二人だけの夜
「ルークはちゃんと、今度カーティス様達に会ったら謝ってよね! こないだのは本当に失礼すぎる」
「お、サラちゃんいけるねえ、ほらもう一杯」
そう言ってレイヴァン様は、一気飲みしたせいで空になったグラスに白ワインをついでいく。彼が好きだというそれはフルーティで甘くて飲みやすくて、とても美味しい。
……いよいよ私も仕事が始まり、エリオット様の元で働きだして数日。仕事を終えて病院を出ると、そこにはルークとレイヴァン様がいて。二人とも明日は休みらしく、飲みに行こうと誘われたのだ。
そうして居酒屋へと来たのだけれど、レイヴァン様は飲ませ上手で、私はハイペースで飲んでしまっていた。仕事終わりにイケメン達に囲まれて飲むお酒など、美味しくないわけがないから困る。
ルークはとても酒に強いらしく、酔っているところはほとんど見たことないからつまらないと、レイヴァン様は言っていた。彼は今だって、強めのウイスキーをロックで飲んでいる。大人すぎて少し悔しい。
「それにしてもルーク、お前も余裕ないんだな」
「……うるさい」
「俺は必死なお前が見られて嬉しいよ」
二人がそんな会話をしているのを、私は此処の名物だという焼き鳥を食べながら聞いていた。彼らがよく来るというこの店は、料理もとても美味しい。
「サラちゃんはさ、恋人とか欲しくないの?」
「……うーん、欲しくないわけではないんですけど」
三年前、元の世界に戻ったあとも、恋人がいた事は一度だけあった。彼のことはそれなりに好きだったし、だからこそ告白されて、OKした。
けれどなんというか、心があまり動かなかったのだ。
思い返せば、会えない時間に彼は今何してるかな、なんて考えたこともほとんどなかった。どちらかと言うと、ルークのことを考えてた方が多かった気がする。今頃魔法学院で勉強しているんだろうか、なんて考えてばかりで。
多分、彼の好きと私の好きにはかなりの差があって。そのせいで結局、あまり上手くいかずに終わってしまった。
「深く人を好きになった事がないんです」
「へえ、サラちゃんって意外と落ち着いた恋愛するんだ」
「そんなんじゃないですよ。でも誰かを好きで好きで、胸が苦しくなるような恋には憧れてます。乙女ですから」
「そのうち出来るんじゃないかな」
「だといいんですけど」
そんな会話をしている私達を、ルークは透き通るような金色の瞳で、黙って見つめていた。
「そうだ、レイヴァン様は恋人とかいないんですか?」
「最近はいないな、女の子は好きだけど疲れるんだよね。俺、束縛されたりするの嫌いだし、よく揉め事に巻き込まれるし、恨みを買ったりもするし」
「な、なるほど……」
彼ほどのイケメンには、私のような下々の人間にはわからないような悩みがあるのだろう。
ルークは、と尋ねようと思ったけれど、以前あまり乗り気では無かったのを思い出して、口を噤む。そうしているうちに、店内に騎士団のルークの知り合いと言う人達が来店し、彼は少し席を外すことになった。
そして、レイヴァン様と二人きりになる。
「よし、サラちゃん。飲もうか!」
「もう十分飲んでますし、そろそろ水を」
「君が飲んだら飲んだだけ、ルークの話をしてあげる」
「さ、飲みましょうか」
「あはは、すいませーん! もう一本追加で」
……そんなレイヴァン様のせいで、それから1時間も経たないうちに、私の記憶は途切れることになる。
◇◇◇
「大丈夫ですか? サラ」
「うん、いますぐなおすから、待ってて」
「……大丈夫ではなさそうですね」
結局、知り合いに声をかけられて席を外しているうちに、レイヴァンがサラを泥酔させてしまっていた。
彼女はヒビの入ったグラスに手をかざし、「なおれ!」なんて言っていて、レイヴァンは腹を抱えて笑っている。意識はあるものの、ぐったりとしているし顔も身体も赤い。
戻ってきた俺を見ると、彼女は嬉しそうにふにゃりと笑った。その姿に、悔しいくらいに心臓が高鳴る。
「あー、サラちゃん面白かった。また誘うわ」
「お前は飲ませすぎだ」
「ルークがいるから、安心して飲ませられるんだよ」
そんなことを言うレイヴァンと店の前で別れ、ぐったりとしているサラを背負うと俺は帰路に着いた。馬車に乗ろうかとも思ったが、屋敷までは歩いても20分くらいの距離だ。
彼女の酔いが、夜風に当たることで少しでも落ち着けばいいと思い、そのまま歩いていく。少し歩けば、建物も人も減り、静かな時間が訪れた。
「ルークはあったかいねえ」
「サラも、温かいですよ」
そう言った彼女は小さくて、軽くて。そんな彼女に自分は守られていたのだと思うと、不思議な気持ちになる。
「……あ、あたま痛くなってきた……にんげんやめる」
「やめないでください。大丈夫ですか? 何か俺にして欲しいことはありますか?」
「なんでも、いいの?」
「はい。どんなお願いでも聞きますよ」
具合の悪そうな声を出す彼女に、俺は慌てて立ち止まる。
どんなお願いでも聞くとは言ったものの、水を買って来て欲しいとか、そんなレベルのものだと思っていた。
けれど、彼女から返ってきた言葉は予想外のもので。
「……しあわせに、」
「えっ?」
「ルークに、しあわせになってほしい」
「むかしからずっと、それだけなんだ」
「…………っ」
「へへ、おねがいね」
その優しい声に、言葉に。少しだけ、視界が滲んだ。
……彼女は、いつだって俺の事ばかりで。自分よりも俺の心配をして、俺のために一生懸命だった。
「お願いですから、これ以上好きにさせないでください」
「んー?」
「貴女は、本当にずるい人だ」
好きにさせるだけ、好きにさせて。いつだって、肝心な俺の気持ちには気づいてくれない。
けれど俺は、そんな彼女が好きなのだ。
「……サラ、大好きです」
そんな俺の言葉は、いつの間にかすやすやと寝息を立てている彼女に届くことはないまま、夜に溶けていった。