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裁判開始〜スチュワート意見陳述〜

「はい」

スチュワートが返事をする。

「何か言うことはあるか」

「はい」

「申してみよ」

言って彼は私を見た。

「私は十年お嬢様にお仕えして参りました。

それが私の生きがいでした。

お嬢様が死ぬ時が私の死ぬ時と思って参りました。

…何故、今更私を切り捨てるのですか?」

それは私への問いかけであって裁判に相応しい陳述ではない。

それに私は答えない。

発言許可がないからだし、自ら貰うつもりもない。

故に彼の問いに答えるものはいない。

「何故ですか?」

「…」

彼の方すら見ない。

「リナリーバー・ミハルバー答えよ」

見るに見かねたか裁判長が私に発言許可を与えた。

「切り捨てるもなにもない。貴方は十年そこにいた。」

『そこ』と後ろ側を顎でさす。

そこにはナグがいる。

「それだけでしょう。たったそれだけで死ぬ時まで一緒にいられるとは思い上がりも甚だしい。」

「そこは、私の定位置です!他の誰かがいて良い場所ではありません!」

スチュワートがナグを睨む。

無表情な彼の目には憎悪が浮かんでいる。

なんとかしてその憎悪を私に向けさせなくては。

共犯者として共に処刑される心中コースは回避したけれど、この憎悪を私に向けさせなければ、後追いコースが待っている。

「そうだったわね。…ナグ」

「は」

「貴方に執事の位置はあり得ない」

「お嬢様!」

スチュワートがぱあっと明るくなった。

ナグより自分を取ったと思ったのだろう。

「ナグ、貴方の定位置はここよ」

そう言って私は体を横にずらした。

丁度人一人分。

ナグはさっとその隙間に入り込む。

目を見開くスチュワート。

「…………お嬢様…………?」

震える声を絞り出した。

「…………どういう………こと……ですか?」

「事件の後、ナグが来たの。捕らえられた直後は塔から抜け出して次の一手を打ってなんとしてでも王家を…殿下とアリスを殺害してやろうと思っていたのよ。

しかし、ナグが私を諌めてくれた。

ナグが私の欲しかったものをくれて私は今、穏やかな気持ちでいられるの。」

ナグを優しく見つめて微笑む。

その微笑みを受けてナグも微笑む。

イメージはアリスと殿下の二人だけの世界。

あれを裁判所のど真ん中でやる。

…公開処刑を先駆けてやってる気分だ…。

ナグ、貴方恥ずかしくないの?

よく、そんなうっとりとした顔出来るね。

「お嬢様が欲しかったもの?なんですか!?

この男に用意出来て私に出来ない筈がありません!」

「愛よ」

場が静まりかえった。

お願い、やめて…。

頭を抑えて蹲りたくなる衝動を抑える。

「かつて殿下を愛したわ。」

後ろにいる殿下を優しい目を眼差しで見つめて言う。

「しかし、どれだけ愛しても彼は私を愛してはくれなかった。

それで私は嫉妬に苛まれ結果として事件を起こした訳だけど、その途中で出会った彼は私を愛してくれた。

利用していた時から全てが明らかになってもなお愛してくれた。

私がかつて欲しくて仕方なかったものを彼は惜しみなく注いでくれた。

どれだけ私が癒されたか。

死ぬのが怖くなるくらい、愛してくれた。

私が愛を渡せば同じかそれ以上にかえってくる。

こんな幸せ他にはない。

彼の無償の愛が私を貴族に戻してくれた。

十年仕えただけの執事には出来ないことよ」

「……私が…十年仕えていて…特別な感情を貴女に抱いていないとお思いですか…?」

私の両腕を掴んで言う。

「貴女に初めてお会いした時からお慕いしておりましたよ?

それでも、貴女はいずれ王妃となる身。

卑しい私如きが想いを告げてよいお方では有りませんでした。

どれだけ、貴女が殿下を愛しているか知っているからこそ、せめて成婚後も貴女にお仕え出来るように優秀な一執事に徹して生きてきたのです。

それがあの男爵令嬢が現れて一変しました。

私はあの男爵令嬢が心底嫌いなのです。

お嬢様の殿下のお心を捕らえて離さないからではありません。

私が出来なかったことを平然と恥もなくやるその浅ましい心根が嫌悪の対象となったのです。

そうですよ、羨ましくて仕方なかったのですよ。

同じ平民でありながら方や想い人に心を告げて応えて貰い、方や想い人に何も告げる事が出来ずにただ見ていることしか出来ない私。

私もやればいいと?

出来るはずがない!お嬢様はどんなに想っても届かない星のようなお方なのですから。

しかし、その星が最近近くで輝くようになったのです。

ともすれば届くのではと思うほどに近く鮮やかに。

それでも臆病な私は貴女に想いを告げる事が出来なかった。

いや、告げずとも通じているとさえ思っていました。

私は幸せでした。この幸せが永遠死ぬまで続くのだと思いました。

ずっと私の心を嫉妬で狂わせていた来て欲しくない未来は憎き男爵令嬢の手により葬り去られ、ここ最近は本当に心穏やかにお嬢様にお仕え出来ておりました。

なのに、何が悪かったのか、全てがそうなる運命とでもいうのでしょうか、お嬢様は反逆者の汚名をきて処刑を甘んじて受けようとしている。

ええ、それがお嬢様の望みとあらば構いません。しかし、お嬢様のいない世界で生きることなど意味がないのです。

ですから、共に死ぬと思っていたのに、それを拒否するばかりか…相思相愛の恋人が出来た?

