第22話 専属行商人がついた
作物の効能の異常さについての話がひとしきり終わると……今度は、話題は流通の件へと移っていった。
「この作物……間違いなく、専属行商人を用意する必要がありますよね」
「無論じゃ。これほどの作物を、彼ら経由無しに一般流通させるなどあってはならんわい」
まずはキャロルさんと鑑定士の男が、いきなり聞いたこともない単語を出して話し始める。
「……専属行商人ってなんだ?」
気になったので、俺はそう言って話に入っていった。
するとキャロルさんが、こう説明してくれた。
「専属行商人とは……簡単に言うと、一般流通品に比べ明らかに質の高い作物などを、適正な価格で販売するために販路を分ける制度の事です。専属行商人は特定の農家の作物を、いわばブランド品のような扱いで各市場に高く売ってくれます」
……なるほど。
要は俺の特殊や薬効を持つトマトや黒豆を、行商人単位で普通のトマトや黒豆と差別化して、高値で売りさばいてくれるということか。
そんなことをしているとコストもかさみそうだが……追加コストよりも売上の増分の方が高くつくと、キャロルさんたちは判断してくれたのだな。
「ありがとう。ギルドに加入して間もない俺にまで、そんな制度を使わせてもらえるなんてな」
「あの、これに関しては善意とかそういう次元の話じゃないですよ。マサト様の作物——特にトマトの方なんかは、寿命延長という点においてはエリクサーさえも凌ぐ代物ですから。これは『販路を分けた方が儲かる作物』とかじゃなくて、もはや『一般流通に混ぜてはいけない作物』の範疇です」
お礼を言うと、キャロルさんにツッコまれてしまった。
更に彼女は、こう続ける。
「あと強いて言えば、今回に関しては生産者保護という観点もありますかね。この作物……生産者が特定されると、良からぬ輩に狙われたりしかねませんから。これほどの作物なら通常の何十倍、いや何百倍もの値がついてもおかしくないですから、行商人に入れるマージンもそれ相応となります。専属行商人には、莫大な手数料を得る代わりに身を挺して生産者情報を守ってもらいましょう」
最初の雰囲気はどこへやら、彼女は物騒な話で説明を締めくくった。
そう聞くと、なんか怖いな。
下でも一億、VITやDEXに至っては常時無料対数にしている以上、頭では絶対安全だろうと分かるのだが……それでも尚、暗殺者が来たりしたらと思うと気味が悪い。
『みんな、アパートに不審者が来たら夜でも起こしてくれよ』
『『『まかせてねー!!』』』
とりあえず考え付く対策として、俺はドライアドたちに見張りを頼むことにした。
もちろん人がいる場所でなので、通信を介してである。
ドライアドは他人から見えないし、数も多いので、見張りとしては最適だろう。
人間形態のヒマリでもボディーガードとして住ませるともっと安心な気もするが……実際の戦闘能力の差や、良からぬ人側にドラゴンを探知できる人がいるリスクとかを考えたら、むしろ逆効果な気もする。
まあどうせ、専属行商人とやらがちゃんとしてくれれば全部杞憂に終わるはずだし……あとは、まだ見ぬ専属行商人にどう恩を売っておくかだけ考えておくとするか。
まあそれはワイバーン周遊カードを喜んでもらえれば、ほぼ達成な気もするが。
「では……儂からギルド長に報告して、専属行商人を手配してもらうとしよう。もちろん、ギルドで最大級信頼のおける者を、な」
などと考えていると、鑑定士の男はそう言って倉庫を去っていった。
それからしばらく、俺とキャロルさんは専属行商人が来るのを待つこととなった。
◇
十分後。
俺とキャロルさんが待つ倉庫に……一人の青年がやってきた。
「なるほど、コールさんですか。これ以上ない適任者ですね!」
その青年を見て……キャロルさんはそう口にする。
コールというのは……彼の名だろうか。
キャロルさんが「これ以上ない適任者」と評するあたり、かなり信頼の置かれている男なんだな。
などと思っていると、彼が口を開いた。
