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第2話 ステ値無量大数になった

 次に目が覚めた時には……周囲の風景は、森へと変わっていた。

 自宅でもなければ、病院に運び込まれたわけでもなく……大自然の真っ只中だ。


 ここは一体どこなのか。

 というより、一体何がどうなって俺はこんなところに来てしまったのか。


 これだけでも十分意味不明なのだが……状況整理のため周囲を見渡すと、俺は更に非現実的な光景を目にすることとなった。

 ——ステータスウィンドウが、空中に浮遊しているのだ。


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 新堂 将人

 職業:農家

 HP:10/10

 MP:10/10

 STR:5 VIT:5 DEX:5 AGI:5 INT:5

 スキル:人生リスタートパッケージ

 特記事項:摂食(転生樹の実)

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 どうやら俺のステータスらしいのだが、書いてあることが無茶苦茶だ。

 まず俺の職業は社畜であって、農家ではない。

 農家——というか自給自足の生活は願望ではあるが、現実ではないのだ。


 それに各種パラメーターもちょっと何言ってるのかよく分からないし、最後の二行に関しては、あたかも俺が転生でもしたかのような言い草だ。

 何だ、転生樹の実って。俺が食ったのは病気のミニトマトだぞ。


 得体の知れない物(ステータスウィンドウ)の相手をしていても仕方がないと思った俺は、とりあえず周囲を歩き回ってみることにした。

 この風景が、幻覚である可能性が高いと思ったからだ。


 幻覚であれば、見えている木々はすり抜けられるだろうし……逆に現実で壁などにぶつかった際は、何もないところでぶつかったように見えることだろう。

 まあ、病気のミニトマトごときで幻覚症状が現れるというのも十分あり得ないことなのだが、今考えられる状況としてはそれくらいしか考えられないということだ。


 そんなわけで、俺は木々にわざとぶつかってみたり、一直線に歩いたりしてみたのだが……次第に俺は、違和感を覚えだした。

 何度試しても、木にぶつかるとちゃんと衝撃を受けるし、何も無いところで何かにぶつかることは皆無なのだ。

 これではまるで、今見えているのが現実の風景であるかのようだ。


「だとしたら、どうするんだよ……」


 そう愚痴った時……俺は、何者かと目が合った。

 小人サイズの……羽が生えていることを除けば人間の女の子のような容姿をした、変な生物が目の前に現れたのだ。


「うわっ!」


 思わず俺は、尻餅をついてしまった。

 するとその変な生物は、なぜか俺の眼前に迫ってくる。


「てんせーじゅのにおいがするー!」


 かと思うと……変な生物は、そう言って俺の肩に止まってしまった。

 そして次の瞬間、俺の脳内にこんな音声が響く。


<ドライアドをテイムしました>


 なぜか知らないが……俺はこの謎の生物ドライアドというらしいをテイムしてしまったようだった。

 と同時に、俺は身体がシャキッとするような感触を覚える。


 まさかと思い、先ほどのステータスウィンドウを見に行ってみると……俺のステータスは、こうなっていた。


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 新堂 将人

 職業:農家

 HP:10/10

 MP:10/10

 STR:20 VIT:20 DEX:20 AGI:20 INT:20

 スキル:人生リスタートパッケージ

 特記事項:摂食(転生樹の実)

 テイム(ドライアド)

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 ステータスのうち、おそらく能力を示しているであろうパラメーター5種の値が、4倍になっていたのだ。

 更に特記事項には、ご丁寧にドライアドをテイムした旨も追加されている。


 こうして体調と数値が連動しているのを見せつけられると……何というか、これが本当に現実のような気がしだしてしまうな。

 まさかとは思うが、俺、本当に転生してしまったのだろうか?


