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祝勝会にて

 


 魔獣の断末魔や、魔法攻撃による爆音が響き渡る中、私は後方にて次々とやってくる怪我人に、ひたすら治癒魔法をかけ続けていた。半日経ち、私の魔法を見て驚く他国の騎士達の反応にも慣れてきたところだ。


「サラ様、次の患者をお願いします」

「わかりました」


 昨日の昼頃、私達はマリアーク王国に無事到着した。そしてその日の夜には作戦会議に参加し、翌日である今日は朝から討伐に参加している。中々のハードスケジュールだ。


 それでも今のところ重傷患者はおらず、こちらが大分優勢らしい。大量発生しているとは聞いていたけれど、いざ現場に到着し、うじゃうじゃと蠢く大量の魔獣を見た時には、ぞわりと鳥肌が立った。それでも数は多いだけで、比較的弱いものばかりらしく安心した。


 そんな中でも、患者が途切れるとついルークを探してしまうのだけれど。こんな戦いの場で不謹慎だとは思いつつも、その勇姿にときめいてしまう。


「……すごい、なあ」


 ルークが魔法を使い戦っている姿を見るのは、初めて魔法を発動させたあの時以来、初めてだった。巨大な氷の竜を繰り出し、おびただしい数の魔獣を一気になぎ倒していく。その美しい魔法と真剣なルークの表情に、思わず見とれた。


 ……一体、彼はどれ程の努力をしてきたのだろう。自らの魔力に怯えていた頃が嘘のようだった。そんなルークを見ると、なんだか少しだけ涙腺が緩む。


 そうして思い出に浸っていると、背中越しに「おいブス、治せ」なんて声が聞こえてきて。急に現実に引き戻された私は、振り返った瞬間、倒れそうになった。


「な、な、なな……!?」

「痛えから、早くしろ」


 見事に反対方向に折れているリアムの両腕に、慌てて手をかざす。先程彼を見た時にも、恐ろしく無茶な戦い方をしているとは思ったけれど、こんな酷い怪我をするなんて。


 こんな大怪我をしていても表情を変えず、自らの足でここまでやって来た彼に、驚きが隠せない。普通なら、気絶してもおかしくない位の痛みだろう。


「リアム、お願いだからもう少し気をつけて戦って」

「何でだよ、治療が面倒臭いからか?」

「あのねえ……心配だからに決まってるでしょうが」


 治療をしつつ少し強めにそう言うと、彼はぽかんとした表情を浮かべていて。やがて、ぷいとそっぽを向いた。


「……なんで、俺が心配なわけ」

「心配するのに理由なんていらないでしょ、とにかく自分をもっと大切にして」

「なんだよ、それ」

「はい、治ったよ。気を付けてね」


 そう言ってぽんと頭を手を乗せると、「子供扱いすんなババア!」なんて言って、彼は走って行ってしまった。


 けれどそれ以降、リアムが怪我をすることは一度も無くて。やっぱり少しは可愛いところがあるじゃないか、と思ってしまうのだった。




◇◇◇




「本当に、本当にありがとうございました。皆様のお陰でこれからは安心して眠れます……!」


 魔獣が湧いていた地域の領主は、床に頭が着くのではないかという勢いで何度も頭を下げていた。


 討伐開始から、8日が経った今日。昼に無事討伐は終わったものの、連日の戦いにより私の魔力はもう空っぽだった。ひどい疲労感と倦怠感に襲われており、本当は今すぐ布団に入り半日くらい寝ていたい。


 それでも国家間での付き合いは大切で、今夜領主館で行われる祝勝会にも参加せざるを得ない。皆もちろん正装などは持ってきておらず、騎士は隊服を、私やリアムはローブを着て参加することになった。




 夕方になり祝勝会が始まったものの、次々とマリアーク王国の要人に声をかけられ、あまり自由に動けずにいた。


「サラ様の光魔法は、大陸一ですよ!」

「そ、そんな……勿体ないお言葉です」

「貴女の様な方が、我が国にも現れて欲しいですなあ」

「ありがとうございます」


 そんな会話をしながらちらりとルークがいる方を見れば、彼は貴族女性達の視線をかっさらっていた。隊服を着て片側の髪を耳にかけているルークは、光り輝いて見える程に格好いい。正直、私も彼を見つめる輪に混ざりたいくらいだ。


