同盟国への出張
「出張、ですか」
「はい。同盟国であるマリアーク王国の一部で、魔獣が大量発生して討伐が追いつかないようで。そこで、サラさんを含めた我が国の精鋭達に手伝いに行って貰う事になりました」
スレン様はそう言うと、にっこりと綺麗過ぎる笑顔を浮かべた。彼がこの表情をする時は、大抵こちらにとってよくない話をする時だと気が付いたのは、何時だっただろうか。
「それって、結構長期になりますよね……?」
マリアーク王国までは、確か行くだけで一週間くらいかかるはずだ。その上、討伐して帰ってくるのだから最低でも一ヵ月はかかるだろう。一応新婚なのだ、そんなにもルークと会えないのは正直寂しい。
そんな私の気持ちを見透かしたように、スレン様は「安心してください」と微笑んだ。
「ルーク師団長も一緒ですよ」
「えっ」
「魔獣達を皆殺しにした後には、数日の自由時間も設けますから、ぜひ新婚旅行気分で行ってきてください」
「そんな物騒な新婚旅行あります?」
最近気が付いたのだけれど、スレン様はかなり適当でぶっ飛んだ人だった。魔法に関しては超一流だけれど、それ以外は本当に適当で滅茶苦茶で、彼のせいで私まで何度も偉い人達に怒られた。私生活では絶対に関わりたくないタイプだ。
「ちなみにリアムも一緒なので、保護者代わりとして彼のことよろしくお願いしますね」
「待ってください、本当に嫌なんですけど」
「彼はあなたに懐いていますから」
「スレン様、目を悪くされたんですか?」
物騒だとは言いつつも、ルークと初めて他国に行けるのは少し楽しみだと、内心喜んでいたのも束の間で。私の気分は一瞬でどん底に落ちていた。
……リアムは私と同じ王国魔術師で、火魔法の使い手だ。
そんな彼は私よりも六つ年下の17歳だというのに、魔力量も攻撃力も桁外れで、その実力は騎士団の師団長クラスなんだとか。一度一緒に遠征に行ったけれど、あまりにも強すぎて引いたくらいだ。
黒髪黒目の美少年の彼を初めて見た時には、日本人の私はとても親近感が湧いたのだけれど。
『初めまして、サラです。よろしくね 』
『は? 俺の方が先輩だけど。敬語くらい使えよブス 』
話してみると、本当に本当に生意気なクソガキだった。
そのくせ、何かあるとすぐに私の所に来ては悪態をつく。初めはツンデレかと思ったけれど、デレは無い。サラと名前をきちんと呼ばれたこともなく、ブスと呼ばれ続けていた。
それでも、天才少年と謳われる彼は王国魔術師としては私よりも二年も先輩なのだ。年下といえど彼の言う通り敬語を使うべきだったと一応反省した私は、敬語を使いリアムさんと呼んでみたものの「気持ち悪いからやめろ」と言われて今に至る。本当に訳が分からない。
そんな彼と1ヶ月以上一緒だなんて、本当に憂鬱だった。
「出発は三日後です。頑張ってくださいね」
そもそも週末は、前から計画していたルークと二人で遠乗りに行く予定だったのに。私はがっくりと肩を落としながら、わかりましたと答えたのだった。
◇◇◇
『移動中は、ルーク師団長と同じ馬車になるよう手配しておきましたから。楽しんでくださいね 』
出発する前日、スレン様はそう言ってばちんとウインクをしていて、流石気が利くなあと感動していたのだけれど。
「なあブス、喉乾いた」
なぜ、ルークだけでなくリアムも一緒なのだろうか。間違いなくこの配置には悪意がある。
「お茶でいい?」
「ん」
仕方なく、カバンからお茶を出してリアムに渡そうとすると、ルークによって腕を掴まれた。
「……ルーク?」
「お前、誰に向かってブスなんて言ってるんだ?」
「あんたの隣の女だけど」
「今すぐ降りろ、殺す」
「ちょ、ちょっとルーク! 落ち着いて!」
ブスと呼ばれ慣れすぎて、つい普通に返事をしてしまったけれど、私の隣にいたルークは本気で怒っていた。
妻が目の前でブスなんて言われているのだ、怒るのも当たり前だ。リアムよ、頼むから少し空気を読んでほしい。
「私は気にしてないから、大丈夫」
「世界一可愛いサラにそんな事を言うなんて、許せません」
「ルークがそう言ってくれるだけで十分だよ」
「目、大丈夫か? そいつに治して貰ったら?」
その瞬間、馬車の中の温度が急低下した。何故、火に油を注ぐことを言うのだろうか。冷や汗が止まらない。
ルークは貼り付けたような笑顔を浮かべ、私を見た。
「魔獣の討伐中、どさくさに紛れてこいつを殺してしまっても構いませんよね?」
「ほ、本当に落ち着いて! リアムも少し黙って!」
「いいから早く茶よこせ」
出発後30分にして、私は既に帰りたくなっていた。
少し長めのお話になります。いつもブクマや評価、感想ありがとうございます!引き続き更新頑張ります。