裁判終了〜乙姫登場〜
アリス視点
「それでは判決を言い渡す…!」
「ありえない!!」
だむっ!
と、ジュースを一気飲みして空になったグラスをテーブルに叩きつけるようにして私は叫んだ。
「アリス、落ち着いて。」
「アリス、ここは一応王城だから。」
そう、ここは王城『銀の間』
国母候補たる殿下の婚約者のみが与えられる特別な一室。
なお、正式に成婚して国母になれば『金の間』通称『王妃の間』に移る。
ほんのひと時しか使われないこの部屋は目が潰れるかというほどまばゆく光る豪華絢爛な部屋だった。
昨日判決が下ったのち、王城へ呼ばれればこの部屋を陛下から与えられたのだ。
この部屋を与えられたということは、殿下の婚約者に内定したということで、殿下とリナさんの婚約も破棄が内定したということ。
本来ならば嬉しくて仕方ないことなのに、私はちっとも嬉しくなかった。
王城での仮面舞踏会での異常性を知っているから…。
私は裁判が始まる前の二週間必死にリナさんの無実を訴え続けたのに、殿下は全く耳を貸さない。
『リナリーバーの闇魔法で惑わされてる』んですって!
じゃあ、何、リュドまで惑わされてるっての!?
天才ですごーーい魔法使いのリュドまで!?
と、言えば殿下は『情けない』ですって!
情けないはこっちのセリフだぁぁあ!
それでも、裁判になればきっと真実が明らかになるって思ったのに!
裁判って公平で中立なものじゃないの!?
明らかに捜査班側に味方してたぁぁ!
あれって結果ありきの裁判じゃないの!?
捜査班の異議は認められるのに、弁護人側の異議は認められないっておかしいでしょう!!
証拠だってぜーーーんぶ偽造じゃない!!
そこを殿下に言っても『リナリーバーは用意周到に証拠を完全抹消していたのだ、悪を完全に滅ぼすには仕方ないことなんだ』って言ってた!
悪って何よ!…そりゃ、最初はたくさん意地悪されたけど…
でも、王城で勉強して知ったんだよ。
王族との婚約は一度決まれば余程のことがない限り覆らない絶対の確約だって。
そこに横槍を入れるものは、婚約者の裁量で側妃になるか殿下の慈悲で愛妾になるかなんだって。
だけど、側妃も愛妾も長生きしてない。
秘密裏に処理されるってカイルさんから聞いた。
知らなかった…。
王家から見たら私は秘密裏に処理されても仕方ないくらい悪いことをしたんだって。
つまり、悪は私の方だったんだ。
好きだから愛し合っているからとそれを免罪符にここまできたけど、こと王族に関しては当てはまらないことだったんだ…。
王族の結婚は第一に国民の暮らしを考えなくちゃいけない。
私が王妃になるのとリナさんが王妃になるのとではきっとリナさんが王妃になった方が王国民は豊かに暮らせる。
私は殿下を好きという個人的な感情で王国民が得るはずだった利益を奪ってしまったのだ。
リナさんから見たら私は自分から殿下を取る悪女であり王国民の利益を無慈悲に奪う泥棒だったのだ。
そう考えると彼女が意地悪してでも殿下から引き剥がそうとした理由がわかる。
そう、ここにきてようやく、ようやく私はわかったのだ。
だが、理解したのが遅かった。
『余程のこと』がおきて私は国母候補となった後だったのだ。
それでもそれが確かに起こったことならなば私はここまで怒ったりしない。
王国民が満足するような王妃を目指し、リナさんを超える王妃に生涯をかけて努力するだけだ。
しかし、起こっていないことがさも起こったようになり、さらには周りが一致団結してリナさんを陥れようとしている。
これで王妃になってもちっとも嬉しくない。
そんな訳でジュース片手にリュドとザック相手に管を巻いていたのだ。
いくら自室とはいえ王城でそれははしたないと二人はいうけど、いいでしょう、ここには私達しかいないのだから。
なお、殿下は呼んでない。
呼ぶと話が進まないからだ。
いくら説明してもリナさんに騙されているの一点張りでどうにもならないのだ。
「気持ちはわかるよ。あれは…ねぇ?」
意味ありげにザックを見ればザックは視線を外す。
偽造された証拠でリナさんを陥れた人の息子なのだから、バツが悪いのだろう。
「ザックのせいじゃないし。」
悪いのはウォルコット侯爵だ。
「判決は覆らない?」
「再申請求をかけてもいいけど、書類が整うより先に処刑を迎えるよ。」
「じゃあ、処刑日当日リナさんを攫う?」
「攫えるの?どうやって?」
「う?」
「攫った後どうするかだ。」
「どうするって…」
「処刑から逃れた時点で逃亡犯だ。
もう王国にはいられない。
生涯流浪の民に身をやつすことになる。
彼女にそれが可能か?」
無理だ。
彼女は公爵令嬢として生きてきた。
そんな人がたった一人平民以下の逃亡犯、それも無実の罪を着せられての逃亡など出来る訳ないし、なにより似合わない。
「攫った後のことは攫ってから考えればよろしいのでは?」
「あ、そうだね…ってぇぇ!?」
私達三人はぎょっとする。
先程まで誰もいなかったはずの場所…本来ならば殿下が座るべきグレードの高すぎる椅子に彼女が腰をかけてそう言ったからだ。
「貴様!どうやって入った!?」
ザックが椅子を蹴倒して立ち上がり腰にある剣の柄を触らなが問いかける。
リュドは引きつった顔で彼女がテーブルの上に置いたバスケットを見ていた。
彼女は私達三人をゆっくり見回してにっこり笑う。
「普通に転移魔法ですわ」
「君、魔法使いじゃないよね?」
リュド様がバスケットから目を離さずに言う。
「うふふ、マジックアイテムですわー」
言って彼女は左手を顔の前にかざす。
その手の薬指にはまっているキラキラした石がついた指輪。
「….転移魔法が施してある!?」
「さすが、リュド様!お見事です」
「まさか!そんな馬鹿な!?」
「リュド、どうしたの?」
リュドの半端ない驚きに私は問いかける。
「転移魔法は無属性魔法の中でも最も難易度の高い魔法。
行き先が遠ければ遠いほど魔力を喰うんだ。
これを魔法使い以外の誰かが使おうとしたら転移魔法陣を使わないとならない。」
「転移魔法陣?」
「かなり巨大な施設だよ。王都にもある。
行き先も限定されてしまうし、かなりの人数の魔法使いの魔力を注いで起動させなくてはならないんだけど、それしか方法がないんだ。」
「あれ?じゃあこの指輪は…?」
「だからありえないんだって!」
吐き捨てるようにしていう。
魔法使いじゃない私にはピンとこないけど、この指輪は巨大施設である魔法陣と同じ働きをするってこと?
