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夫婦の形1

そっとR15タグを追加しました。ご注意ください。



「ふわあ……おはよう、ルーク」

「おはようございます」


 朝が弱い私はメイドさんの声でいつも目を覚まし、軽く支度をして食堂へ向かう。そこには朝から眩しい笑顔を浮かべたルークがいて、私もつられて笑顔になる。


 向かい合うようにして座ると、すぐに目の前に置かれた牛乳の入ったグラスに口をつけた。朝はやっぱりこれに限る。


「今日だよね? レイヴァン様と飲みに行くの」

「はい。俺は仕事で少し遅くなりそうなので、二人で先に始めていてください」

「おっけー」

「飲み過ぎないようにしてくださいね」

「それは本当に、気をつけます」


 今日は仕事が終わったあと、レイヴァン様と三人でいつもの居酒屋で集まる約束をしている。私も今や独身ではない上に、立場もあるのだ。酔っ払って羽目を外すわけにはいかない。気をつけてお酒を飲まなければと決意した。


 そうして他愛ない話をしながら朝食をとり、二人とも仕事の日は一緒に馬車に乗って王城へと向かう。


 ……そんないつも通りのこの日常が、普通とは少し違うということを、私はまだ知らなかったのだ。




◇◇◇




「お、サラちゃん。待ってたよ」

「こんばんは、レイヴァン様」


 仕事が終わり、まっすぐ約束の店へと向かう。中へ入るとすぐに、片手をひらひらと振ってくれているレイヴァン様と目が合った。彼に会うのは、プロポーズをされた日以来だ。


 適当におつまみになるものを頼むと、一足先に私達は乾杯をした。仕事終わりのお酒というのは、どうしてこんなにも五臓六腑に染み渡るのだろうか。


 それからは王国魔術師になった経緯や仕事の話など、お互いの近況報告をしながらビールを流し込んでいく。やがてルークの話になると、彼はにやりと笑みを浮かべた。


「新婚生活はどう? 寝不足だったり?」

「寝不足……? 今は仕事もそんなに忙しくないので、毎日たっぷり寝てますよ」

「サラちゃんてば、とぼけちゃって。そうじゃなくて、ルークが寝かせてくれないんじゃないかって事だよ」

「ルークが? いつも眠いからもう寝るね、って言ったらお休みってすぐ部屋に帰してくれますけど」

「…………え?」

「えっ?」


 レイヴァン様の綺麗な顔が、間の抜けたものに変わる。何かおかしい事を言ってしまっただろうか。


「待って。……もしかして別々に寝てるの?」


 ひどく驚いた様子のレイヴァン様に、こくりと頷く。すると彼は、信じられないものを見るような目で私を見た。


「……あいつの忍耐力、どうなってるんだ」


 そう呟いた彼に、なんだか不安になった私は「何か変ですか?」と恐る恐る尋ねる。


「今時、政略結婚でも別々に寝る方が珍しいと思うよ」

「えっ」


 そしてそれから、私はレイヴァン様から貴族にとっての初夜の重要性や、此処では結婚後の夫婦は余程のことがない限り、一緒に寝るのが当たり前だと言うことを教えられた。元の世界でも両親も別々に寝ていたから、私はこれが普通なのかと思っていたのだ。


 無知というのは、本当に恐ろしい。こちらの世界のことは私なりに一生懸命学んでいたつもりだった。けれど何を知らないという事すら、私は知らなかった。


「で、結婚式をしてないとはいえ、初夜はどうしたの?」

「ええと……」


 慌てて、教会へ行った日のことを思い出す。確か籍を入れた後、高級なレストランに行き、たらふく食べてお酒を飲んで。その結果、私は帰り道の馬車で寝落ちしたらしく、起きたら自分のベッドで一人寝ていたのだ。


 初夜がそんなに大事なものだとは知らなかったとは言え、私は自らの行動を思い出し、テーブルに頭を打ち付けた。よくこんな女を、ルークは見放さないなと泣きたくなる。


 思い出したことをそのまま話すと、レイヴァン様はもう限界だとでも言いたげに笑い始めた。


「サラちゃん、滅茶苦茶すぎる……! ねえ、不躾な質問だけどルークとはどこまで?」

「ほ、ほっぺに、キスを……」


 そう言った瞬間、彼は更に大笑いをし始めて。私はもう、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。


「ピュアすぎるだろ……!」

「笑いすぎです!」


 一緒に寝るのはともかくとして、未だに唇にキスすらしていないのは、流石の私も少し気にしていた。相変わらずルークはくっついてくるし、毎日好きだと囁いてくれる。頬や額にはキスを落とすけれど、それ以上は何もしてこないのだ。


「わ、私の魅力が足りないとか……?」

「ルークに限って、それはないと思うよ」


 きっぱりと言い切るレイヴァン様に、少し安堵する。


「あいつはさ、何かサラちゃんに遠慮してる部分もあるし、たまにはサラちゃんからグイグイ行ってあげなよ」

「ぐ、ぐいぐい……」

「そうそう。ルークも喜ぶと思うけど」

「そんなの恥ずかしいです……!」


「そんな時の、これだよ」


 そう言って、彼はどん、とワインボトルを私の目の前に置いた。あれ、いつもの流れになっていやしないだろうか。


 けれど確かに、多少お酒の力を借りるのも手かもしれない。結局私は、いつもの様に飲まされてしまうのだった。




◇◇◇




「てっきりまた潰れてしまうかと思ったんですが、思ったよりしっかりしてますね」

「ふふ、私ももう、人妻ですからね」


 あの後ルークも合流し、先程の話は一切せずに三人で楽しく飲んでいたけれど。常に頭にはこの後のことがちらつき、かなりのお酒を飲んでも、いまいち酔いきれなかった。


 やがて夜も深くなり、解散することになった。帰り際、レイヴァン様は「頑張ってね」とこっそりウインクしてきた。間違いなく面白がっている。けれど、彼のお陰で私は知らなかった常識を知ることが出来たのだ、一応感謝はした。


 ルークと馬車に乗って屋敷に帰宅すると、彼は私を部屋まで送ってくれた。ここまでは、いつも通りだ。


「具合は悪くないですか?」

「うん、大丈夫。ありがとう」

「良かった。では、また明日」


 そう言って、私の額にキスをして部屋を出ていこうとするルークのシャツを、慌てて掴んだ。彼はすぐに振り返ると、不思議そうな顔でこちらを見ている。


 ……間違いなく、今しかない。私は勇気を振り絞った。


「キ、キス、しませんか」


 突然のそんな言葉に、ルークは「え、」と小さく驚きの声を漏らすと、固まって。しばらくそうしていたあと、彼は片手で額を抑え、何やら考え事をしているようだった。


「……サラ、酔っているんですか」

「少しだけだよ」

「それなら、レイヴァンに何か言われたんですか」


 私が突然キスしようなどと言った理由を、彼は必死に考えているらしい。その顔は少し赤いけれど、彼は全く酔っていなかったし、お酒のせいではないだろう。


 もちろん、レイヴァン様に普通の夫婦とは違うと言われたことは気にしている。けれどそれは、きっかけに過ぎない。


「わたしが、したいと思ったの」


 そんな素直な気持ちを伝えた瞬間。


 気がつけば、噛みつくように唇を塞がれていた。



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