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本当の気持ち

 


「おやすみなさい、サラ。また明日」

「うん、今日はありがとう。おやすみ」


 私はルークを見送ると、ぼふりとベッドに倒れ込んだ。今日はなんだか、色々なことがあった気がする。そう思いながら、今日一日の自分の行動を思い返していたのだけれど。


「…………」


 ふと冷静になった私は、頭を抱えた。


 私にとってリアムは近所の子供のような存在で、いつも生意気な小学生を相手にしている感覚でいたのだ。


 けれどリアムは、誰が見たって立派な大人の男性だった。


 それなのに、夫であるルークの前で彼と手を繋ぎ、肩を貸していたなんて。もしも他の人に見られていたなら、浮気だと思われたとしてもおかしくはない。


 どんなに辛い過去があったとしても、もしもルークが女性の隣で手を握り、肩を貸していたとしたら。そんなことを想像するだけで、胸が締め付けられた。


「……本当、ありえない」


 それなのに、何も言わずにリアムを介抱していたルークを思い出し、泣きたくなった。間違いなく私は、ルークの優しさに甘え過ぎている。


 居てもたってもいられなくなり、私はすぐに起き上がるとルークの部屋へと向かったのだった。



 

「サラ? 何かありましたか?」


 ドアを開けてすぐ、心配そうに私を見つめる彼の姿を見た瞬間、思わず抱きついてしまった。そんな私の頭を優しく撫でてくれるルークが大好きだと、改めて実感する。


 二人でソファに並んで腰掛けると、私は早速先程の自分の行動について謝った。ルークは黙って、最後まで話を聞いてくれていた。


「……本当にごめんね。以後気をつけます」

「いえ、大丈夫です。あの状況で、優しいサラが断ることなんて出来ないのはわかっていますから。気にしていません」


 そう言って、ルークは微笑んだけれど、その笑顔にほんの少しだけ違和感を感じて。私は彼の頬にそっと触れると、まっすぐにその蜂蜜色の瞳を見つめた。


「ねえ、ルーク。本当にそう思ってる?」

「……どういう、意味ですか?」

「わたしがルークにとって嫌なことをしてしまった時には、すぐに嫌だと教えて欲しいし、きちんと怒って欲しい。きっと夫婦って、そういうものでしょう?」


 思い返せば、私は今までルークに本気で怒られたことがなかった。普通ならば怒られているようなことも、間違いなく今までにあった筈なのに。


 助けられたという過去の負い目から、もしも彼が言いたい事も言えずに我慢し続けていたとしたら、絶対に嫌だった。


 それからしばらく、静寂が続いた。ルークは形のいい唇を開きかけては閉じ、何度かそれを繰り返していたけれど。


「……少しだけ、怖いんです」


 やがて消え入りそうな声で、そう呟いた。


「サラが俺の事を好いてくれているのは、わかっています。それでも、強く何かを言ったり我儘を言ったりして、もしも嫌われてしまったらと思うと、怖いんです」


 ──ルークが、そんなことを思っていたなんて。


 思い返せばルークは子供の頃から我儘なんて言わず、信じられないくらいに良い子だった。それも全て、私に嫌われたくないという一心だったのかもしれない。


「俺はサラに嫌われたら、生きていけませんから」


 そう言うと、ルークは長い睫毛を伏せた。


 以前にも、彼は同じことを言っていた。当時は大袈裟だなあなんて思っていたけれど。ルークが本気でそう思っていることを、私はようやく理解した。


 彼にとっての自分の存在の大きさを改めて実感しつつ、もっと早くに気づいてあげられなかったことを悔やんだ。


「……ねえ、ルーク。私が我儘を言ったり怒ったりしたら、ルークは私のことを嫌いになる?」

「そんなの、なるはずないでしょう」

「私だって同じだよ」


 その言葉に、彼ははっとしたように顔を上げた。


「私にとってルークは世界で一番大切だし、それは一生変わらない。嫌いになることなんて絶対にないよ。ううん、ならないんじゃなくて、もうなれないんだと思う」

「…………っ」

「だから、これからは何でも話してほしい。我儘だっていっぱい言ってほしい。どんなルークも好きだから」


 その瞬間、気が付けば抱き寄せられていて。縋るように背中に回されたその腕に、私は身体を預けた。


「……本当はサラがあいつと手を繋いでいたのも、肩を貸していたのも、とても嫌でした」

「うん」

「誰にも触れて欲しくない。サラは、俺のものなのに」


 ぽつりぽつりと話し出したルークの腕の中で、私はどれだけ彼を傷付けていたかを知り、泣きたくなっていた。


「サラのことを悪く言われるのも嫌です。サラ自身が何も思わなくても、俺は大切な人を悪く言われているんですから」


 これもルークの言う通りだ。もしも彼が誰かに悪く言われていたら、私だって間違いなくその場で怒っていただろう。私のことを大切に思ってくれている、ルークの気持ちまで考えられていなかったことを深く反省した。


「俺は、サラの優しい所も、面倒見のいいところも好きです。俺自身、その優しさに何度も救われてきました」

「うん」

「けれど貴女は、誰にでも優しすぎる」

「……うん」

「俺は、サラにしか優しさを向けません。貴女以外に、期待も勘違いもされたくないからです」


 ……本当に全て、ルークの言う通りだ。


 彼の本音が初めて聞けて嬉しいと思いつつも、私は今までの自分の行動を悔いた。きっとこれまでも彼が言わなかっただけで、傷つけてしまったことはあったはずだ。


 それでもルークは、こんな私を今も昔も変わらず大切に思い続けてくれている。


「……ルーク、ごめんね。これからはもっと気をつける。それと、話してくれてありがとう」

「俺の方こそ、すみませんでした」

「謝ることなんてないよ。これからも思ったことは何でも話してね。私もそうするから」

「はい、わかりました」

「ありがとう。……ルーク、本当に大好き」


 そう言うと、彼は私を抱きしめる腕に力を込めた。


「俺の方が、大好きです」

「ふふ、そんなのわかんないよ」


「いいえ。絶対に、一生俺の方が好きです」


 きっぱりとそう言い切るルークに、思わず笑みが漏れる。世界中を探しても、彼以上に私を想ってくれる人など存在しないだろう。愛しさで、胸の中が暖かくなる。


 そしてそんな彼を今まで以上に大切にしようと、私は心に誓ったのだった。



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