「リアム様の魔法も素晴らしいと聞きましたわ。まさに百人力という言葉がぴったりだとか」

「……ありがとう、ございます」


 そして私の隣にいるリアムもまた、女性達に注目されていた。黙っていれば確かにイケメンなのだ。特に彼は未婚で歳も若いせいか、ルークよりも熱い視線を向けられていた。


 暫くしてようやく解放された私は、近くにあったグラスを手に取ると一気に飲み干した。リアムはひょい、と近くにあった果物を口に放り込んでいる。


「リアムも何だかんだ、こういう場では大人だよね。ベタベタされても苦笑いで済ませてたし」

「あれはまじでキツかったけどな。流石に他国で問題は起こせないし」


 そう言うと、リアムは深いため息をついた。


「そもそも、リアムは私にだけ当たり強くない? たまに自国でも女の子に絡まれて嫌そうにしてるの見るけど、ブスとか絶対言わないじゃん」

「……あのなあ、ブスにブスって言えるわけないだろ」

「えっ?」


 そう言うと、リアムは人混みの中に消えていった。一人その場に残されたわたしは、ぽかんとしたまま立ち尽くす。


 ……つまり彼は、私のことをブスだとは思っていないらしい。なんだ、それ。素直じゃないにも程がある。


 動揺してしまったものの、ようやく一人になれたのだ。ルークの元へと向かうと、ちょうど煌びやかな女性達がルークに話しかけているところだった。


「ルーク様、この後お時間を頂けませんか?」

「すみませんが、結婚していますので」

「まあ、真面目な方なんですのね」

「そこもまた素敵ですけれど、この国でなら奥様の目もないでしょう? 少しくらい羽目を外しても、」


「いえ、あなた方の後ろに立って見ていますよ」

「えっ」


 ルークがそう言うと同時に振り返った女性達は、まるで化け物を見るかのような顔でこちらを見た。気持ちは分からなくもないけれど、失礼にも程がある。


 彼女達は失礼致しました! とすぐに、蜘蛛の子を散らすように去っていった。全く、油断も隙もない。


「すみません、サラ。なかなか抜け出せなくて」

「ううん、私もだったから。それにしても、ルークはやっぱりモテるんだね。焼きもち妬いちゃった」


 そう、軽い冗談のつもりで言ったのだけれど。彼はなんと照れたように顔を赤らめ、私からふいと視線を外した。そのあまりに可愛い反応に、こちらまで照れてしまう。


「……とても、嬉しいです。サラが妬いてくれるなんて」

「そ、そうなの……?」

「はい。連日の疲れも吹き飛びました」


 そう言って、幸せそうに笑うルークに胸が高鳴る。冗談だったとはもちろん言えず、私は少し胸を痛めながらも、そんな彼が大好きだと心の中で叫び続けていた。


 それからしばらく二人で話していたけれど、またすぐにルークはマリアークの騎士団長の元へと呼ばれてしまった。


「なるべく早く戻りますね」

「気にしないで。のんびりお酒でも飲んでるから」


 そうして私は近くにいたレオンくん達と共に、美味しいお酒や食べ物を楽しんでいた。するとふと視界の端で、見覚えのある黒髪がふらつきながら歩いているのが見えた。


「……リアム?」


 その顔は、何故か林檎のように真っ赤で。様子のおかしい彼が心配になった私は、レオンくんに少しリアムを見てくると伝え、後を追って庭へと出た。


 外に出たものの中々リアムの姿は見つけられず、しばらく探し回っていると、やがて生垣の影から黒髪が見えた。見つけられたことに安堵しつつ、彼の元へと歩いて行く。


 するとそこにいた彼は、まるで何かに怯えるように小さくうずくまっていて。私は思わず、足を止めた。



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