第40話 治療の結果
それから約四時間後。
到着した先は、うっすらと雪の積もる寒めの山だった。
とは言っても、見た感じの植生が亜寒帯っぽいってだけで、俺自身はVITのおかげで肌寒く感じたりとかはないのだが。
見渡す限り、辺りは針葉樹ばかり。
どっちを見回しても同じような景色ばかりで、自分一人だと簡単に方角を見失ってしまいそうだ。
まあ今はヒマリがいるので、遭難することはまずないだろうが。
などと思いつつ歩いていると……突如として、目を疑うような現象が起きた。
周囲の木が、一斉に七色に光りだしたのだ。
「うおっ、なんだこれ?」
まさかこんなところにイルミネーションかと思ったが、どう見ても光っているのは木そのもの。
異世界となると、こんな訳の分からない植物が生えているのか。
ちょっと鑑定してみよう。
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●ゲーミングモミ
MP1000以上の人間を感知すると虹色に発光しだすモミ。
神代の古竜のゲノム編集により生み出された非天然植物。
通常のモミより若干繫殖力が強いなめ、年々生息域を拡大中
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鑑定してみると……だいぶ思ってたのと違う説明が出てきた。
異世界特有のファンタジー植物かと思ったらゲノム編集かよ。
いったい誰が何の目的でこんなくだらない特性のついた木を作ったんだ。
……ん、待てよ。
「誰が」の部分はワンチャン分かるかもしれないな。
ヒマリの本来の名前は「神代の紅蓮竜」。
この木の製作者である「神代の古竜」は、名前的にヒマリの親戚である可能性が大いにある。
「なあヒマリ、この木いったい誰が作ったんだ?」
「あー、これはワタシの母ですね」
やっぱりそうだった。
「何の目的でこんなものを?」
「何の目的でというか……これは副産物というか、失敗作みたいなものですね。ワタシの母は白魔病の治療薬を作ろうとして、色々な実験を行ってたんですが……中にはアルヒルダケの代替品を作るための品種改良実験もありまして。その実験の一環でこの木も作られたんです」
「……なるほどな」
「この辺には他にも、数々の実験失敗の末できた変な副産物がいっぱいありますよー」
ヒマリのお母さん、余命が尽きるのをただ指を咥えて待っていたわけではないということか。
五大極悪疾病だのまず治らない難病だの言われているとはいえ、精一杯の抗う努力は怠らなかったと。
そう聞くと、なんというかこの目がチカチカする木に対する見方も変わってくるな。
生きたい気持ちの結晶だと思うと、なんかこう、グッとくるものがある。
などと感慨にふけりながら、俺はヒマリの後をついてしばらく歩いていった。
すると……急に視界が開け、目の前に洞窟が見えてきた。
「母はこの中にいます」
洞窟に入ると……中にはベッドがあり、その上では「もしヒマリが人間だったら15年後こんな感じだろう」って感じの女の人が寝息を立てていた。
ベッドの周囲には、魔道具っぽいものがたくさん置いてある。
あれがヒマリのお母さん……なんだよな。
なぜ人化した状態で過ごしているのかは分からないが。
それはともかく……このベッドの周りの数多の装置はいったいなんなのだろう。
おそらくこれも実験の産物なんだろうが……こうやってベッドの近くに配置してるってことは、完全な失敗作というわけではなく、ある程度の効果が見込める何かといったところだろうか。
などと思いつつ一応解析してみると、次のような結果が出た。
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●竜工魔力透析装置
神代の古竜によって発明された、魔力を浄化する作用を持つアーティファクト。
白魔病の対症療法として、一定の効果を有する。
ドラゴンが使用した場合は、余命を10年程度伸ばすことができる。
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やはり、白魔病に対して有効な装置だという見立ては合っていた。
とはいえ……ドラゴンの寿命から考えると、10年って多分誤差みたいなもんだよな。
そこまでメチャクチャ効くわけではないが、一応発明してきた物の中では一番マシなのでとりあえず使っている、といったところだろうか。
