第21話 医薬品級作物は普通じゃなかった
農業ギルドの倉庫に着くと、キャロルさんはブルーシートが敷かれた場所を指しつつこう言った。
「では……こちらに収穫物をお出しください」
その指示を受け、俺は無詠唱でアイテムボックスを開き、取り出す作物の量を選択する。
そうだな……トマトは28トン、枝豆と大豆はそれぞれ800キロくらいでいいか。
残った端数だって一人で食べきるには途方もない量だが、アイテムボックスに入れてさえいれば新鮮なままなんだし、とりあえずキリのいい量だけ売りに出すってことで。
などと思いつつ、アイテムボックスの画面の操作を終えると、ブルーシート上に夥しい量の収穫物が出現した。
「ほ、豊作ですね……。私には、とても初心者が1ヘクタールの面積で栽培した量とは思えません。普通、初心者の技術だとこの7割くらいしか採れないんですが……」
「成長促進剤で過程をすっ飛ばしたから、技術とか関係なかったんだろうな」
驚くキャロルさんに、俺はそう補足した。
本当を言えば、ドラゴンの草木灰とかの影響もあってのプロ級の収穫量なんだろうが……それを話すと別の意味で大ごとになりそうだし。
「とりあえず、収穫物の等級選別をしますね。——ソーティングテレキネシス」
一度深呼吸をした後、キャロルさんはそう言いつつ、右手の掌を収穫物の方に向けた。
かと思うと……目の前で、不思議な現象が起き始めた。
ブルーシートの上のトマトや豆が勝手に動き出し、一定の量ずつカゴに入っていきだしたのだ。
しかもよく見ると、ただランダムに動いていってるわけではなく、似たようなサイズの作物が同じカゴに集まるようになっているのが分かる。
ソーティングテレキネシス……名前や現象から察するに、念力で野菜を等級別に分類するスキルってとこか。
便利なスキルもあったものだな。
ちなみに同じスキルが人生リスタートパックにないか探してみたが、残念なことに見当たらなかった。
「便利なスキルだな」
「農業ギルドの人間なら大抵持っている……というか基本的には、このスキルが発現した人が農業ギルドに就職する、ってパターンが多いんですよ。というかマサト様こそ、病害や欠粒がゼロなんて凄すぎですよ?」
なるほど、順番的にはスキルの発現ありきで農業ギルドへの就職が決まった、というわけか。
病害や欠粒が皆無なのは、明らかにドライアドの恵みの雨のおかげだな。
と、そこで……俺は、ここに来たら聞こうと思っていたことがあったのを思い出した。
危ない危ない、大事なことを忘れるところだった。
「ところで一つ聞きたいんだが……トマトを食べたら不老になったり、黒豆を食べたら目が良くなって望遠スキルが手に入るのって普通のことなのか?」
昨晩の鑑定の衝撃的な事実を思い出しつつ、俺はそう質問した。
するとキャロルさんは、ポカンとした顔でこう聞き返した。
「……はい? 一体何の話をしてるんです?」
「なんか収穫した野菜を鑑定したら、そんな文言が出てきたんだが……。この世界の野菜って、そういうもんなのか?」
そう質問し直してしまってから……俺は「しまった」と思った。
日本の野菜とこの世界の野菜の対比のことだから、つい「この世界の野菜って」なんて言い方をしてしまった。
これは失言だったな。流石に違和感を持たれたか?
……と、思いきや。
「え、あの野菜そんな効果があるんですか!? ちょっとそれは……鑑定士さん呼んでくるんで、ここで待っててください!」
先ほどの発言に関する心配は、奇跡的にも杞憂に終わったようだった。
キャロルさんは「この世界の野菜って」の部分には一切ツッコまず、鑑定士とやらを呼びに行ってしまった。
しばらくすると、キャロルさんは綺麗な顎髭を蓄えた壮年の男を連れて戻ってきた。
「伝説の野菜とは……これじゃな?」
そして男は、俺の収穫物を指しつつキャロルさんにそう尋ねる。
いやあの、「伝説の野菜」って……。
しかしまあ、少なくとも「野菜に超医薬品級の健康効果があるのはこの世界でも普通じゃない」というのは、彼らの反応を見る限り確からしいな。
……何がどうしてそうなったのかは疑問だが。
などと思案しつつ、少し待っていると……男は鑑定を済ませるや否や、口をパクパクさせて震えだした。
「こ、ここここれは……」
呂律すら回らなくなった口で、男はただ一言そう呟く。
しばらくして……男は俺と目が合うと、こう質問してきた。
「一体どうやったらあんな代物が育ったんじゃ。お主、特殊作物栽培資格は持っておるのかのう?」
「いや、持ってないが……そんなものは必要ないはずだ。だって育てるのに使った種は、ここで買った普通の品種だからな」
男の質問を聞いて、一瞬違法栽培とかで咎められるのかとヒヤッとした俺は、一応そう弁解してみた。
「彼の言っていることは本当です。このトマトと大豆の種は、私が売りましたから」
それに続き、キャロルさんもそう証言してくれる。
「普通の種……じゃと? もしそれが事実なら、伝説の妖精ドライアドの所業でもなければ説明がつかんのじゃが……。アレが人間に味方するなど聞いたこともないが……」
そんな男の発言を聞いて……ようやく俺は、合点がいった。
あの薬効の正体、「ドライアドの恵みの雨」だったか。
確かあの雨、「植物の特性を強化する」みたいな効果があったしな。
リコピンもイソフラボンも、トマトや黒豆に含まれる成分だし、それがあの雨でウルトラ化したとすれば全て説明がつくだろう。
植物の特性を強化なんて、意味が分からなかったのでスルーしていたのだが……まさかこれほど重要な効果だったとは。
……うん。ドライアドをテイムしてることに関しては、秘密にしておいた方が良さそうだ。
この雰囲気だと、何ならドラゴンより大ごとになりそうだからな。
幸いにも俺がテイムしたドライアドたちは、他人には姿が見えていないみたいだし。
「じゃあ……そのドライアドとやらの、気まぐれじゃないか?」
嘘は言っていない、これは叙述トリックだ。
なぜなら「転生樹の匂いがしたからテイムされた」なんて、ほぼ気まぐれみたいなもんだからな。
などと苦しい言い訳を脳内に浮かべつつ、俺はそう言った。
「あの2人とも、当然のように御伽噺の生物を実在のものであるが如く語るのやめません? まあそう信じたくなる気持ちも分かりますけど……」
……って、御伽噺の存在扱いなのかよドライアド。
とはいえ……ドライアドの存在を隠すためだけに、せっかくの全自動水やり&害虫・雑草駆除にも等しい効果に頼らないなど考えられないからな。
いつまでごまかしが効くかは分からないが、バレたらその時はその時というスタンスで、今後もがっつり協力してもらって農作に励むとしよう。
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