弱さと、甘えと
同時に連載していた「あの、わたしと婚約して頂けませんか!?」の書籍化が決まりました。ありがとうございます!
話しかけていいものか、しばらく悩んだけれど。やはり心配だった私は彼の隣にしゃがみ込み、声をかけた。
「リアム、大丈夫?」
「……大丈夫じゃ、ない」
そう呟いた彼からは、ふわりとアルコールの香りがした。
「もしかして、お酒飲んだの?」
「クソ女に、ジュースだからって嘘つかれて、飲まされた。酒だけは、本当に駄目なんだ」
「そんな……今すぐ治癒魔法を、」
「いい、もう魔力残ってねえんだろ。無理すんな」
そう言われてしまい、私は伸ばしかけた手を引っ込めた。彼の言う通り、ほぼ魔力は残っていない。
それでも無理をすれば、1回くらいならギリギリ使えそうだと思ったのだ。けれど彼は私の体調を心配してくれたらしく、少しだけ驚いてしまう。
私は一旦ホールに戻り冷たいおしぼりと水を貰ってくると、改めて彼の隣に座った。リアムは大人しくグラスに口をつけると「……ありがと」と呟いた。いつもとは違い素直な姿に、なんだか調子が狂ってしまう。
「どうして一人で、こんなところにいたの?」
「弱ってるところなんて、人に見せたくない」
「もう少し誰かに甘えればいいのに」
「甘え方なんて、知らねえし」
そう言うと、彼は膝の上に載せていた右腕に顔を埋めた。
「……9歳の時に戦争で、家族全員、死んだんだ」
突然告げられたその事実に、私は言葉を失った。
「一人ぼっちになって道端で死にかけてたら、俺が魔法を使えることに気づいた大人に拾われた。それからは魔法の使い方を教えられて、11歳で初めて戦争に連れていかれた」
「それからはずっと、生きるために人を殺し続けた」
「15歳の時に、それが嫌になって、国を出た。流れ着いたこの国で、気が付けば王国魔術師になってた。人を殺さなくて済むから、うれしかった」
「弱さを見せたら、殺される。そんな環境にいたから、甘え方もわからないし、そもそも甘える相手なんていなかった」
「だから、俺にはわからないんだ」
ぽつりぽつりと過去を話してくれたリアムに対して、私はかける言葉が見つからなかった。それと同時に、彼の過去も気持ちも知らずに「甘えればいいのに」なんて迂闊なことを言ってしまった、自分の愚かさを悔いた。
たった9歳で家族を失い、それからは大人に人を殺す道具のように扱われ続けたなんて、あまりにも酷すぎる。彼の対人関係での不器用さや無茶な戦い方にも、納得がいった。
そんなリアムの悲しみも苦しみも、平和な世界で育ってきた私には分からない。大変だったね、辛かったね、なんて薄っぺらい言葉など、口に出せるはずがなかった。
それでもこの胸の中にある、うまく言葉にできない気持ちを少しでも伝えたくて。地面に無造作に置かれていた、私よりも少しだけ大きな左手をそっと握る。
一瞬だけ、驚いたようにびくりとその手は小さく跳ねたけれど、やがて弱々しく握り返された。
「……俺だって、サラに拾われたかった」
そして、夜風にかき消されそうなくらいの小さな声で、彼はそう呟いたのだ。
気が付けば、私の目からは涙が零れていた。私が泣いたところで、何も変わらない。リアムを困らせるだけだと言うのに。拭っても拭っても、涙は溢れてくるばかりで。
──あの日、ルークが私に拾われたという話をした時、彼は一体どんな気持ちで聞いていたのだろう。
「泣くなよ。余計ブスになるだろ」
「っごめん、ほんとに、ごめん」
「ほんと、変な奴。……少しだけ、寝る。肩貸せ」
そう言うとリアムは、隣に座っていた私の肩に自身の頭を預けた。その身体は、ひどく熱い。
もしかしたら、これが今の彼に出来る精一杯の甘えなのかもしれない。そう思うと、また涙が止まらなかった。
やがて、規則正しい寝息が聞こえてきたけれど。段々と風も冷たくなり、ずっとここに居ては風邪を引いてしまう。どうにかしてリアムを部屋まで連れて行かなければと思っていると、不意に人の気配がした。
首だけ小さく振り返れば、そこにはルークが居て。
「すみません、立ち聞きするつもりは無かったんですが」
部屋まで運びます、と言うと彼はリアムをそっと抱き上げた。人目のない道を歩いていき、リアムの部屋の鍵を借りてくると、起こさないよう慎重にベッドに寝かせた。
少しだけ呼吸の荒い彼の頭を、そっと撫でる。まだ幼さが残るその顔を見ていると、また視界がぼやけた。
しばらくリアムを見守り、体調も落ち着いた頃に部屋を出た。少しだけ私の部屋へ行きたいというルークと部屋へ入ると、いつの間にか私は彼に抱きしめられていた。
「……ルーク?」
名前を呼んでも、彼は黙ったままで。
私の肩に顔を埋めている彼の頭をそっと撫でれば、よりきつくきつく、抱きしめられた。
「俺は、自分がどれほど恵まれていたのか、わかっていませんでした」
リアムの話を、彼も聞いていたのだろう。
境遇は違えど、家族を失い一人になった過去がある彼は、彼の話を聞き私以上に胸が痛んだに違いない。昨日まであんなに目の敵にしていた彼が、自らリアムを部屋まで運んでいたのが何よりの証拠だった。
「……もう少しだけ、こうしていてもいいですか」
その言葉に頷くと、彼はそれ以上何も言わず、縋るように私を抱きしめ続けていた。