第37話 増産決定だ
空になった刺身の皿に浄化魔法をかけ、アイテムボックスにしまうと……次に俺は、ビールを取り出した。
……そうだ。また鑑定士に言われて、後から気づくのもアレだからな。
今のうちに自分で鑑定しておこう。
すると、こんな説明文が表示された。
———————————————————————————————————————————
●老化防止ビール
抗酸化成分アルティメットポリフェノールを含ことで、老化防止効果を持つビール。
一日633㎖までであれば、アルコールによる悪影響より老化防止効果が上回るので、飲んだ方が健康的である。
20代から毎日適量を飲み続けた場合、最大で寿命が1.5倍に
———————————————————————————————————————————
なんというか、不老トマトの下位互換的な位置付けだな。
まあそれでも、「酒であるにも拘わらずある程度までであれば健康的である」って時点で十分凄くはあるのだが。
健康に気を遣う人でもある程度までは罪悪感なく飲めるってのは、結構デカいかもしれないな。
などと思っていると、鑑定士も同じタイミングで鑑定していたらしく、こんなことを呟いた。
「なんと……。こんな素晴らしいお酒、もっと前から出会いたかったのう……」
……別に歳取りたくないだけなら不老トマトでよくないか?
あくまでこれは「酒にしては健康的」って位置付けに過ぎないし、不老トマトなら老化を完全に止められるのだから、20代からとか関係なくいつから食べ始めても寿命は無限大にできるんだし。
「不老トマトでよければ、ここの関係者になら卸売価格で売るぞ?」
「む、むぅ……言われてみれば、確かにあれもそういう効果だったか」
「ただまあ、もしそれを買うとしたら、また次にマサト様が不老トマトを育てた時にってなるでしょうけどね。既にコールさんが売りに行った分は、間違いなく完売するでしょうから」
「その時もまたドライアドが味方してくれればいいんじゃがのう……」
まあ、その点は心配ないのだが。
というかこの鑑定士、一応は御伽噺の存在ってことで話を進めているはずのドライアドを、完全にいるものとしちゃってるよな……。
だからといって不都合があるわけではないので、別にいいのだがな。
それより、問題は試飲の方だ。
いくら健康効果があっても、味がこの世界の人受けするかどうかで、売り物になるかどうかの判断は大きく変わるだろうからな。
まあビールより遥かに賛否が分かれそうな醤油の方が無事いけた時点で、多分大丈夫な気はするのだが……一応確信は得ておきたい。
「で……飲んでみてくれるか?」
「もちろんじゃ。是非飲んでみたいわい」
「私は……どうしましょうか。試飲したい気持ちはありますけど、この後の業務もありますし……」
「酒に弱いなら解毒はできるぞ」
「……じゃあ私も」
アルコールに解毒魔法など邪道もいいとこだろうが、業務に支障をきたしそうならそうも言ってられないからな。
そんな条件で、二人に飲んでみてもらうことにした。
すると……。
「ぬおぉ……なんという舌触りの滑らかさ。こんな酒、かつて飲んだことがないわい」
「喉ごしも最高ですね。こんなにキンキンに冷えたお酒を飲める機会なんて滅多にないですから……」
二人とも大満足してくれたようだった。
キャロルさんに関しては、ビールそのものより温度に対する感想になってるような気もするが……。
もしかしてこの世界、冷蔵庫がないせいで「冷やした酒を飲む」という習慣がなかったりするのだろうか?
俺の場合、冷却魔法で冷やしたものを即アイテムボックスに収納していたため、冷えたものを出すことができたが……別にそうでなくても、飲むタイミングでその都度冷却するのでもいい気はするのだが。
「冷えた飲料の提供要員として冷却魔法が使える人を雇うと顧客満足度が上がります」とか飲食店にアドバイスしたら、コンサル料がとれるかも……なんつって。
まあそこまでしてお金がほしい状況でもなくなったので、あまりやる気にはならないがな。
ともかく、大事なのは売れそうだってことが分かったことだ。
醬油のみならずビールの方も、増産決定としよう。
などと思っていると……ふとキャロルさんが、こんな疑問を思い浮かべた。
「そういえば先ほどの『醬油』なる調味料なんですけど……。話せる範囲で構わないんですけど、いったいどんな製法であんなものが出来上がったんですか?」
「ザックリ言えば、麦と大豆と麹を混ぜ合わせて発酵させた」
「麴……?」
「あー、発酵に使った微生物、といったところだな」
「び、微生物……新種を発見したってことですか!? 生物にまで詳しいなんて……ほんと死角がなさ過ぎて怖くなってきますよ、マサト様」
実態はといえば、前世の知識を引っ張り出してきただけなんだがなあ……。
別にそんな生物全般に詳しいわけではないので、買いかぶられすぎてしまったかもしれない。
「というか質問しといてこう言うのもアレですけど、そんな機密事項教えてくれちゃって大丈夫だったんですか? もちろんマサト様が黙っておいてくれとおっしゃるなら門外不出としますが」
「別にそれは大丈夫だ」
今の情報が漏れたところで、麹の育成方法が分からなければどうしようもないんだしな。
真似する人などそうそう出てはこないだろう。
それにそもそも、俺は醬油を独占的に製造して利益を独り占めしようなどというつもりは一切ない。
そこにこだわらなくても、生きていくためのお金には困らなさそうだからな。
むしろ俺としては、美味しいものを食べれることの方が重要なので、もっと上質なものを作れる競合が出てくるなら大歓迎だ。
やれる人が出てくるかどうかは別として。
まあ、何にせよだ。
醬油もビールも売れそうだと分かった以上……やることはもう決まったも同然だな。
「ところで一つ聞きたいんだが。コールって、次いつこのギルドに帰ってきそうだ?」
段取りを決めるために、まず俺はキャロルさんにそう質問した。
「そうですね……。流石にまだ、出発から十日ちょいしか経ってませんし。少なくともまだあと三週間くらいは帰ってこないんじゃないですか?」
するとキャロルさんからはそんな答えが。
……三週間か。
二日後とかに帰ってくるなら、増産に取りかかっている間にとりあえず今ある在庫を試飲用としてばらまいてもらって、見込み客を集めることも検討しようかと思ったが……そんなに期間があると、増産の方が先に済んでしまうな。
となると、今ある在庫をギルドに置いてはいかなくていいか。
どうせ流通開始までに同じ日数がかかるなら、アイテムボックスにしまってた方が保存状態は良いんだし。
「分かった。じゃあ今回は麦だけ置いていって、醤油とビールは増産分も合わせて次回まとめて納品しよう。というわけで、また麦と大豆の種を売ってもらえるか?」
「わ……分かりました。今すぐ用意いたします!」
鑑定士とはここで別れ、俺とキャロルさんは受付に戻り、キャロルさんに種を用意してもらった。
種代の支払いを終えると、キャロルさんに解毒魔法をかけ、農業ギルドを後にする。
お金が入ったから、忘れないうちにローンを完済しとかないとな。
というわけで、俺は次の行き先を不動産屋に決めた。