖を生産できるということなんですよね?」


「ああ、もちろんそうだが」


「ということは、もし一年間、このペースで砂糖を生産したとなると……」


「価格崩壊待ったなしじゃな。貴族御用達の高級調味料から、庶民が一番手に入れやすい調味料に急変してしまうわい」


「「「ハハハ……」」」


 ちょっとした試算の末、三人はただただ乾いた笑いを漏らした。


「そこまでやるかは、気が向いたらってとこだがな……」


「いえいえいえ、全然無理しなくていいんですよ! マサト様には、気ままに作物を育てていただけるだけでありがたすぎるくらいなんですから!」


 まあ俺も、せめて前世くらいの価格で砂糖が手に入るようにしたいって思いは無くはないんだがな。

 ただ今に関しては、そのことより料理店の方にモチベのほとんどが傾いてしまっているので、次の砂糖の納品は少し先の話となるだろう。


「とりあえず……マサト様が大量のワイバーン周遊カードを俺にくれてまで急いでほしいという理由は分かりました。俺が頑張らないと、ギルドに納品物が溜まる一方ですもんね。全身全霊で頑張ってきます!」


 話が一段落つくと、コールはそんな挨拶を口にして、次の流通に向けて出発した。

 俺も用事が済んだので、そろそろ農業ギルドをお暇することに。

 店で使う用を育てようと思い、麦と大豆の種を20ヘクタール分と、トマト、人参、じゃがいも、玉ねぎ、ごぼう、里芋を各10ヘクタール分買い、アパートに戻った。


 それじゃあ次は……これでキャッシュが増えたので、いよいよ店舗の物件を買いに行くとするか。


「ミスティナさん、これから店を構えるための物件探しに行くから着いてきてくれ」


「お……おおおついに! 待ちに待っていました!」


 これ以上無いくらいに目をキラキラと輝かせるミスティナさんと共に不動産屋へ。

 さあ、果たして理想的な物件は見つかるだろうか。


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