第56話 栽培可能な松茸
じゃあ今すぐ「アミロ17」の苗を手に浮遊大陸へ……行ってもいいのだが。
正直、一旦は米にありつけて満足できたので、栽培のモチベがめちゃくちゃあるかというとそうでもないんだよな。
どうせ、食べたいと思えばいつでも数十分と経たず収穫物にありつけることはできるんだし。
それよりも、実は今俺の興味はちょっと別のところにある。
何かというと――品種改良だ。
米を改良していてちょっと楽しかったので、何でも良いから超魔導計算機で別の改良もやってみたい気分になったのだ。
かつては理系大学生だったくらいだしな。
仮説を立てて試行錯誤して結論を導く作業は、もともと好きなのだ。
研究室レベルとなるとあまりにも難易度が高すぎて、文転直前期は嫌いになってしまっていたが、正直今となってはあの頃すら懐かしい良い思い出。
久しぶりにそれっぽいことをやって、少しテンションが上がってしまった。
というわけで、何の作物を品種改良するか決めよう。
「さーて、どうするかな」
なんとなくアイテムボックスの中身一覧でも見ながら、しばし俺は品種改良する作物の候補について思案した。
パッと思いつくので言えば……じゃがいもの病害虫耐性強化なんかが挙げられるな。
しかしそれは、恵みの雨+成長促進剤で一気に育てる俺たちのスタイルだと正直どこまでプラスになるのかちょっと疑問だ。
調理工程のことなどを考えれば、「切っても涙が出ないたまねぎ」なんかを開発してみるのも面白そうか。
確かそれなら硫化アリルの含有量をゼロにするだけでできそうだし、栽培スタイルに関係なく役に立つ改良だと言える気がする。
しかし……うーん。
硫化アリルをゼロにするだけというのは、言い換えれば簡単すぎてつまらないということでもある気がするな。
なんというか、せっかくこんな高機能な品種改良アイテムを持っている以上は、もっとこう前世の科学の範疇では考えられないような、突飛な品種改良をやってみたいような。
などと悩んでいると、ふと俺の脳内に画期的なアイデアが舞い降りた。
……そうだ。松茸を人工栽培可能にする、なんて面白そうじゃないか?
そもそも松茸が前世の高級キノコだったのは、ただ単に味が良いからというだけでなく、希少性が高い茸だからというのがその理由だ。
そしてなぜ希少だったかというと、松茸は生きているアカマツにしか生えない、人工栽培が不可能な茸だったからだ。
ということは、その点を解消してやれば、俺は前世でなかなか手を出せなかった高級キノコを何の気兼ねもなくたらふく食えるようになるというわけである。
これこそまさに、超魔導計算機でやるに相応しい画期的な品種改良と言えるだろう。
どのように品種改良するかだが……確か松茸が品種改良できないのは、松茸が菌根性のキノコだからだったはず。
キノコはその栄養のとり方によって、死滅した木や落ち葉の養分を分解して吸収するタイプの「腐生性」と、菌糸が木の根の周りにとりついて木から栄養をもらうタイプの「菌根性」に分けられるのだが、後者の菌根性は栽培方法が確立されていないのだ。
百科事典などを使えば、「菌根性キノコの栽培方法を確立する」という方向性でも人工栽培を可能にできそうだが……品種改良で攻めるなら、「松茸を菌根性から腐生性に変える」という方針が王道か。
やることもなんとなく見えてきたし、早速始めるとしよう。
まずは、元となる松茸を見つけるところから。
俺はヒマリに頼み、以前山菜を採りに行った山に連れて行ってもらった。
今の時期だとこの山に松茸は生えていないのだが、それは単に子実体ができていないというだけで、菌糸自体は存在するから何の問題もない。
アカマツを見つけると、俺は「顕微」と「鑑定」の二つのスキルを併用し、根元にとりついている菌糸を一個一個チェックしていった。
