前へ次へ
43/78

第43話 たのしいBBQ

 三十分くらい経つと、見覚えのある海が見えてきた。

 日が経っているからか、表面にはまた薄氷が張っている。


 前来た時と同じ要領で右ストレートを放つと、氷は完全に粉々になった。

 まあそりゃ長年かけてできた分厚い氷相手でもできたことなんだから、そりゃそうなると思っていたが。


 早速海の中に入ると、俺は飛行スキルで泳ぎ回りながらの探索を始めた。

 狙いは牡蠣や貝類、あとは海老系統だ。

 しばらく海の中を進んでいると……海底付近で、面白そうなものが目に入った。

 ハマグリを直径十メートルくらいまでに相似拡大したような、巨大な貝だ。

 見るからに美味しそうだが……さっきのハチミツの件もあったばかりだしな。

 食用かどうかは、一応ちゃんと鑑定しておかないとな。


「鑑定」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ●エンシェントメレトリクス

 数千年の時をかけて肥大化したハマグリ。

 味も通常のハマグリに比べ旨味が凝縮されていて美味であるが、旨味成分にイボテン酸も含むので人間が食べるには注意が必要である。

 またMPが2000を下回る者の場合、食べすぎると魔素中毒で体調を崩す恐れがあるので注意

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 どうやらハマグリの仲間という予想は当たっていたようだ。

「旨味が凝縮されていて美味である」というお墨付きがもらえて何よりだ。


 イボテン酸が含まれるとなると、キャロルさんとかにお裾分けするのは難しそうだが……過去にベニテングタケ入り茶碗蒸しを食べて平気だったんだし、俺が食べる分には問題なさそうだ。

