同じ景色を見つめて(最終話)
蜂蜜のように甘い金色の瞳に捉えられた私の顔は、さぞかし真っ赤になっていることだろう。耐えきれず視線を逸らすと、ルークが小さく笑ったような気がした。
「……ル、ルークとの子供はいつか欲しいなと思ってるよ」
「いつかって、何時ですか?」
「えっ? ええと、結婚式が終わったあと、とか」
予想外の質問に動揺し、つい結婚式の後なんて言ってしまったけれど、わりとすぐ先のことだと気が付いた。
慌てる私とは裏腹に、彼は満面の笑みを浮かべている。
「結婚式の後ですね。わかりました」
「う、うん……?」
「モニカさんもきっと、喜びます」
その後のルークは、見たことがないくらいに上機嫌で。私は自分が言い出したこととはいえ、数ヶ月後のことを思うとしばらく彼の顔がまともに見れなくなったのだった。
それからは街中の観光スポットを周り、最後には宿の人が教えてくれた、穴場だと言う古い塔の頂上へと来ていた。
長すぎる階段を登るのに疲れ果て、途中からひょいとルークに抱き抱えられてしまった。私を抱えてなお、息切れひとつせずにいる彼にまたときめいてしまう。
やがて着いた先には、古いベンチが一つだけあって。その先には美しい夕日と同じ色に染まる街並みが広がっていた。
「わあ、綺麗……!」
二人手を繋いだまま、小さなベンチに腰掛ける。しばらく景色を眺めていると、急にルークが「もっと近づいてもいいですか?」なんて言い出した。
「いつもはそんなこと聞かないのに、変なの」
「確かにそうですね」
すかさずそう言うと、ルークは可笑しそうに笑う。彼が時折見せる、子供みたいな笑顔が私は好きだった。
そしてそれは、自分にしか向けられないと知っているからこそ、余計に愛おしく思えるのかもしれない。
ルークは肩と肩がくっつくくらいに私に近づくと、再び目の前の景色に視線を移す。その横顔があまりにも綺麗で、私はいつの間にか夕日よりも、彼に見とれてしまっていた。
「俺が子供の頃、二人でアパートの屋根に登って夕日を見たのを覚えていますか?」
「うわ、懐かしい。そんなこともあったね」
モニカさんに怒られるかもなんて言って、二人でドキドキしながら登った記憶がある。あそこから見た景色も綺麗だったねと言うと、ルークは少し困ったような表情を浮かべた。
「景色については、あまり記憶にないんです。俺は、夕陽を見つめるサラばかり見ていましたから」
「えっ?」
「隣にいるはずなのに遠くて、眩しくて。どうしたら貴女の視界に入れるんだろうと、ずっと考えていたんです」
「10歳も年が違えば、流石に今すぐに男として見てもらうのは無理だと、諦めていた部分もありましたけど」
彼がそんなことを考えていたなんて知らず、初めて聞くその話に嬉しいような、申し訳ないような気持ちになる。
ルークの言う通り、私は当時、彼の事は大切な弟だとしか思っていなかった。そもそも、20歳が10歳の少年を違う目で見ていたとしたら、それはそれでアウトな気もする。
「だからこそ、貴女が俺よりも歳下になって現れた時には、こんな奇跡があるのかと神に感謝しました」
「そうなの……?」
「はい。手を繋ぐ度にサラが動揺して頬を赤らめている姿を見て、俺がどれほど嬉しかったか知らないでしょう?」
ルークは繋いでいる手を軽く持ち上げると、私の手の甲にそっとキスを落とした。あまりに自然で甘いその仕草に、再び顔に熱が集まっていく。
「これからもその瞳には、俺だけを映していてくださいね」
こくこくと頷けば、彼は嬉しそうに顔を綻ばせていた。
◇◇◇
結局、スレン様のお陰でルークも私に合わせて予定を早めて帰れることになり、今は二人きりで自国へ向かう馬車に揺られている。スレン様のことを、ほんの少しだけ見直した。
「もっと色々、ルークと観光したかったな」
「はい、俺もです」
「今度は二人でゆっくり旅行に行こうね」
「喜んで。サラの行きたいところに行きましょう」
とは言っても、私もルークも長期の休みが取れるかは怪しい。いざ旅行に行ったところで、今すぐ戻ってきてくださいなんて知らせが来るのが簡単に想像出来る。
普段は大した仕事も無く暇なくせに、いつもタイミング悪く忙しくなるのが不思議で仕方ない。新手の嫌がらせなのかと何度か疑ったくらいだ。
「あ、今回行けなかった遠乗りにも行こうね」
「では、次の休みに行きましょうか」
「うん! あとはルークと海にも行ってみたいな、私ね、子供の頃から海は大好きなんだ」
「はい、勿論です」
ルークと一緒に行きたい場所、やりたいことが自分でも驚くほど次々に出てくる。思いつくままに話していると、彼がひどく優しい目で私を見つめていることに気が付いた。
「……サラと未来の話をするのが、こんなにも嬉しくて幸せな事だとは思いませんでした」
思い返せば過去の私はいつも、自分が元の世界に戻った時の話ばかりしていて、彼と未来の話をしたことなどほとんどなかったことに今更気が付いた。
「これからは沢山しよう。ずっと一緒なんだから」
「はい。大好きです、サラ」
「私もルークが大好きだよ」
そんなルークの言葉と笑顔に、胸の中に愛しさがじんわりと広がっていくのを感じていた。
……とても新婚旅行とは言い難い旅路だったけれど、悪いことばかりではなかったように思う。ルークとの距離も、前以上に縮まったような気がする。
そんなことを後日、ついスレン様にぽろりと零したせいで、再び二人で遠くに飛ばされるのはまた別の話。
これにて新婚旅行編は終わりになります。
今後は子供時代のルークとサラの話や、結婚式編なども書いて行けたらなと思っています。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。