第31話 不動産屋にて
というわけで、俺は不動産屋にやってきた。
この不動産屋は、かつて俺がアパートを借りるために利用したのと同じところだ。
ここではアパートの貸し出しの他、新築の戸建てを建てたい人用に空き地も売っている。
そんな空き地を一個買って、工場を建てようというわけだ。
「いらっしゃいませ~。本日はどんな物件を見に来られましたか?」
「あー、今回は物件じゃなくて、空き地を見に来たんだ」
「なるほど、分かりました……。では場所によって坪単価が変わりますので、こちらを見てどの場所がよろしいかお決めください」
受付で用件を伝えると、俺はカタログを渡された。
坪単価は普通に街の中心部ほど高く、郊外ほど安いようだ。
どんなところがいいかとパラパラと見ていると……俺は自分のアパートの近辺に、坪単価8万イーサ、40坪ほどの空き地を見つけることができた。
「これにしたいんだが」
「承知いたしました! お代は320万パースとなります」
買う商品を伝えると、受付嬢は請求金額を口にした。
俺の手持ちに、そんな大金を支払うほどの現金はない。
だが実はここで、利用したことのある不動産屋に来たということが大きな意味を持つことになる。
この不動産屋……利用履歴がある客は、年利1%でローンを組めるのだ。
しかも利息がかかるタイミングは満一年が経過する瞬間なので、俺のように直近で一括払いできるだけのお金が入る予定のある者の場合、実質無利息で支払いを猶予してもらえる。
さらにありがたいことに……この不動産屋の場合、保証人がつけられない人の場合でも、アイテムを担保に入れることで保証人の代わりにできる制度まである。
「ローンを組みたい。質はこれでいいか?」
そう言って俺は、アイテムボックスからワイバーン周遊カードを一枚取り出した。
コールたちの反応から考えるに、これが320万パース分の価値もないということは多分ないだろう。
もともとこれはコールに渡そうと思って取ってきたものではあるが、まあまだ残り9枚あるし、万が一金が払えずこれが没収されたとしてもまた取ってくればいいだけの話なので、別に問題はない。
「分かりま……はぇっ!?」
受付嬢はカードを見ると、素っ頓狂な声を出して目を丸くした。
「あの……これってあの伝説の、ワイバーン周遊カードですよね……? たった320万パースの担保のためにこんな代物を質に入れるって、本当に大丈夫なんですか?」
「質に入れられそうなものがこれしかないからな」
「い、いやしかし……もし万が一返済が滞った時は、こちら没収することになるんですよ!? そうなったら逆にこちらが申し訳なくなるレベルなのですが……」
「と言われても、保証人にできる人もいないしな……。まあこのカード自体は何枚も持ってるから大丈夫だ」
「何枚もって……世界にたった五枚しかないカードと記憶しているのですが……」
質に入れるには過ぎたるものだったようで、しばらくそんな押し問答が続いてしまったが、最終的にはこの条件で契約することができた。
「ま……またのご来店お待ちしております……。これを没収してしまうのはあまりに忍びないので、絶対返済してくださいね?」
「もちろんだ」
震える手でワイバーン周遊カードを持つ受付嬢とそんな挨拶を交わすと、俺は不動産屋を後にすることにした。
さあ、次は工場建設だ。
買ったばかりの土地にて……早速俺は、特級建築術を発動する。
工場は四階建てで、一階は刈った麦の乾燥・脱穀をする場所に、二階は小麦粉を、三階は醬油を、四階はビールを製造する場所にする予定だ。
スキル発動にあたって、俺は四階建ての建物と各階の必要な設備を思い浮かべた。
いずれの工場設備も、どんな工程があるかはほとんどバッチリ覚えている。
なぜなら新卒就活の時、嫌というほど見た会社説明会の映像が記憶に残っているからだ。
何を隠そう、俺は就活開始当初は食品メーカー志望だった。
年間休日も有休取得率もバッチリの、ホワイトで有名な業界だからな。
今思えば、客先常駐からしか内定をもらえないような奴が大手食品メーカーを志望するなど無謀もいいとこだったわけだが……そんな高望みをしていたおかげで今工場が再現できようとしているのだから、当時の自分には感謝しないとな。
などと考えている間に、みるみるうちに建築は進んでいき、気づけば四階建ての立派な建物が完成していた。
中に入ってみると、それぞれの部屋にちゃんと必要な設備が出来上がっていた。
特級”建築”術なのに産業用機械まで作れるのかという部分は若干不安ではあったのだが、杞憂だったようだ。
計画が根本からおじゃんにならなくてよかった。
これで材料も設備も整ったことだし、下準備は全部完了だな。
あとは、麦の収穫を待つのみだ。