 魔素中毒に関しても、俺もMPは10000を超えているし、ヒマリやヒマリのお母さんも多分大丈夫だろう。


 というわけで、捕獲だ。

 奇しくもちょうど目の前にいるのは三匹なので、全部捕獲すれば数もピッタリだな。

 鮮度のことを考えると……今の段階ではまだ殺したくない。


 前クラーケンがそうだったように、俺のアイテムボックスは仮死状態の生物を収納できるんだし、こいつらもそうやって捕らえておくとしよう。

 確か貝系の生き物って、冷凍にすれば仮死状態になるんだったか。

 この海で生きている以上普通のハマグリよりは寒さに強そうだが、それでも耐えきれないくらい低音にしてやればいいだろう。


 何かちょうどいい魔法はないか。

 人生リスタートパックから適当に魔法を探していると、「フリーズ」というまんまそれっぽい魔法があったので、それを使ってみることにした。

 すると……エンシェントメレトリクス周辺の水が、完全にカチンコチンになった。

 その氷は相当低音なようで、周囲の水もつられてどんどん凍っていき、氷の体積は時間とともに大きくなっていく。

 これは早いとこ収納した方が良さそうだ。


「収納」


 これ以上氷が大きくなってしまう前に、俺はサッサと氷の塊をアイテムボックスに入れた。

 そして海から上がり、浄化魔法で服を完全に乾かす。


「何か良いの見つかりましたー?」


「ああ。とびきり高級な海鮮が手に入ったぞ」


「それは楽しみです!」


 期待を高めるヒマリと共に、俺たちは洞窟への帰路につく。

 また三十分くらいすると、ヒマリのお母さんが待つ洞窟が見えてきた。


 ◇


 洞窟に着くや否や、早速俺はバーベキューの準備に入ることに。

 最初に用意するのは、七輪だ。

 それも……普通の七輪ではなく、メガサイズの七輪を作る必要がある。

 獲ってきた貝は直径十メートルもあるし、炭だって直径二メートルほどある巨木を輪切りにしただけだからな。


 そんな七輪、どうやって入手するんだって話だが……ちょうど俺には、七輪作成にぴったしなスキルがある。

 特級建築術だ。

 七輪とはいえ、そんな超巨大サイズともなれば、もはや建築物と言っても差し支えないだろう。


「一つ聞きたいんだが……この洞窟のすぐ側に一つ建築物を作りたいんだが、作ってもいいか?」


 建築に入る前に、まず俺は(おそらく)この土地の所有者であるヒマリのお母さんに許可を取る。


「もちろんだ。お主の自由にしてくれ」


 許可はあっさり取れたので、俺は洞窟の外に出て七輪建築に取り掛かることにした。


「特級建築術」


 巨大七輪をイメージしながらそう唱え、スキルを発動する。

 すると……三分くらいで、思ったとおりの七輪が完成した。

 飛行スキルで七輪の上部に移動し、焼き網を押しのけて中に入ると……アイテムボックスから炭を取り出し、入るだけ入れる。

 それが済むと、俺は洞窟の中にヒマリたちを呼びに行った。


「できたぞ」


「できた……とは?」


 声をかけると、ヒマリのお母さんは不思議そうにそう聞き返してくる。


「さっき言った建築物だ。まあ正確には、建築系のスキルを使って作ったってだけで、作ったものは調理器具なのだが」


「な……この短時間でか!?」


 ヒマリのお母さんが驚く中、俺たち全員で洞窟の外に出て七輪のところに向かう。


「こ、これをたった一瞬で……」


「マサトさんならこれくらいやるよ。ちょっと前なんか、ダンジョンの中にもっとどデカい建築物を作ってたくらいだもん」


 実物を見て唖然とするヒマリのお母さんに、ヒマリはなぜかちょっと得意げにそう説明するのだった。



 さて、ここまで来たらいよいよ着火だ。

 雪が積もるほどの寒さだし、普通にやったら火が回るのに何時間かかるんだってくらい炭は巨大だが……幸いにも俺たちには、この炭に簡単に着火する方法なんていくらでもある。