「お母さんひさしぶり」
「おお……帰ってきたのか」
ヒマリが声をかけると……お母さんはうっすらと目を開けて、弱弱しい声でそう返した。
ヒマリのタメ口はちょっと聞きなれないが、まあそりゃ親子間の会話で敬語は使わないよな。
「どうして人間の姿で寝てるの?」
「装置の小型化のためだ」
なるほど、そういう理由だったか。
確かにそれなら人化したまま寝てるのも納得だな。
久しぶりの再会っぽいし、二人ともしばらく親子水入らずで話したいだろうから、俺は装置の構造でも見ながら世間話を聞き流しておくことにした。
といっても、装置のメカニズムなど分かるはずもないので、ただ外観を眺めるくらいのことしかできないが。
そうこうしていると、二人の会話は本題に入ったようで、こんな声が聞こえてきた。
「実はね、白魔病の特効薬ができたんだ」
「……な!?」
それまでの弱った様子からは想像もつかないほどの勢いで、ヒマリのお母さんはガバリとベッドから起き上がる。
「い……いったいどうやって!?」
「普通にセオリー通りに作ったよ。この人がアルヒルダケを育ててくれたから、それができたんだよ」
「なんと……アルヒルダケの育成に成功する者が出てくるとは……」
まさかの正攻法だったことを知り、絶句するヒマリのお母さん。
「ほら、これ。とりあえず飲んでみて」
ヒマリはそう言って、収納魔法で特効薬を取り出した。
早速ヒマリのお母さんは、それを一口で飲み干した。
それからは――文字通り一瞬だった。
「感じる……身体がみるみる軽くなる……」
アナフィラキシーショックに対するアドレナリン筋注かよ。
そうツッコみたくなるほどの驚くべき即効性だ。
「しばし待っておれ」
ヒマリのお母さんはそう言うと、ベッドの下をしばらくガサゴソして、一本の注射器を取り出した。
それを腕に刺し、ピストンを引いて採血すると、注射器を激しく10回ほど振る。
注射器の中には試薬でも入ってたのか、中の血は真緑に変色した。
それを見て、ヒマリのお母さんはこう呟いた。
「うむ、間違いないな。これは確実に完治した証拠だ」
どうやら注射器は白魔病の検査キットだったようだ。
五大極悪疾病などという仰々しい名前が付いている病が、治る時はたったの数十秒とは。
ここまで劇的なものだとは思っていなかったので、ちょっとビックリだな。
何にせよ……とりあえず、これで一件落着か。
「お母さん……良かった……!」
ヒマリはそう言って、お母さんに抱きついた。
アルヒルダケを育てたのは俺だが、揃った材料をもとに薬を完成させたのはヒマリだもんな。
親族の病気が完治ってだけでもめでたいのに、それが自作の薬の成果とあっちゃ、その喜びもひとしおだろう。
そんな中……ヒマリのお母さんは、こちらに視線を向けた。
「ところで……お主がアルヒルダケを育てた者なのだな。名はなんという?」
「マサトだ」
「ふむ……病気のせいでよく見えておらんかったが、ドライアドをテイムしておるのか。そんなことが可能な人間がこの世におるとは……」
そんなことを言いつつ、俺の周囲のドライアドたちに目を向けるヒマリのお母さん。
白魔病、視力も落ちる病気なのか。
「お主からは底知れぬ力を感じる。私でさえ、いったいどれほどの力の持ち主なのか想像がつかんほどに。これならアルヒルダケの育成に成功したと言われても納得するしかできんな」
再び俺に視線を戻したヒマリのお母さんは、そう言って話を締めくくった。
まあ実態はといえば、そのステータスのほとんどは、ドライアドたちによって指数関数的に増幅させられたものなのだが……。
ヒマリのお母さんは、今度はヒマリの方を向き直り、こう問った。
「この方とはどう出会ったのだ?」
「えっと……」
その質問に、ヒマリは急に言いよどむ。
うん、その気持ち分かるぞ。
喧嘩が最初の出会いだったとか、お母さんの前で言いにくいよな。
「変わった魔法を試した時、目が覚めたら森の中にいてな。たまたま目の前にいたので、街まで運んでくれと頼んだんだ。そこから仲良くなったってところだ」
俺はそう言って助け舟を出してやることにした。
それを聞いて、ヒマリはあからさまにホッとして肩を力を抜いた。
「そうか……我が娘にそんな出会いがあったおかげで、私は救われたのだな……」
一方ヒマリのお母さんは、しみじみとそう呟くのであった。