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91 よく当たる占い屋

 その後、アルメはファルクと共に、いくつかの物件を見てまわった。


 建物内が綺麗に空っぽになっている物件。家具や設備がそのまま残されている物件。広いところから、こじんまりとしたところまで、色々と案内してもらった。


 パッと見はどこも素敵に思えたけれど、不動産屋曰く、やはり火事の中心地に近づくほどに、火の扱いに注意が必要になってくるそう。


 万が一のことを考えると、事故エリアの中心地から外れたところを狙うのがベストに思えた。……賃料は少し上がってしまうけれど。



 そうしてひとまず、今日の物件回りは終了となったのだった。

 得た諸々の情報は、一度持ち帰って検討してみようと思う。


 まだ店舗候補を決めたわけではないけれど、実現に向けて意識が高まる日となった。



 

 不動産屋と別れた後、アルメとファルクは街歩きを楽しみつつ、キャンベリナの店へと向かっていた。チラッと様子をうかがいに……。


 通りを歩きながら、二号店についてあれこれ意見を交わす。


「最近、アイス屋の売り上げも伸びてきていますし、婚約破棄の慰謝料もまるっと残っていますから、まとまった資金がないこともないのですが……。でも、新たに店を構えるとなると、なんだか怯んでしまいますね。もし赤字が出たら、とか……考えてしまいます」

「慎重なのはよいことだと思います。けれど、赤字を恐れて格安事故物件を選ぶのは、いただけませんね。……これは俺の個人的な願いですが、多少賃料が高くついても、安全な場所に店を構えていただきたく」

「そうですねぇ……鍋をコンロの火にかけようとしたら、精霊の魔力で火柱がブワッと! ――なんて事態になったら、シャレになりませんからね」

「想像するだけで肝が冷えます。絶対にやめてください」


 二人で神妙な顔をしてしまった。賃料の安さとリスクとの兼ね合いは、真剣に考えたいところだ。


 そんなお喋りをしていると、ふと視界の端に何か煌めくものが見えた。


 目を向けると、街路樹の木陰に占い屋があった。小さなテーブルの上にゴロゴロと石が並び、その石が木漏れ日を反射している。


 占い屋を見て、思わずアルメは足を止めた。


「あら、地下街の占い屋さん。場所を変えたのかしら」

「占い屋? 馴染みのお店ですか?」

「いえ、一度行ったことがあるというだけなのですが。あの方の占い、結構当たるんですよ。ちょうどいい機会ですし、仕事運でも占ってもらおうかしら。ファルクさんもどうです?」

「俺はあまり、占いの未来視は信じていないのですが。――でもせっかくですし、運を試してみましょうかね」


 ファルクは苦笑しつつも、意外と乗り気だった。何か運試ししたいことがあるようだ。


 二人で木陰の占い屋に歩み寄って、占い師の老婆に話しかけた。


「こんにちは。占いをお願いしてもいいですか?」

「イッヒッヒ、迷えるお星様たちよ、どうぞお座りなさい」


 長い白髪に、手の甲には独特な青い文様。占い師タタククは、以前と同じように怪しげな雰囲気でアルメを出迎えた。


「そちらのお星様は二度目だね。隣は新しいお星様とみた。初回は三つ好きなことを占って、全体の運を見てやろう。二度目以降は三千G、初回は半額、どうするね?」

「お願いします。私は仕事運を占っていただきたく」

「俺は恋愛運を。あとの二つはどうしましょうかね。アルメさんは、初回に何を占ったのですか?」

「ええと、私は金運と健康運と、恋愛運を占ってもらいました」

「では、同じ占いにいたしましょう」


 初っ端から恋愛運を口に出したファルクに、ちょっと驚いてしまった。占いの定番なので、別におかしくはないのだけれど……。


 誰か気になる相手ができたのだろうか、という考えが胸をよぎりかけた。が、すぐに消し去る。……なんとなく、考えたくはなかったので。



 それぞれ占いを決めて金を払うと、早速タタククは占い始めた。


 まずはアルメの仕事運から占うことになった。

 テーブルに置かれた石から二つ選ぶと、タタククは石同士をガツンとぶつけ合う。


 石から光り輝く煙が湧き出て、占い結果が言い渡された。


「ふむ、精霊はこう言っている。怯むことなく進むがよい、と。ただし、時には休むことも必要さね。身と心を蝕む疲れに注意せよ」

「はい……気を付けます」

 

 アルメは真剣な顔をして頷いた。前回のことがあるので、忠告はしっかりと胸に刻んでおこうと思う。


 続いて占いはファルクに移った。


 同じように石を選んで、精霊の言葉を聞く。タタククはまず、健康運の結果を語った。


「精霊はこう言っている。日の暑さに気をつけよ、と。暑さに参った時には人目など気にせずに、速やかに涼を求めることだね」

「……なるほど、肝に銘じておきます」


 占いの結果を聞いて、ファルクは目をまるくした。暑さを苦手としていることを言い当てられて、驚いたようだ。


 彼は姿勢を正し、真剣な面持ちになった。わずかに前のめりになりつつ、次の金運を占う。


 石をぶつけた後、タタククは喋り出す。


「精霊はこう言っている。今まで通り、実り豊かであろう、と」

「それはありがたいことです」

「ただし、扱いには気をつけよ。お星様にとっては小銭であろうが、他のお星様にとっては大金となりうる。他所に流す金は、ほどほどに」

「……」


 ファルクはチラリと、アルメの首元に視線を向けた。一瞬アルメのネックレスを見た気がしたが、すぐに視線はそらされた。


 彼は何か誤魔化すように、タタククを急かした。


「――さ、次の占いを。石はこれとこれでお願いします」


 タタククは石をぶつけて、光の煙を見て語り始めた。三つ目の占い、恋愛運の結果だ。


「ふむふむ、精霊はこう言っている。お星様は好い人の寝床に侵入し、無防備に眠る乙女の服に手を伸ばし――」

「しませんよ! そんなこと!!」


 ファルクは目をむいて声を荒げた。アワアワする彼を、アルメは横目でじとりと睨んだ。


「……なんて不埒な……」

「しませんって!! 人をからかうのはおやめください……!」


 ファルクはタタククを睨んだが、彼女はサラッと流して続きを喋り切った。


「――夜を過ごして、乙女と共に朝のパンを食する、と精霊は言っている。イヒヒッ」

「ぐぬぬ……」

「さぁ、最後は全体の運を見てやろう。石をお選び」

 

