第6話 農業ギルドに登録した
ひと悶着あったものの、何とか街に入れた俺は……とりあえず、身分証を作れそうな場所を探すことにした。
問題は、どこに行けば身分証を作れるのかだが……これに関しては、ある程度予測が立っている。
というのも、門番の人、指輪について説明する際「各業種のギルド職員や領主様くらいしか探知はできません」とか言っていたからな。
おそらくギルドと名の付く場所が役所のような役割をしていて、そこで身分証も発行することができるのだろう。
ドライアドの「言語自動通訳」は視覚にも影響するのか、看板の文字は全て読めるので……俺はそれを頼りに、ギルドの建物がどこにあるか探し回ることにした。
すると、十分くらいして……俺は最初のそれっぽい建物に出くわすことができた。
「農業ギルド バーデラ支部」と書かれた看板が立っている、そこそこ立派な建物だ。
農業ギルド、か。
奇しくもついさっきまで「自給自足で気ままに暮らしたい」と思っていた社畜の目の前に現れるのが、このギルドとは……もはや運命みたいなものだろうか。
確かギルドって、「組合」みたいな意味だったはずだし……せっかくなら、最初に作る身分証は自分が一番お世話になりそうな業種の会員証が良さそうだしな。
ここで身分証を作ってもらえるか、聞いてみることにしよう。
というわけで俺は、「農業ギルド バーデラ支部」の建物に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー。本日は、どのようなご用件ですか?」
建物に入り、受付のカウンターに並ぶと……受付の女性が、明るい声で話しかけてくれた。
「身分証を作ってもらいたいんだが……ここで合ってるか?」
また貴族と思われても面倒なので……俺は慣れないタメ口で用件を伝える。
するとその女性は、俺が指にはめている魔道具をチラ見すると……理由を察し、こう答えた。
「流浪の民の方とかですかね。もちろん作れますし、作っていただければその指輪も回収いたします! ですが……当ギルドでとなると作るのは農業ギルドの会員証となりますが、よろしいですか?」
この女性は、俺が聞きたいと思っていた情報を、こちらから尋ねるまでもなく全て伝えてくれた。
どうやら相当仕事のできる方のようだ。
「ああ。よろしく頼む」
もちろん俺はそのつもりで来ているので、了承の返事をする。
「分かりました。ではこちらに、必要事項をご記入ください!」
すると受付の女性は、必要事項を記入するための用紙を俺に手渡した。
必須の情報は……名前と年齢、そして犯罪歴の有無だけか。
あとは任意で、住所や特殊植物栽培資格の有無を書く欄もあるが……こと住所に関しては必須だと非常に困るところだったので、任意で助かった。
まあそこを必須にしていると、俺みたいな人が来た時、住所を得るか身分証を得るかで「鶏が先か卵が先か」みたいな話になるから任意にしているのだろうが。
とりあえず一つずつ埋めていくと……名前は新堂 将人、年齢は24、そして犯罪歴はナシだ。
森に来てからは当然のことながら、日本にいた時だって、未成年飲酒の一つも犯したことはない。
流石に「ドラゴンを従えるのは犯罪です」とか言われたらもうどうしようもないが……まあもしそうならそもそも門番の時点で捕まっているはずだし、逆説的に考えてそれはないだろう。
などと考えつつ、俺は必須の項目を全てうめて受付の女性に渡した。
「かしこまりました。ではしばらくあちらでお待ちください」
そう言われ、待合の椅子に案内されたので、しばらくそこで待つ。
十分くらいすると……。
「シンドウマサト様ー!」
受付のほうからそう呼ばれたので、俺はまたカウンターに向かった。
「こちら、農業ギルドの会員証になります。ところでですが……シンドウマサト様って、シンドウが姓でマサト名なのですか?」
受付の女性は、俺に会員証を手渡しつつ……そんな質問を投げかけてくる。
「そうだ。……あ、貴族じゃないぞ。そういう文化の地域から来た人ってだけだ」
答える際、門番との会話が脳裏をチラついたので……俺は補足を入れつつそう答えた。
「かしこまりました。では、普段はマサト様とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「ああ」
日本の感覚だと「新堂様」の方が合ってる気がするが、郷に入っては郷に従えということわざもあるくらいだし、訂正はしないでおく。
これで登録完了か。
やっと指輪が外せるってわけだな。
そう思い、俺は左手の人差し指にはめている指輪の魔道具を引き抜こうとした。
が……ここへ来て最後に、一つ問題が生じることに。
「承知しました。登録料は1000イーサとなりますが、ただ今お持ちでしょうか?」
なんとこの会員証、登録料がかかるようなのだ。
当然俺は森に来て以降一文無しだし……もっと言えばイーサとかいうお金の単位に馴染みがなさすぎる。
「あー、すまない。今手持ちのお金が無いんだが……どうすればいい?」
まさか、せっかく作ってもらったこのカード、無効になってしまうんだろうか。
心配しつつ、俺はそう質問した。
「あー、そのようなケースですと……とりあえず、登録料のお支払いは猶予することができます。ですがその間は、そちらの魔道具はつけたままでいていただく決まりですので、できるだけ早くお支払いください」
すると受付の女性から返ってきたのは、そんな答えだった。
よかった。とりあえず、支払いは猶予してもらえるのか。
となると……これから俺がすべきことが決まったな。
まずやるべきは、資金調達だ。
問題はその手段だが……幸いなことに、偶然俺は即金性の高い資金調達手段を一つ持っている。
「分かった。手持ちのお金は無いが……換金できそうなものは持っているので、すぐにお金は用意しよう。ところで一つ聞きたいんだが……ドラゴンの鱗って、どこで買い取ってもらえるんだ?」
そう。俺の資金調達手段といえば、収納に入っている例の逆鱗だ。
とはいえどこで売ればいいのかが見当もつかないので、俺は受付の女性に質問してみることにした。
「え……なんでドラゴンの鱗なんか持ってるんですか? まあ詮索はいたしませんけど……一応冒険者ギルドが質屋的な業務も行っておりますので、行けば買ってもらえるのではと」
すると受付の女性は、若干引き気味になりつつも、そう答えてくれる。
……冒険者ギルドなんて場所があるのか。
散々ステータスウィンドウを見といて今更な気もするが、ここは随分とゲームっぽい世界なんだな。
「ありがとう。……ちなみに単身世帯の一か月の食費って平均いくらくらいだ?」
「3万イーサです! っていうかそれ、お金の相場を知るための質問なんでしょうけど……ドラゴンの鱗を売って登録料に満たないなんてことは、まずあり得ませんよ」
最後に貨幣価値を聞いてみると、だいたい1イーサ≒1円くらいになることが分かった。
分かりやすくてありがたいな。
その質問を最後に、一旦俺は農業ギルドを後にすることにした。
さて、冒険者ギルドの位置は……あっ、農業ギルドの看板の裏、街の地図になってるな。
場所を把握した俺は、そこに向かって移動を始めた。