だとしたら、すごい発明じゃない??
「まあ、この指輪がすごいのは認めますがね。」
「それから、ずっと気になってたんだけど、そのバスケットの中身って…」
「あ、これ?持ってくるの、嫌だったんですけどね。
どーしてもって煩くて。」
「…ごめん、意味がわからない」
「説明してもきっと理解の範疇外ですわ。」
リュド様がかつてないほど情けない声を出した。
「ザック様、私、別に敵ではありませんわ。
ですから、そのような物騒なもの、お仕舞いになって」
「ザック!」
私の声にザックは剣から手を離す。
「そうそう、知らない間柄ってわけじゃないのですから、フレンドリーにいきましましょう?
…あ、私もジュース欲しいんですけど。」
「…まあ、構いませんよ」
言ってグラスにピッチャーでジュースを注いで渡す。
彼女はぐびっと飲む
「ぷはー、やっぱり王族が飲むだけあって生搾りだねぇーー贅沢ぅぅ!」
満足げに彼女は言う。
「あの、それでご用件は?」
「え?リナリーバーを攫うっていう面白い話が聞こえたから一枚噛もうかなって」
面白いって…
こっちは必死なんだけど。
「なんで、あんな大犯罪者を攫う話に噛む?
下手すれば俺達も同じ末路だぞ?」
「え!?」
それは考えてなかった!
「アリスは大丈夫だよ。何せ正式に国母候補になったわけだし、殿下が守ってくれる。」
「じゃあ….!?」
リュドとザックはどうなるの!?
「普通に考えて処刑でしょうね。」
「ええ!?ダメだよ!?」
さらっと言う彼女に私は動揺する。
「考えてみて。王家に弓を引き公開処刑が決定した大罪人の逃亡を手伝ってごめんですむと思う?
今回みたいな裁判が行われて死刑かな?」
「………!!?」
私は唇を噛む。
私はリナさんを助けたい。
でも、二人を危険に晒したくない。
「でもー、アリスならごめんですむんだよ?」
「!?」
「アリス一人でやればいいんじゃない?」
「ひ、一人で!?」
出来るかな?
ううん、出来る出来ないの問題じゃない。
「うん、やるよ!」
私は拳を作って高々と掲げる。
「ダメだ!」
「一人だなんて危険すぎる!」
「大丈夫、私が手を貸すから」
「え!?でも危ない…?」
「うふふ、私は平気なのよ!」
どんと胸を叩いて彼女は言う。
いや、根拠がわかりません。
わからないけど、なんか平気そうだなとは思えるから不思議。
「魔法の指輪を貸してあげる。
まだ世に出てない一品ものよ?」
クスクス笑いながら転移の指輪ともう一つ指輪を貸してくれた。
「これは?」
「それ?なんだろうね?」
「えー?」
「まあ、なんというか、使うかどうかはわからないんだ。
と、いうか本来ならば不要なはず。
だから、それは突貫工事で作った品なんだな。」
「作った!?」
リュドが反応する。
「マジックアイテムを作っただって!?」
「因みに転移の指輪も私が作りましたよ?」
「そんな馬鹿な!?」
「と、言われましても。リュド様は私のお得意様じゃないですか。」
「…お得意様?僕がマジックアイテム作成依頼を出すのは乙姫だけと…ってぇ!?」
かつてこんなに驚愕した顔をしたリュド様を見たことがあっただろうか。
一方、彼女はイタズラ成功みたいな顔をしていた。
つまり、彼女が乙姫!?
あれ、乙姫ってさあ、あの変な声が探せって言ってたよね。
なら、味方?
うん、それに同じクラスで勉強しているクラスメイトだ!
私は二つの指輪を受け取った。
「さて、どうやってリナさんを攫うか…相談しましょう!」
言って乙姫ことルナ嬢が笑って言ったのだった。