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第68話 歓迎会と味噌煮の再現

 挨拶の後、俺とヒマリはビールを、少女は麦茶をゴクゴクと飲む。

 さ、それじゃ今度こそ味噌煮と寿司をいただこう。


 まずはマグロの味噌煮から。

 口に入れると、とろけるような柔らかい食感と共に、味噌とみりんの絶妙な甘さのハーモニーが口の中に広がった。


 ……なんて美味さだ。

 そういえば、味噌煮って前世では基本的にサバ料理であって、マグロをこの味付けで食べたことって無かったな。

 別にサバが悪いわけじゃないし、あれはあれで好物だったんだが、やはり高級魚で作るとまた違った格別な味わいになるもんだ。


「どうだ? 食べてみた感じは」


 俺は少女に感想を尋ねてみた。


「とてつもなく美味しいです! ……って、研修でそんな感想で認められるわけありませんよね。そうですね……製法がちょっと想像つかないんですけど、もしかしてこれ、大豆ベース発酵調味料を使ってたりします? あと、糖度の高いお酒が効いてる感じもしました! しっかり甘いんですけど、砂糖だけじゃ絶対に到達し得ないお上品な甘さというか……こんなに調和の取れた料理、未だかつて食べたことがありません!」


 少女は早口でしっかりとした感想を述べた。


 ――やはり、天才だ。

 何の事前知識も無しに、味噌とみりんの正体に的確に迫ってきた。

 これは飲み込みの速さにも期待しかないぞ。


「……その通りだ。この煮物は『味噌』という大豆を発酵させた調味料と、『みりん』という高濃度のアルコールと一緒に発酵させることで糖の分解を抑えた酒が使われている。よく分かったな」


「当たってたんですね! 良かった〜、私ついて行けるか心配だったんですよ。『全治全能の神癒』を造作もなさげに使えちゃう大天才のカリキュラムに」


 解説すると、少女はそう言ってホッと胸を撫で下ろした。

 カリキュラムも何も、今日に関してはただ美味しく食べてくれるだけで及第点だったんだが。

 それに、俺は前世の経験から自分の職場は可能な限りホワイトにしようと思っているから、そんなに変なカリキュラムは組まないぞ……。


 それはそうとして、次は寿司に行ってみるとするか。

 ネタに醤油をつけ、シャリごと口に運ぶ。


「……これだぁ〜」


 口の中に広がる絶好の食感に、思わず俺はそう呟いてしまった。

 甘酸っぱい寿司飯と鮮度の良いネタが完璧に調和していて、郷土の風景が走馬灯のように脳内を駆け巡っていく。

 あの手この手で日本食再現のために試行錯誤したこれまでの努力が、このためにあったのだと俺は確信した。


「こっちの味はどうだ?」


「すごいです……完全に新しい世界が開けました。マグロの舌にあるこの穀物は一体何なんですか? こんなにモチモチしてて噛めば噛むほどいい味がする穀物、聞いたこともないんですけど!」


「それは米といってな、故郷と同じものがこっちには無かったので品種改良して作った」


「ひんしゅ……かいりょう……? はごめんなさい、よく分かりませんが、この穀物を持ち込んでいただいたことには感謝しかないです! こんな素晴らしい食べ物があるとなると、溢れるくらいいろんなパターンの料理が頭に浮かんできますもん!」


 米に関しても、無事少女に絶賛してもらうことができた。

 初めて食べるものなのに、もういろんなパターンの調理アイデアが浮かぶのか……。

 これはひととおり基本を教えたら、その先の「シン・日本料理」にまで期待できそうだな。なんちゃって。


「ヒマリはどうだ?」


「とにかくぜ〜んぶうんまいです! ごちそうさまでした!」


 ヒマリはといえば、俺が少女の感想を聞いてるうちに自分の分を食べ終わってしまったようだ。

 相変わらず食うの早いな……。

 しかし俺たちもあまり人の(竜の)ことは言えず、一通り感想を言い終わってからは爆速で食べきってしまった。

 飲み込んだそばからお腹が鳴るくらい美味しいんだからしょうがないだろう。

 食べ終わってからは、これからのビジョンについて話し合うことに。


「今日食べてもらったもの以外にも山ほど種類はあるが……まあだいたいこんな感じの料理を、君には作ってもらいたいと思っている。ウチの料理店はそんな方針にするが、構わないか?」


「もちろんです! ただ美味しいだけじゃなく、唯一無二って感じがして凄くやりがいがありそうですから!」


 少女は日本食の料理店を作るという方針を快諾してくれた。


「あ、あの……そういえば私たち、自己紹介すらまだでしたよね。申し遅れましたが、私はミスティナと言います。まだまだ未熟者ではございますが、店舗のキックオフに向けて多くの学びを吸収して参りますので、どうぞよろしくお願いします!」


