小さな独占欲
「や、やっと着いた…」
出発してから半日。ようやく本日宿泊する宿に到着し、私は馬車から降りただけで涙が出そうだった。あの後もリアムの生意気な態度は続き、いい加減にしなさいとリアムには怒りつつ、今にも魔法攻撃を繰り出しそうなルークを宥め続けていたのだ。どうしてこんなことに。スレン様のせいか。
その後、宛てがわれた部屋でゆっくりと風呂に浸かり、皆で美味しい夕食を食べ、私はだいぶ元気を取り戻すことが出来た。まだ寝るには早く、ルークを誘って宿の周りを散歩しようと思っていた時だった。
「ルーク師団長、サラさん。良ければこの後、近くの飲み屋で一杯やりませんか?」
そんな誘いをしてくれたのは、ルークの隊の若い騎士であるレオンくんで、私にも懐いてくれている可愛い青年だ。
ルークにどうすると尋ねれば、サラに任せますとの返事が返ってきた。どうせ明日も、馬車に揺られて移動するだけなのだ。少し飲みたい気分だしと、行くことにした。
「他にも何人か声をかけてみますね! サラさんも誰か誘いたい方がいれば、是非」
「うん、わかった」
とは言ったものの、今回のメンバーに親しい人などいないのだ。とりあえず、上着を取りに行くため一度部屋へと向かう。その途中で、ばったりとリアムに出くわした。
宿に着いてからというもの、私としか会話をしていない彼のことが、実は気がかりだった。
リアムはその実力と立場から、周りに一目置かれている。その上態度が良くないものだから、みんな彼に話しかけづらいのだろう。かと言って、リアムも基本的に自分から誰かと話そうとする様子もない。要するにぼっちである。
スレン様に保護者代わりだなんて言われたせいか、かなり腹は立つ奴だけれど、なんだか放っておけなかった。
ルークにこっそりとリアムを誘っていいか尋ねれば「サラの好きなようにしてください」と言ってくれた。内心かなり嫌だろうに、いい子すぎる。好きだ。
「ねえリアム、この後皆で飲みに行くんだけど来ない?」
「……行く」
「え、ほんとに?」
「は? お前が誘ったんだろ」
自分から誘ってはみたものの、まさか行くと言うとは思わず驚いてしまった。ちなみにこの世界では16歳からお酒は許されている。大人しく私達の後を着いて来る姿は、少しだけ可愛く見えた。
「「乾杯!」」
宿のすぐ近くにあったお店は小洒落た雰囲気で、お酒もおつまみも美味しい。全部で10人ほどが集まっており、私はルークとリアムの間に座っていた。
リアムはワインかと思いきや、ブドウジュースをちびちびと飲んでいた。少しは可愛い所があるではないか。
あまり話したことが無かった人や、初めましての人もいたけれど、楽しい人ばかりでついついお酒も進んでしまう。時折リアムにも話を振れば、ぶっきらぼうながらも返事はしてくれて。みんな彼と話してみたかったらしく、そう言われたリアムは少しだけ照れたような表情を浮かべていた。
「それにしても、師団長とサラさんはお似合いですね」
「あ、ありがとう」
「俺もいい出会いが欲しいなあ……そうだ、お二人はどこで知り合ったんですか?」
そんなレオンくんの質問を聞いていた人々も、確かに気になると口々に言い出して。なんと答えたら良いものかと、助けを求めるようにルークを見れば、彼は柔らかく微笑んだ。
「子供の頃、何もかもを失って死にかけていた俺を、サラが拾ってくれたんです。ね、サラ?」
そんなルークの言葉に頷くと同時に、視界の端で興味なさげにしていたリアムが、ぱっと顔を上げた。切れ長の瞳が驚いたように見開かれている。
「ルーク師団長にも、そんな過去があったんですね……つまりサラさんは命の恩人、という訳ですか」
それはルーク師団長もメロメロになる訳だ! なんて言って笑顔を浮かべるレオンくんに、なんだか恥ずかしくなる。
周りの人々も素敵だとかお似合いだと囃し立てる中で、リアムだけはじっと遠くを見つめていた。
◇◇◇
2時間ほど飲み、早めに解散した後はルークが部屋まで送ってくれた。ちなみにルークの部屋はすぐ隣だそうだ。
部屋の中にあるソファに二人並んで腰掛けると、私はこてんとルークの肩に頭を預けた。ルークが一緒だという安心感から、少しだけ酔ってしまった。
「楽しかったな、みんないい人だったし」
「皆、サラのことを可愛いと言っていましたね」
「あんなのお世辞に決まってるよ」
「そんな事ありません。王城や騎士団内でも、そう言っている人間がいると聞いていますから」
「そ、そうなの?」
そう言われて、悪い気はしない。むしろ嬉しい。明日からはリアムにブスと呼ばれても、鼻で笑い飛ばせそうだ。
「そう思われている方が、ルークも嬉しいでしょ?」
私だって、ルークが格好いいとか素敵だとか言われていると、嬉しい。そう思いながら隣の彼を見上げれば、何故か真剣な表情をしたルークと目が合った。
「……サラがこんなにも可愛いことなんて、俺だけが知っていれば良いと思っていますよ」
「えっ」
「お願いですから、他の男の前で今みたいな可愛い顔、絶対にしないでくださいね」
そう言って、真っ赤になっているであろう私の頬を、彼はするりと撫でた。そんなこと頼まれなくとも、ルーク以外の人の前では、今と同じ表情など出来ないに決まっている。
鼻と鼻がぶつかりそうなくらいの近距離で「ね?」なんて言われてしまい、心臓が痛いほどに早鐘を打つ。必死にこくこくと頭を上下に振れば、ルークは満足そうに微笑んだ。
「おやすみなさい、可愛いサラ」
頬に軽くキスを落とし、ルークは自室へと戻って行く。
ドアが閉まった後、私はあまりの甘さに耐えきれずベッドに倒れ込み、しばらくじたばたとし続けていたのだった。