なんの冗談ですか!」

舌打ちまじりに吐き捨てるように言う。

「それが殿下のような殿上人ならまだわかります。

身分相応のお相手と将来を築くのであれば私は何も言えません。

これまで通り一執事として永遠にお仕えするのみです。

しかし、よりによって卑しい平民上がりの騎士風情がお相手とはどういうことですか!!

これでいいなら私でもいいではありませんか!

寧ろ、形ばかりとはいえ私は男爵家の血筋ですよ!?

生まれも育ちも平民の男より条件はいいはずです!

お嬢様!そのような男ではなく、私をお選びください!

そして、死ぬ運命とあらばその男ではなく私と共に死地まで参りましょう!!?

貴女と二人ならば行き着く先が例え地獄であろうと私は構いませんとも!」

目眩いがした。

あまりに熱くて重い想いを告げられて。

一瞬、共に死ぬのも幸せかと思ってしまう。

しかし、ナグが私を見て首を横に振る。

そうだ、ダメだ。

私の為に破滅の道を歩んでいい人なんかじゃない。

死地への旅路は私一人で歩んでいく。

彼を助けたい。

そして、彼には幸せになって貰いたい。

人をここまで深く愛せるならば、私の死後、真の運命の相手と巡り合いそして私といる以上の幸せを彼は手に入れる。

彼の幸せが私の幸せ。

今はわからなくても、いずれわかる時がくる。

私はここが正念場だと気持ちをただしてスチュワートの手を振りほどく。

「優秀な執事ね…」

私は胡乱な目つきでスチュワートを見る。

「優秀な執事は主人の私物を勝手に捨てたりはしないわよね…?」

「それはジェイドが…!あの犬が私の立場を脅かす存在で….!」

「だから?」

「!?」

「執事など所詮使用人。主人の都合で捨てるも新しく買うのも拾うのも当たり前。

それを拒否する執事は優秀とは言わない。」

「!」

「さらに、主人の選んだ者に不平不満を述べることは許されない。

もし、私に生きるという未来があるのならば、初めて欲しい時に欲しい愛をくれたナグとがいい。」

「お嬢様…!?」

「リナ….」

ナグが私の頭を撫でる。

飼い主の手にうっとりする猫のように目を細める。

彼の手が私をそっと胸に抱いた。

「ナグ、私は間も無く死ぬわ。貴方はその後どうするの?」

「勿論、この世に貴方との未来が描けないのであるならば、来世に求めて共に行くまでです。」

「そう、二人で行きましょう。」

私は頭を彼の胸に預けスチュワートを見た。

ナグも私の髪を撫でながらスチュワートを見る。

「使用人はいらないわ。私達はあの世で二人だけで暮らすのだから。」

「い、いけません….!お嬢様とその男が二人で?

え?私は…?私はどうすれば…?」

「さあ?自分が死んだ後のことなど気にも止めた事なんてないわ。

今はただ、彼との時間を多く過ごしたいだけ….」

「リナ…」

「お嬢様を呼び捨てにするな!」

スチュワートの怒声を無視して今だ折れない彼の心を折る為最終手段に出た。

ナグの服の裾を引っ張り合図を送る。

ナグはその合図を受けて蕩けるような笑顔を向けた。

本当に彼を愛していれば見惚れてしまうような笑顔。

ずっと欲しいと言われていたけど与えてこなかったものね。

私は目を閉じた。

直後唇に熱が落ちてきて吐き気を堪える。

『!!!!!!!』

裁判所が騒然とした。

しかし、そんな雑音はどうでもいい。

大事なのはこれを見たスチュワートの反応….

目を細めて盗み見た。

驚愕、怒気、絶望、それらを混ぜ合わせたような表情で私達の口づけを彼は見ていた。

吐き気をこらえて恥を忍んでやったかいがあった。

「スチュワート、十年御苦労様。

私は漸く欲しい物を手に入れた。

それ以外何もいらないの。だから貴方はいらないの。

この裁判が終わったらもう会う事もないけれど、それでも十年仕えてくれたわけだし、貴方の今後がいいものであることをあの世で二人祈っているわ。」

ナグと寄り添い暇を言い渡す。

さして私達の距離は離れていない。

なのに、私達の間には超えられない谷があるかのようだった。

ガタンと音を立ててスチュワートが崩れ落ちた。

顔色は青ざめ足が震えて立っていられなくなってしまったのだ。

「….え?私は…いらない?…え?この男に私が劣る?

…え?…どこで…どこで私は間違えた…?」

繰り返し繰り返し彼は呟く。

誰が見ても正気ではなかった。

まあ、一時的なものでしょう。

時間が経てば憎しみが湧いてくるでしょう。

スチュワートから見れば何せ十年も仕えさせて好き放題したあげく、思わせぶりな態度をとって喜ばせたかと思えば自分より劣る男と将来を誓ったのだから。

これで、私を憎まなかったらもう彼と出会ったところからやり直す必要がでてくる。


そう、私は彼に憎まれた。

念のため最後にとどめをさす。


「スチュワート、さよなら。」


いつからから願っていたスチュワートの解放が出来た。

せめて強がりを言うならば、これは貴方への罰。

貴方を連れていかないのはジェイドを勝手に捨てた罰だと言わせて欲しい….!





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