第26話 寒い海へ
アルヒルダケと麦の植え付けを行った翌日は、諸々のアイテムの補充のためダンジョンで狩りをした。
三時間ほどの討伐作業の末、俺はダビングカード1枚、ワイバーン周遊カード10枚、そして成長促進剤1HA3Mを6缶手に入れることができた。
そして更にその翌日。
日課である、ドライアドたちとの畑の水やりを終えた俺は、暇を持て余して昼まで部屋でゴロゴロしていたのだが……そんな時ふと俺は、やりたいことを一つ思いついた。
「……そうだ、海に行くか」
そう、魚釣りだ。
天ぷらが食べたくて、俺は今小麦を育てているわけだが……どうせなら野菜天のみならず、魚介系の天ぷらも食べたいからな。
今のうちに、アジとかエビとかイカとかを調達すればいいんじゃないかと思ったのだ。
まず俺は、ヒマリに連絡を取ることにした。
一昨日の別れ際……ヒマリは、アルヒルダケが成長するまでに調薬の準備をすると言っていた。
もしヒマリがそれにかかりきりなんだとしたら、移動手段として来てもらうのを優先させるのもアレだが……果たして、その進捗はいかほどなのか。
『ヒマリ、今って調薬の準備中だよな?』
『いや、それなら昨晩終えましたよ! アルヒルダケ以外の材料は一般的なものばかりですし、調薬器具とかは以前から母が収集してたので!』
しかし電話してみたところ、ヒマリは既に調薬の準備を終えていることが分かった。
となると……呼びつけても大丈夫そうだな。
『じゃあちょっと、来てもらえるか? 行きたいところがあるんだ』
『分かりました!』
ホッとしつつ、俺はそうヒマリに伝えた。
一応「ワイバーン周遊カード」を持っている以上、自分一人で海まで移動するのも不可能ではないのだがな。
俺にはこの世界の土地勘がないので、やはり可能なら地理に詳しい者に運んでもらいたいと思っていたのだ。
ヒマリの機動力と、ドラゴンとしての膨大な経験知があれば、俺の要望通りのところに連れていってくれるだろう。
などと思いつつ、俺は出かける準備を完了させた。
◇
ヒマリに乗ると……まず俺は、こう指示を出した。
「この星で一番寒い海に連れていってくれ。そこで魚介類を獲りたい」
一番寒い海、と指定したのには理由がある。
魚というのは、水が冷たい地域にいるものほど、脂が乗っているからだ。
どうせなら、可能な限り美味いものを食べたいからな。
ただ海というだけでなく、狩場にもこだわろうというわけである。
「一番寒い海……その条件なら、どんなところでもいいんですね?」
「もちろんだ。魚介類が一匹もいないところだと本末転倒なので、そこだけは避けてほしいがな」
「……分かりました! じゃあアソコしかないですね」
意味ありげにヒマリはそう言うと、一気に加速しだした。
そして、長い空路の旅が始まった。
四時間くらいして……ようやく俺たちは、ヒマリが目指していた場所に到着できた。
「……ここです!」
ヒマリが減速する中、下を覗いてみると……そこは辺り一面凍っていた。
まるでテレビで見るカナダ北部の海のように、海全体が一枚の板氷で覆われているような感じなのだ。
これは……期待できそうだな。
海底まで完全に凍っていたら元も子もないが、ヒマリに「魚介類が棲める環境」と指定しているので、そんな本末転倒なオチはないだろう。
とりあえず、氷を割ってみよう。
俺はヒマリから飛び降り、着氷寸前で思いっきり右ストレートを放った。
パンチの衝撃により、砕けた氷が宙を舞って視界が真っ白になる。
それから三十秒くらいが経過すると……再び辺りの様子が見えるようになってきた。
氷は半径500メートルほどにわたって完全に砕け、水面が表出していた。
海面からは海の中の様子が少し見えるのだが……期待通り、そこには結構たくさん魚がいるようだ。
「はー、やっぱりできちゃうんですねー」
海中の様子を見ていると、高度を下げてきたヒマリが、呆れたようにそう口にした。
「まあ半分分かってたことですけど。『ヴィアリング海の永久海氷』を素手で粉々にできるなんて、やっぱりマサトさんどうかしてますよ」
投げやりな口調で、ヒマリはそう続ける。
「有名な海なのか?」
「ええ、それはもう。マサトさんの条件を聞いて真っ先に思い浮かべるくらいには。海の生物もかなり豊富なはずですよ。……なにせ有史以来、ここの氷を破って漁業をしようなどと考えるのはマサトさんくらいなんですから」
遠い目でそう言ってから、ヒマリは「ワンチャンいけると思ったワタシもマサトさんに毒されすぎかもしれませんが」と続けた。
……漁業に適さない海と知りつつ連れてきたのかよ。
まあ海氷を割れたので、結果オーライ、というかむしろグッジョブだが。
「ありがとうな。じゃあ、何か獲るとしよう」
そう言って俺は、ここでの漁法を思案し始めた。
まず俺が最初に考え付いたのは、素潜りだ。
俺のVIT、あのビニルハウス内の環境に耐えれたくらいだからな。
暑さが大丈夫なら、同じ要領で水の冷たさも平気なことだろう。
泳ぎは上手い方じゃないが……別にそれは「飛行」スキルでどうとでもなりそうだし。
「浄化」スキルには服を完全に乾かす効果もあることが分かっているので、特に脱いだりはせず、このまま飛び込んで大丈夫なはずだ。
……と、そこまで考えた時だった。
俺の両腕に、何かが絡みついてきた。
よく見ると……それは、イカの足のようだった。
足の先端でさえ太ももくらいの太さがあるので、さぞかし巨大なイカなことだろう。
「幸先いいですねー。それクラーケンですよー」
などと思っていると、ヒマリは棒読みな声でそう言った。
……クラーケン、幸先いいのか?
重要なのはサイズより味なんだが。
クラーケン、あんまり美味しそうな名前の響きじゃないぞ。
……いや。そういう偏見はよくないのかもしれないがな。
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