 などと思っていると、肩に乗っているドライアドが唐突に叫ぶ。


「こっち、てんせいじゅー!」


 その声量は思ったよりも大きく……森中にこだましたかのように思えた。


 ……っておい、俺は転生樹じゃないぞ。

 俺はあくまでその実を食べただけで……じゃなくて、そもそもアレもただの病気のミニトマトなんだが。


 心の中でツッコミを入れていられたのも束の間……直後俺は、衝撃的な光景を目にすることとなった。

 このドライアドと同じような羽のある小人が、何十匹、いやヘタしたら百匹以上、全方位からやってきだしたのだ。


「ほんとうだー!」

「てんせいじゅ、いいにおいー」

「よろしくねー」


 そしてその百匹ほどの小人たちは、俺に群がりだした。

 中には俺の指を掴み、握手をする者までいる。


 かと思うと……続いて、俺は鳴りやまぬ脳内アナウンスを浴びることとなった。


<ドライアドをテイムしました>

<ドライアドをテイムしました>

<ドライアドをテイムしました>

 ・

 ・

 ・


 そんな音声が、延々と響く。

 それと連動して、身体のシャッキリ具合もどんどん上昇していくのを感じつつ……俺はアナウンスが止むのを待った。


 何分経っただろうか。

 おそらく全員分の回数、同じ文言を聞いたところで……ようやくアナウンスが終わった。


 やっとか、と思いつつ、俺はステータスウィンドウを覗き込む。


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 新堂 将人

 職業:農家

 HP:10/10

 MP:10/10

 STR:1.35e+68 VIT:1.35e+68 DEX:1.35e+68 AGI:1.35e+68 INT:1.35e+68

 スキル:人生リスタートパッケージ

 特記事項:摂食(転生樹の実)

 テイム(ドライアド×112)

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 すると……5種のパラメーターが、異常なことになっていた。


「e+68」って……要は1.35×10の68乗、すなわち1.35無量大数ってことだよな。

 ステータスで目にするような数値か、これ?


 一体どうしてこんな馬鹿げたことになったのだろうと考えると……俺はある仮説にたどり着いた。

 それは、「ドライアドのテイム一体あたり、5種のパラメーターは全部4倍になる」というものだ。


 確か4の常用対数は0.6020くらいなのだが、これにテイムしたドライアドの数112をかけると67ちょいとなることから、4の112乗が67ケタの数字というのは確かだ。

 つまり、もともとの数値5に4の112乗をかけた数字は、確かに68ケタとなる。


 ここまで計算が一致するなら、この仮説が間違っているということはないだろう。

 まあ原理が分かったからといって、異常なことには変わりないのだが。

 そもそも、こんな無邪気な妖精みたいなやつだからといって、112匹もテイムできてしまうことがまず異常だし。



 これで……一体俺は、どうすればいいのだろうか。

 ある程度時間が経って、心が落ち着いてくると……同時に俺は、途方に暮れてしまった。


 とりあえず俺は、森から出て人のいる場所に行きたいのだが。

 そのために何をすればいいのかが、さっぱり分からないのだ。


 一旦、このステータスを現実と割り切ることにして、ここから何か手掛かりを見出せないかと思い……まずは適当にスキル欄の「人生リスタートパック」でもタップしてみる。

 するとステータス画面の表示が変わり、そこには夥しい数のスキルが表示された。


 ざっと流し見すると……そこには「飛行」という、この状況にぴったしそうなスキルも載っていた。

 とりあえず、これでも使ってみるか。

 一瞬そう思ったが……その時俺は、ふと思い留まった。


 何となく、今何の予備知識もナシに「飛行」を使うのは、マズい気がしたのだ。

 というのも……今の俺のステータスは、INTが無量大数もある。


 この状態で迂闊に「飛行」を使って、宇宙空間にでも放り出されたらという懸念が、咄嗟に頭に浮かんだのだ。

 それに今の俺は、5種のパラメーターこそどデカいもののMPはたったの10なので、ヘタしたら宇宙空間でMPが尽きかねない。


 もう少し、安全な手段が欲しいな。

 そう思い、尚も俺は、スキルの羅列を眺めていった。



 だがそんな時……俺は、何者かに頭を撫でられたかのような感触を覚える。

 驚いて顔を上げると、一瞬の後、俺の目の前の地面は深さ5メートルくらいまで一気に抉れた。


 振り返ってみると……そこには、「ドラゴン」としか形容できないような、これまたゲームとかでしか見かけないような巨大生物がこちらを見ていた。


「ぎゃーっ!」

「いた……く、ない?」


 そして……俺が「撫でられた」と思ったのは、ドラゴンの攻撃か何かだったのだろうか。

 俺の周囲のドライアドたちは、一気に吹き散らされてしまったようだった。


 だが……俺と同様、ドライアドのほうにもステータス強化的な恩恵があったのだろうか。

 ドライアドたちは全員無傷で……しかも本人たちも、そのことを不思議に思っているようだ。


 ドラゴンの方も、よく見てみると……片手の爪が一本、完全に欠けてしまっている。

 ドラゴン本人も、困惑して手の状態に目が釘付けになっているようだ。



 このドラゴン……ステータスウィンドウに夢中になっていた俺を、背後から襲ったのか。

 そして想定よりも俺が硬くて、逆に自分が怪我を負ってしまったと。


 その様子を見て……俺は一つ、名案を思いついた。

 もしかして……このドラゴン、背に乗せてもらうことができれば、良い移動手段になるんじゃないか?

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