「新堂将人だ。君がやる気に満ちあふれてくれてて嬉しいよ。よろしく、ミスティナさん」


「はい、マサト様!」


「呼び方はマサトさんでいいぞ」


 キャロルさんに様付けで呼ばれるのはまだ取引先だから違和感無いのだが、ミスティナさんは内部の人間になるからな。

 フラットな関係を保つために、俺はさん付けを励行することにした。

 ……願わくば前世でもそういう風通しが良い企業に入りたかったものだが、まあそれは今言ってもしょうがない。


 あ、そうだ。

 ホワイト企業を標榜したいのであれば、福利厚生もしっかりしないとな。


 内容は……そうだな、選択肢はたくさんあるほうが良いだろうが、そこは追々やっていくとして、まずは交通手段から行くか。

 ミスティナさん、家まで遠いからな。

 最初に渡したワイバーン周遊カードはすぐ回数が切れてしまうだろうし、ここらで100枚セットでもあげておくと良さそうか。

 別に通勤の便の話であれば、社宅としてこの街のアパートを借りてあげる手もなくはないんだがな。

 まだ未成年だし急に親元を離れる感じになってしまったので、できれば実家から通えるに越したことはないだろうし。

 ミスティナさんの実家からここまでの距離を考えれば、乗り合い馬車で通勤というのは現実的じゃないし、やはりワイバーン周遊カードが最適だろう。

 これでは福利厚生というよりただの交通費(というか交通手段?)支給のような気もするが、家との往復だけでなく休日の小旅行とかにも使えると考えれば、福利厚生の一つと言って差し支えない……はずだ。


 何にせよ、ミスティナに必要なものに変わりはないので、可及的速やかに準備しないとな。


「じゃあ、ちょっと出かけてくる。そんなには遅くならないから、ここで待っててくれ」


「承知しました!」


 アパートを出ると、俺は「飛行」でダンジョンに向かった。

 そしてエレベーターで160階層に降りると、熊を一体倒してカードケースを入手し、「乱数調整」でワイバーン周遊カードとして開封した。

 そうして手に入れたワイバーン周遊カードを手に、アパートに戻る。


「ただいま。待ったか?」


「いえ、ヒマリさんと話してたら一瞬でした!」


「そうか、それは良かった」


 ヒマリとも仲良くなれそうなことに安心しつつ、俺はアイテムボックスから百枚組のワイバーン周遊カードを取り出す。


「それは……?」


「今後の通勤用のワイバーン周遊カードだ。実家から通うのに役立ててくれ」


 俺はそう言って、ミスティナさんにカードを渡した。


「え……えええええ!?!? そ、そんなもの頂けないですよ……」


「なぜだ? 家からここまで遠いだろう?」


「そ、そんなの泊まり込みで働けばいい話じゃないですか。わざわざ通勤のためだけに国宝級のカードを百枚もだなんて……」


「オフィスに泊まるのは、根絶やしにすべきブラック企業の悪しき慣習だ。それが俺の故郷で一番嫌なことだったのに、そんなことさせるわけないだろう。あと、もうワイバーン周遊カードは百枚単位でザクザク取れるから、国宝だなどと思わなくていい」


 ここまで説明するも、なぜかミスティナさんはカードを受け取ろうとしない。


「そこまで仰ってくださるなら分かりました。でも……流石に怖いです。もし紛失したらと思うと……」


 あ、そこが懸念点か。


「であれば、今使ってるのとあともう一枚だけ持っててくれ。一枚使い切ったら、一枚支給しよう。帰宅したタイミングでカードの回数限界が来たら次の日の出勤に支障をきたすから予備は一枚持っててほしいが、それくらいなら大丈夫か?」


「そうですね……それであれば!」


 そんなこんなで、交通手段の支給方法が決定した。

 一応時間を確認してみるも……流石にまだ終業時間とするにはちょっと早そうだ。

 西日が眩しいくらいの時間を定時にするとして、それまでの間は色々とレシピを教えるとするか。


「じゃあこれから、今日食べてもらったものの作り方を説明しようと思うがそれでいいか?」


「もちろん、それが一番ありがたいです!」


 こうして俺は、マグロの味噌煮や寿司のレシピを紹介したり調味料や米に関する詳しい講義をした後、試しにミスティナさんに味噌煮を作ってもらった。

 そうしていると定時になったので、まかないとしてミスティナさんに一部を持って帰ってもらうことにした。

 ミスティナさんが帰った後は、ヒマリと二人で味噌煮を食べた。

 まだ初回だというのに、ミスティナさんが作った味噌煮は俺が調理したものより良い出来だった。

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