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二人手を繋いで

 


「あ、明日の朝に、出発……?」

「はい、申し訳ありません。トラブルが発生したようで、サラ様には至急帰ってきて頂きたいとのことです」

「そ、そんな……!」


 今日から数日間はのんびり観光出来ると聞いていたのに、突如下された帰還命令に私は朝から泣きたくなっていた。もちろん、拒否権などあるはずもない。なんというブラック。


 深いため息をつき、とぼとぼと廊下を歩いていく。新婚旅行とは、一体。そして長時間の移動の後、帰ってまたすぐ忙しい日々になるのかと思うと気が重くなった。


 とにかく、今日一日はフリーなのだ。せめて今日だけは、ルークと旅行気分を味わおう。私はその足でルークの元へと向かい、先程聞いたことを事を伝えた。彼も残念がってはいたけれど、今日一日だけでも一緒に過ごせて嬉しいと微笑んでいて、ルークはいつの時代も天使だと実感した。


 自室へと戻り、身支度を整える。軽く化粧を施しルークが買ってくれたお気に入りのワンピースに袖を通すと、先程までの憂鬱が嘘のように胸が弾んだ。


 たとえ一日だけだとしても、ルークとの初めての旅行なのだ。やはり浮かれてしまう。


「あ、リアム。おはよう」

「……おー」


 準備を終えて部屋を出ると、今にも死にそうな顔をしたリアムと出くわした。その顔色は信じられない位に悪い。彼は朝食の時にも姿が無く、誰かに様子を見に行ってもらおうかと思っていたのだ。案の定、酷い二日酔いのようだった。


「記憶もねえし、とにかく具合が悪すぎる。死ぬ」

「本当に辛そうだね、少し魔力も回復したし治してあげる」


 げっそりしている彼はなんと、記憶までないらしい。


 逆にそれで良かったかもしれないなんて思いながら、彼に手のひらをかざす。リアムも余程二日酔いが辛いのだろう、大人しく治療を受けてくれた。


「昨日、外で寝ちゃったリアムをルークが部屋まで運んでくれたんだよ。会ったらお礼、ちゃんと言うんだよ」

「……ん」


 治療しながらそう伝えると、彼は大人しく頷いた。なんだか意外だ。治療を終えると急に元気になった彼は、「急に腹減ってきた、朝飯食ってくる」なんて言って去っていった。


 本当に手のかかる子だなあ、なんて思いながらも、ルークの部屋へと向かったのだった。



「……普通に、できてた、よな」


 別れた後一人になった彼が口元を押さえ、そんな呟きをしていたなんて、私は知る由もない。




◇◇◇




 夕方には宿へと戻り、荷造りをしなければならない。あまり遠くへは行けないことを考えた結果、徒歩で王都を散策することにした。名付けて王都ぶらり旅だ。


 今日のルークはシンプルな服装だけれど、それがまた格好いい。やはりすれ違う女性達は皆、彼に見とれていた。


 ルークは相変わらず私の手を握り、眩しいくらいの笑顔を浮かべている。彼と手を繋いで歩くのにも、いつの間にか慣れてしまった自分がいた。


「初めのうちは、ルークに手を繋がれるだけで本当にドキドキして、死ぬかと思ったんだから」

「サラの顔、いつも真っ赤でしたもんね」

「私ばっかり照れて、なんだか悔しい」

「そんな事はありませんよ。俺も緊張していましたから。初めてあなたの手をとった時には、隣を歩くだけで精一杯でした。口数も少なかったでしょう?」

「えっ、そうなの?」

「はい」


 いつも余裕そうな表情を浮かべていたルークが、そんなことを思っていたなんて。けれど確かに言われてみれば、そうだったような気もしてくる。なんだか、嬉しくなった。


 それからは二人で街を見て歩き、この国の有名な料理を取り扱っているレストランで昼食をとった。とても美味しくてつい笑顔で食べていると、彼はそんな私の姿を見て「可愛い」だなんて言い、幸せそうに微笑んでいた。


 そうして店を出て、再び街中を歩いていた時だった。目の前から歩いてきた女性に抱かれた赤ん坊が、こちらを見て笑ったのだ。なんて可愛らしいのだろう。リアル天使だ。


「ねえ、見た? 私を見てにっこり笑ってた」

「はい。可愛らしかったですね」

「本当に赤ちゃんって可愛いなあ。天使すぎる……!」


 遠ざかっていく赤ん坊を目で追う。やがて見えなくなるまで、その子は私を見つめ微笑んでいた。可愛いすぎて、とても自分と同じ生き物とは思えない。


「他人の子供でもあんなに可愛いんだもん、我が子なんてどれだけなんだろうね。私も自分の子供が欲しいなあ」


 すると突然、隣を歩いていたはずのルークがぴたりと足を止めた。どうしたのだろうと振り帰れば、ルークの顔は驚くほど真っ赤に染まっていて。


「……ええっ、あ! そ、その、」


 そしてすぐに、つい先程自分が言った言葉を改めて思い出した私もまた、顔に熱が集まっていくのを感じていた。


「あああの、ルーク、ごめん、そういうつもりでは……」

「はい、わかっています。すみません、」


 そう言って口元を押さえ視線を逸らしたルークは、少しだけ申し訳なさそうにしていて。なんだか彼が勘違いをしてしまったような空気になってしまっている。


 私だって、いずれ彼との子供は欲しいと思っている。けれど、この状況でなんと伝えたらいいのかわからない。


「あのね、ルーク。ええと、そういうつもりじゃない、こともないんだけど……」

「……本気で、言ってますか?」


 良い言葉が見つからず、しどろもどろになりながらもそう言うと、ルークからは期待に満ちた視線を向けられ、私は余計に戸惑ってしまうのだった。



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