第1話 唐突な異世界転生
日付が回って、0時45分。
終電に間に合うよう大急ぎでサビ残を終えた俺は、ようやく家に着くことができた。
何とか2徹は免れた。
そんなホッとした気持ちで、アパートの自室のドアを開ける。
そのまま俺は、ソファーベッドまで直行すると……ドカッと座り込んで、大きくため息をついた。
「今日も一日、お疲れさん」
誰もいない部屋で、俺は自分に労いの言葉をかける。
こんな生活があと40年弱も続くのかと思うと……俺は自分の人生に絶望せずにはいられなかった。
俺は
俺が勤める会社は「サビ残無しでは絶対終わらない理不尽な仕事量、洗脳じみた社訓、そして”アットホーム”な上司」が揃う……いわゆるブラック企業ってやつだ。
月に一度は同僚が過労で倒れるし、俺自身も、この一年半で既に3回入院を経験している。
更にはそうやってぶっ倒れると、「勤務態度が悪い」とか言って減給されたりもする始末だ。
そんな、正真正銘最低最悪の会社だが……「内定を貰えた唯一の会社だから」と必死で踏ん張っていると、良くも悪くも俺はこの環境に慣れてしまった。
まあ、代わりに俺は、生きる意味を完全に見失ってしまったのだが。
もはやこうして一度座ってしまうと、風呂に入るのすら億劫に感じてしまうほどの疲れ具合。
今日も俺は、「このまま寝てしまおうか」などと考え始めていた。
だが、そういうわけにはいかないだろう。
俺は三回深呼吸すると……全身に気合を入れ、ソファーベッドから立ち上がった。
風呂に入る前に……1つだけ、やるべき日課がある。
そう思いつつ俺が手に取ったのは、キッチンに置いてあるジョウロだ。
実は俺はベランダにて、プランターでミニトマトを栽培している。
それに今から、水をやろうというわけだ。
なんでそんなことをしているかというと……入社一年目の五月くらいにたまたま見たテレビ番組で「悠々自適な自給自足生活!」みたいな特集をやっていて、それに触発されたからだ。
あまりの職場環境の劣悪さに疲弊しきっていたところ、自分のペースでのんびり生きる人々の姿を見て、「俺もこんな生活が良かった」と強く思ったのだ。
それ以来……俺はせめてもの自己実現をと思い、小規模ながら家庭菜園を趣味にし始めたのである。
相も変わらず、家庭菜園は今も人生における唯一の楽しみだ。
俺が自殺しないで済んでいるのは、辛うじてこの趣味があるおかげと言っても過言ではないかもしれない。
今は七月下旬、ちょうどミニトマトの実が生る時期だ。
一昨日確認した時には、緑から赤に変色しかけている実が一つあったので……おそらく今日は、それを収穫できるだろう。
美味しく育っているといいな、などと思いつつ、俺はベランダの窓を開けた。
そして水やりをしながら、俺は一昨日目をつけた実を探したのだが……その実が目に入った時、俺は落胆することとなってしまった。
なんとその実、病気を患ってしまっていたのだ。
赤くなっているその実には、黒紫色の唐草模様がびっしりとついてしまっている。
「……これは食べられないな」
せめて他の実に感染しないでくれ、などと思いながら、俺はその実をもぎ取った。
そしてそれを生ごみ入れに捨てるため、俺はベランダから戻ろうとする。
だがその時……あり得ないことが起こった。
無意識に、俺はその実を口へと運んでしまったのだ。
自分でも理解が追い付かないのだが、食べようと思って口に入れたのではなく、実をもぎ取った右手が勝手に動いたのだ。
更にまずいことに、俺は勢い余って、その実を飲み込んでしまった。
まあ、トマトの病気は所詮トマトの病気だし……間違って食べてしまったからといって、健康被害は起こらないだろう。
そう思ったのも束の間、俺は急に頭が重くなるのを感じた。
……仮に身体に悪影響があるとしても、こんな即効性ってことあるかよ?
そんなことを考える間にも、意識はぐんぐん遠のいていく。
数秒後……俺の視界は、完全に暗転した。
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