 俺が炎系のスキルでやってもいいのだが、せっかくだしここはヒマリに協力してもらおう。


「一つ頼みたいんだが……いいか?」


「何でしょう?」


「あの穴からブレスを撃ち込んでくれ」


 そう頼みつつ、俺は七輪の送風口を指した。

 すると……ヒマリはキョトンとした表情で、こう返す。


「え……? まあマサトさんが作った物ですから、建造物の方はワタシのブレスごときじゃ壊れないとして。それでも炭の方は、灰になっちゃいませんかね……?」


「そのへんは上手く調整してくれ」


 ヒマリは不安げな様子だが、それでも俺はそう言ってヒマリの裁量に任せることにした。

 俺が知る限り、ヒマリはDEX極振り型のドラゴンだからな。

 なんだかんだ言って、器用に着火に丁度いい火力を調節して出してくれるだろう。

 ……と言っておいてなんだが、こういうのはDEXよりINTの方がものを言ったりして。

 まあ失敗したって、予備の炭はある。


「まあそう言うなら……やってみます!」


 ヒマリはそう言うと、ドラゴンの姿に戻った。

 そして送風口に向かって、ブレスを発射する。

 直後……天高く火柱が舞い上がった。

 が、それも数秒のこと。

 ブレスそのものが終了すると、七輪を超えて舞い上がる炎はなくなり、七輪の中からはパチパチと小気味良い音が聞こえてくるのみとなった。

 上空から確認してみるも、炭は原型を留めたままで、いい感じに全体が赤熱している。

 どうやらヒマリに頼んで正解だったようだ。


「バッチリだ」


「良かったですー!」


 そしたらいよいよ、網の食材を乗せていくとしよう。

 七輪から少し離れたところで、俺はアイテムボックスから氷漬けとなった貝及びロングソードを取り出す。

 そして……「氷を全て取り去る」と意識しながら、俺は剣を使って貝の周囲の氷を削ぎ落としていった。

 すると……十数秒も経つ頃には、周囲の氷は綺麗さっぱり削ぎ落とされた。

 じゃあ次は、網に乗せる前にまず解凍だな。


 ハマグリは本来、冷蔵庫でゆっくり解凍するのがセオリーらしいが……この場所、気温が冷蔵庫と一緒くらいだしな。

 時空調律魔法でちょっとばかし時間を進めてやれば、いい感じに解凍できるだろう。

 殺してはいない仮死状態なので、時空調律魔法で時間を進めたからって鮮度は落ちないし。

 デカいので解凍には時間がかかると思い、一応何十時間か時間を進める。

 それから貝を七輪の上に持ってきて、網の上に乗せた。

 あとは焼けるのを待つのみだ。



 数十分経つと……ようやく貝が開いてきた。

 そろそろ食べごろのようだ。


 ……っと、そういえば。

 よく考えたら、あんな巨大な貝を置ける食卓を用意するのを忘れていたな。


「特級建築術」


 七輪の隣に、俺は巨大なテーブルを建築する。

 その上に、程よく焼けた貝を移動させた。


「うおおおお! 美味そうですー!」


「こんな食べ方があったとはな……。実に興味深い」


 ヒマリもお母さんも、待ちきれなさそうな様子だ。

 俺は貝にドバドバと醤油をかけていった。

 ドバドバとは言っても、それはあくまで貝が巨大だからであって、体積比で言えば普通のハマグリにかける分より少ないくらいではないのだが。

 俺は三つの貝のうち、他の二つより気持ちちょっと小さめの貝を食べることにした。

 俺は人間だから一番小さいのでも全く食べ切れる気がしないが、俺以外はドラゴンだからな。


「では、いただきます」


「いただきます!」


「いただきます……とは?」


 食前の挨拶にすっかり慣れたヒマリと対照的に、ヒマリのお母さんは若干困惑した様子。

 まあそれはともかく……早速一口目といこう。

 普段ならハマグリくらい一口でパクリといくのだが、流石にデカすぎるので一口大に分けてから口に運ぶ。

 すると……。


「……!」


 何というジューシーさ。

 口に入れた瞬間から、凝縮された濃厚な旨味が脳天まで突き抜けた。

 更に一噛み、二噛みしてプリプリとした食感を楽しむ内にも、中からどんどん旨味が出てきて口を満たしていく。

 喉越しも抜群で、俺は三回と噛まないうちにゴクリと身を飲み込んでしまった。

 普段はそこそこよく噛んで食事するタイプなんだが……上質な貝に限っては、思わずチュルンといってしまうんだよな。


「ん〜〜〜〜〜まっ!」


 ふと横を見ると……ヒマリは両手で頬を押さえたまま、幸せそうに体を左右にクネクネさせていた。


「我が生涯で、まだこんな美食にありつける機会が残っていようとは……」


 ヒマリのお母さんは感動して涙を流しているが、こちらはたぶん別の感慨も混じってそうだ。

 そんな二人の様子を見ていると。


「でも……このままじゃ、いつまでたっても食べ切れませんね」


「そうだな。せっかくだし、一口でゴクリといかせてもらおう」


 そう言ったかと思うと……ヒマリもヒマリのお母さんも、ドラゴンの姿に戻った。

 ヒマリのお母さんのドラゴンの姿はさっき浮遊大陸を取りに行ってもらう時一瞬見ただけだが……改めて見てみると、ほんと二匹ともそっくりだな。

 そんな感想を浮かべている間にも、二匹は貝を丸ごと持ち上げ……中身を一気に口に入れた。

 流石ドラゴン、豪快だな。


「ぷはーっ! 最高!」


「本当にツルンと胃の中に入ってしまうものだな……」


 ……いつまでも見てないで、俺もそろそろ二口目をいこう。

 それから俺は、お腹がいっぱいになるまでひたすら自分の貝を食べていった。

 流石に身だけでも俺の全身の体積よりデカいので、もちろん全部とはいかなかったが。

 ちなみに残った分は、ヒマリがウズウズした様子で何度も「マサトさん、そろそろお腹いっぱいですか?」なんて聞いてくるので、あげることにした。

 まったく、大した食欲だ。


前へ次へ目次