89 デスモンド家当主
デスモンド家当主――ゴンザロ・デスモンドは、屋敷の執務室でやれやれとため息を吐いた。
撫でつけた薄茶の髪をクシで整え直し、ずんぐりとした小柄な体を椅子に預ける。
机を片付ける初老の秘書を横目に、独り言のような愚痴をこぼした。
「まったくキャンベリナめ……我が娘ながら、しょうもないことをやらかしてくれたものだ」
娘が何やらおかしなことをやらかしたのは、ついこの前の話だ。新しく出した店の中で人違いをして、騒ぎを起こしたとか。
キャンベリナは昔からふわふわとした夢見がちな娘であった。けれど、そんな娘が初めて熱心に、商売の話を持ち出してきたのだった。
商家の娘としての自覚が芽生えたのかと思い、喜んで力を貸した。場所を借りて、人をそろえ、彼女の思い描いた店を出してやった。
――といっても、もちろん、娘可愛さだけで力を添えたわけではない。
白鷹うんぬんの曖昧な噂話はさておき、アイスというデザートは魅力的に思えたのだ。この年中あたたかな街において、よい商売になりそうだ、と。
そういう考えもあり、娘の企画に乗ることにしたのだった。
路地奥店の名前や看板などはどうでもよかったが、彼女の強い希望にそって、我が家の店がいただくことにした。
取るに足らない小さな店が相手なら、素知らぬ顔で取って代わってしまえばいいのだ。
商売はスピードが肝である。
素早く準備を整えて、いざ開店――というところまでは、順調であったというのに……。
まさかスタートしてすぐに、こんなおかしな躓き方をするとは思わなかった。
キャンベリナには屋敷にて謹慎の命を出し、店は一時休店の措置を取った。まずは広まってしまった、厄介なゴシップの鎮火を待つほかない。
娘は言い訳やら泣き言やらを連ねていたが、もう彼女を商売に関わらせるのはやめておく。少ししたら、結婚相手を適当に見繕う予定だ。……適当に、妥協を重ねて。
美貌の娘なのに、なんとももったいないことだ。こんなことになるのなら、日頃から厳しく見張っておくべきであった。
心変わりをしてフリオ・ベアトスとの婚約を一方的に破棄した上に、今回の件である。さらにそのフリオとの婚約自体も、無理押しの略奪婚約であった。
もう、次によい相手は見つからないことを覚悟しておくように、と娘には伝えてある。意気消沈した様子は可哀想ではあったが、仕方がない。
この賑やかな街では、一つ季節を跨げば、悪い噂もそれなりに流れ去ることだろう。キャンベリナの縁探しはその頃合いにする。
そして店の再始動も、そのあたりに設定した。
スタート自体は好調だったから、また上手く軌道に乗せたいところだ。
あれこれ考えていたら、机を片付け終えた秘書が声をかけてきた。
「デザート店の再オープンは、次の四季祭りの後を予定しているとのことですが。その間に、何か必要なことはございますか? 改めて店に手を入れるご予定は?」
「ふむ、アイスとやらのメニューを増やす程度だな。また路地奥店に人を遣れば済むだろう。一丁前にこちらを気にかけて、何やら勢いづいているようだから、新しい商品に期待できそうだ。ありがたく仕入れさせてもらう」
ゴンザロが答えると、秘書が複雑な顔をした。
「そうやって楽をしようとして……。そうしているうちに、勢いに乗ったお相手が競り合ってきたらどうするのです? 向こうには白鷹の噂もありますし、注意しておいた方がよいのでは……。せめて無用な火をつけないように、店名を改めるとか」
「路地奥店の店主は、キャンベリナと変わらぬ年頃だという話だろう? どうせ若い娘のままごとみたいな商売だ。気にすることはない」
表通りの一等地の店と路地奥の店では、勝負にもならないのだ。そんな格下の相手に怯むような態度をとったら、逆にデスモンド家が面目を失うことになる。
弱腰な秘書をフンと鼻で笑って、ゴンザロは続ける。
「むしろ、向こうの勢いを利用させてもらうのが、賢いやり方だと思わないか? よく育った頃合いを見て、刈り取ってしまえばいい。まるっとうちの儲けにさせていただこうじゃないか。どうせ傘下に下すのならば、店名はそのまま一緒でいいだろう。向こうの店には、せいぜい客を集めてもらうとしよう」
ゴンザロはどうってことない風に言い放ち、胸をそらせて笑った。