 素知らぬ顔で占いを続けるタタククに、ファルクは呻き声をもらした。適当に石を選んで、むくれた顔で最後の占いを受ける。


「精霊はこう言っている。もうお星様は、あたたかな愛の虜だ。気楽に、真心のままに、夏の空の下で人生を楽しむように、と」


 語り終えると、タタククは胸に手を当てて挨拶をした。


「これで占いは仕舞いだ。また迷ったらおいでなさい。お星様たちよ」

「一部、腑に落ちない部分はありますが……ありがとうございました」

「ありがとうございます。――あぁ、そういえば、地下街から移転したんですか? 地上でお見掛けして驚きました」


 最後にタタククに問いかけてみた。移転したのなら、エーナにも教えてあげようと思う。


 タタククは怪しげに笑って答えた。


「一時避難さね。地下にいると、精霊たちが落ち着かなくてね。()が過ぎれば、また地下に戻るよ」

「はぁ……」


 よくわからない返事をもらって、アルメは呆けた声を出してしまった。



 

 占い屋の席を立ち、二人はまた通りを歩き出した。


「仕事運、『怯むことなく進むがよい』なんて言われましたし、二号店の計画は前向きに頑張りますね」

「応援させていただきます。……が、それはそれとして。あの占い屋は信じられません。精霊たち、絶対に適当を言っているに違いない……」


 ファルクはぶつぶつと文句を言い始めた。

 

 アルメも恋愛運は変な結果が出たので、あの占い屋は恋占いが不得意なのかもしれない。そう説明すると、彼はようやく溜飲を下げてくれた。



 

 お喋りをしているうちに、中央地区にたどり着いた。

 

 キャンベリナのアイス屋の前に立ち止まり、店を眺める。

 窓からチラッと覗いてみたが、まだ店内に動きはないようだ。人の影も見えなかった。


 掲げられた『ティティーの店』の複製看板を仰ぎ見て、アルメはため息を吐いた。


「それにしても、立派な看板だこと……」

「大きな看板だと、通りの遠くからでもよく見えますからね」

「通り沿いに店を出すとしたら、こういう看板も作らないといけませんね。差別化するには、新しくデザインし直した方がいいのかしら」


 青地に白い文字、そして花の絵の飾り。元はアルメの店の看板なのだから、同じデザインでも問題ないのだけれど。


 でも、キャンベリナの店との違いを印象付けるには、手を加えた方がいいかもしれない。


「大きくアイスの絵でも描き加えてみようかなぁ。こう、ティティーの文字の隣に」

「それなら白鷹ちゃんアイスはいかがでしょう。アルメさんのファミリーネームの隣に、俺を並べてくださいませんか?」


 ファルクは隣のアルメへと目を向けた。なんだか悪戯っぽい顔をしている。


 頭の中で看板をイメージして、アルメは提案に乗ることにした。


「それ、いいですね。いっそ白鷹ちゃんアイスをベースにして、店の『ゆるキャラ』でも作ってみようかしら。街の人たちに覚えてもらえるかも」

「……ゆるキャラ?」


 ファルクはコテンと首を傾げた。


「ゆるいマスコットキャラクター、略してゆるキャラ。可愛らしくデザインされたマスコットです。白鷹様をゆるキャラ化したら、不敬でしょうか? ってもうすでに、白鷹ちゃんアイスなんてものを作っていますが……」

「ふふっ、構いませんよ。ゆるキャラ白鷹、是非看板に添えてください」


 本人の許可も得たことだし、看板にはゆるキャラを描かせてもらおう。二号店にはティティーの名前と白鷹が仲良く並んだ看板を掲げることになりそうだ。






 

 それから日にちをかけて、アルメは何度も不動産屋へと通った。

 そして最終的に、一つ、店舗とする物件を押さえたのだった。


 賃料は月に二十万G弱。南地区の大通りに面した、一階建ての建物だ。元がカフェだったらしく、アイス屋にはうってつけの物件である。


 キッチン周りの設備と、カウンターやテーブルなどの什器がある程度そろっている。前のテナント――カフェのオーナーから、そのまま、まとめて買い取る形での契約となった。


 カウンターはアイス屋仕様に改装する必要がありそうだが、他は内装に手を加えることなく、そのまま使えそう。

 そんなところも、アルメの背中を押したのだった。


 

 不動産屋で正式に契約を交わして、鍵を受け取った。


 鍵を鞄の中に丁重にしまい込み、アルメは手帳を取り出した。パラパラとめくって、今後の予定を確認する。


(ひとまず、物件の契約関係はこれで一区切り。続けて看板の制作と、アイスカウンターの工事。それと並行して従業員の募集と、材料の仕入れの契約も見直して――)


 婚約破棄をされた日、一度、真っ白になってしまった手帳。その手帳には、もうあふれんばかりに予定が書きこまれている。


 その中には『縁探しを頑張る』なんて、ささやかな目標も書き込まれていたのだけれど。


 もはやその一文は、怒涛の予定メモに埋もれているのだった。


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