程なくして、俺は松茸の菌糸を発見することに成功した。
「超級錬金術」
即席で検体採取用の専用スワブを錬金して、その菌糸を採取する。
原木を栽培するため、挿し木用にアカマツの枝を一本だけ折って収納すると、俺は一旦アパートに戻ることにした。
アパートに着くと、超魔導計算機を取り出し菌糸をウェブカメラで取り込んでみる。
すかさず、画面上には塩基配列の羅列がズラリと表示された。
パラメータ調整を開き、検索バーにて「栄養のとり方」と入れてみると、サジェストに「腐生性/菌根性」という項目が出てきた。
今回のパラメータは今までみたいにバーを動かすタイプではなく、どちらか一方にチェックマークを入れるタイプのようだ。
現状「菌根性」にチェックが入ってるところを、「腐生性」にチェックを入れ直す。
作成した遺伝情報に「培養可能松茸」というファイル名を付け、.sprの拡張子でエクスポートした。
「これ、この遺伝情報に変えてくれ」
そう言って俺は、スワブをシルフに渡す。
「「「おっけ~い!」」」
遺伝情報を食べると、シルフたちは松茸の菌糸の遺伝子を書き換えてくれた。
これで品種改良完了。
あとはこの菌糸で種駒を作り、原木を育てたら下準備は完了だな。
アパートを出てアルティメットビニルハウスを展開し、先ほどの菌糸を目標栽培植物にしていしてから、成長促進剤を滴下する。
菌糸が一気に膨大な量となったので、俺はそれを適度なサイズでちぎり分けてたくさんの種駒を作った。
次はアカマツの原木だ。
浮遊大陸に移動し、折ってきた枝を地面に刺すと、俺はシルフたちに頼んで極小範囲の恵みの雨雲を展開してもらった。
成長促進剤1A10YNCを一缶投入するとそこそこのサイズに成長したが、まだまだサイズが足りないと思ったので、二缶ダビングしてそれらも撒き、計三十年分成長させた。
魔法で幹を切断し、七本ほどの原木を作成する。
これでやっと、全ての準備が整った。
それじゃ、待望の松茸の栽培だ。
七本の原木全てに適度な数の穴を開け、種駒を埋めていく。
それらの原木をムカデ組みという組み方で並べると、成長促進剤400HA1Yを一缶取り出した。
「みんな、この原木の上だけにいつもの雲を出してくれ」
「「「は~い!」」」
恵みの雨雲が出現すると、注入口から成長促進剤をちょろっとだけ投入する。
それからしばらく様子を見ていると……原木から、大量の茸がニョキニョキと生えてきた。
「……よし、もう大丈夫だ。雲はそのまま出しておいて、雨だけ止めてくれ」
「「「りょーかーい!」」」
収穫できるサイズになったところでシルフたちに雨を止めるよう指示し、それから生えたキノコを全部狩っていく。
「……じゃあもう一度雨を降らせてくれ」
しいたけの原木栽培と同じように、一つの原木から複数回の収穫ができるのではという期待から、俺は収穫後の原木に成長促進剤入りの雨を降らせてみることにした。
すると……目論見通り、原木から二度目の子実体が姿を現す。
うん。試してみて正解だったな。
それ以降、俺は二回ほど収穫→降雨のルーティンを繰り返した。
もっと何回でも生えさせることはできそうな雰囲気だったが、限界まで繰り返していると回を重ねるごとに質が落ちるという点も考慮し、高品質な松茸が取れそうな回数に留めておくことにした。
結果、今回収穫できた松茸の数は計276個。
売るとなると少ないが、自分たちで食べる分には有り余るほどの量を確保することができた。
「……上出来だ」
心地よい達成感を胸に、俺はその場で大きく伸びをする。
気がついてみれば、もう日が沈もうとするような時刻になろうとしていた。
この後米の本格栽培もやろうかと思っていたが、どうやらそれは明日に回したほうが良さそうだな。
今日のところは農作業はこれでおしまいにして、夜ご飯を作って食べるとしよう。