「初めまして、マサト様。これから専属行商人を務めさせていただきますコールです」
そう言って一礼すると、彼はこう続ける。
「俺には、スキル『霧化』もありますので。マサト様の情報保護に関しては、安心してお任せください」
「……霧化?」
一体どういうスキルなのだろう。
疑問に思っていると、今度はキャロルさんが口を開いた。
「せっかくなので、私たちが彼を信頼する経緯も含め、説明しますね。まず、スキル『霧化』ですが……これは文字通り、霧に変身し、空気の通れる場所なら自由に移動できるようになるスキルです」
「なるほど」
「そして、コールさんがこのスキルを手にした経緯なんですが……実は彼、特殊能力を持っている妹がいるんです。彼の妹はその能力目当てで、とある犯罪組織に狙われてしまったんですね。なので彼は、妹を一時的に人里離れた場所に匿ったのですが……彼自身が犯罪組織に捕らえられてしまい、尋問を受けることになりまして。でも彼は決して居場所を吐くことはなく、そればかりかそのタイミングで『霧化』が覚醒し、犯罪組織から逃げて拠点を通報するに至ったのです」
キャロルさんが話し終えると、コールは一度だけ深く頷いた。
話は簡潔にまとめられていたが……すごい壮絶な話だったな。
彼の生い立ちを聞き、俺が最初に抱いたのはそんな感想だった。
しかし……確かにそれなら、ギルド職員一同が彼を信頼するのも頷ける。
スキル「霧化」の便利さもさることながら……そのスキルそのものが、彼が信頼できる男であることの証みたいなものだもんな。
願わくば彼には、幸せになってほしいものだ。
もしも俺の依頼がらみでピンチになることがあったときは、助けに行けるようにしておきたいものだが。
『わたし、かれをみまもるやくについてもいいよー!』
などと思っていると、ドライアドのうち一匹が、通信でそう名乗り出てくれた。
『ありがとう。じゃあ、頼む』
そう俺が通信で返すと、そのドライアドは彼の肩に止まった。
次は……俺が自己紹介する番だな。
「俺はマサトだ、よろしくな。まずは友好の証として……これを受け取ってくれ」
そう言いつつ、俺はアイテムボックスからワイバーン周遊カードを取り出し、彼に渡した。
「……これは?」
「ワイバーン周遊カードだ。いろんな街に売り歩くのに役立ててくれ」
「ワイ……なっ!?」
するとコールは、口をあんぐりと開けて固まった。
「ワイバーン周遊カードって……世界にたった五枚しかない移動用周遊カードですよこれ!? こんなもの畏れ多くていただけませんよ!」
そして数秒の間を置いて、彼はそう続ける。
……あれ。
それだと、鑑定に書いてあることと矛盾する気がするんだが……どうなってるんだ?
「これって流通業者に大人気なんだよな? それなのに、世界にたった五枚しかないってどういうことなんだ?」
「このカード……有史以来人の手によって取られたことが一度もないカードなんですよ。ですから世界に現存するのは、おそらく古代文明か何かによって遺された五枚のみなんです。確かに移動・輸送手段としては世界最高峰レベルですし、流通業の人なら誰しも欲しいと思ってますが……あまりにもったいなさ過ぎて、国家クラスでの有事でもなければ普通、実際の使用はあり得ません!」
聞いてみたところ、このカードは、「流通業者に人気」は嘘ではないものの実際にはあまり使用されていないようだった。
「それなら気にしなくていいぞ。これは俺がダンジョンの80階層で見つけた……いわば六枚目のカードだからな。貴重な古代の遺品じゃないから気兼ねなく使ってくれ」
「……」
一応俺はそう説明しつつ、コールの手にカードを挟んだのだが、彼は絶句したままぎこちなく頭を下げたのみだった。
「80階層で新規のワイバーン周遊カードを……。成長促進剤1HA3Mなんてものを持ってる理由が、なんとなく分かった気がしました……」
静寂の中、今度はキャロルさんがそう言って遠い目をした。
これは……初手で恩を売れた判定でいいんだろうか。
ま、人気なのは確かなんだし、上手くいったと思っておこう。うん。